2013/10/20

深大寺と神代植物公園のバラフェスタ

先日の3連休、どこかへ出掛けようということで神代植物公園のバラフェスタに行くことに。

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深大寺周辺はお蕎麦が有名なので、お昼ご飯はお蕎麦屋さん「味の陣屋」へ。
私は穴子天付きのお蕎麦を、彼はとろろ蕎麦を注文。
お蕎麦は細切りで素朴な味、甘めのつゆにとてもよくあって美味しかった。
天麩羅は、穴子がふわっとしていて甘かった。

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すぐに植物園に行くつもりだったのだけれど、彼が深大寺にも寄ってみようというのでそちらの方へ。
鬼太郎がハロウィンバージョン。

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鬼太郎茶屋の壁には、鬼太郎たちのイラストが。
建物自体も風情があってよい感じ。

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お店の裏にも、妖怪たちが。
鬼太郎茶屋以外も、深大寺周辺はまるで温泉街のようにお店が並んでいて楽しい。
東京なのにすごく遠くにきたみたい。

深大寺にお参りしたり、お団子を食べたりした後、神代植物公園へ。
バラフェスタへ行くのは久々。
(以前の行った時の記事:「神代植物公園:秋のバラフェスタ(1)」 7年も前だ。)

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バラフェスタといえば…薔薇ソフト。
しっかり薔薇の香りがして、彼は香りが強いな〜と言っていた。
私は香りはそんなに気にならなかったけれど、結構甘さがしっかりだったので、二人で半分こにして丁度よかった。

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いよいよバラフェスタへ。
あの神殿みたいな建物は何をイメージしているのかしら。
日本っぽくないのですよね、ここ。
パリのリュクサンブール公園とか思い出す。

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様々な色の薔薇たち。

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鮮やかな黄色が眩しい。

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アンネ・フランクという名前の薔薇。
ベルギーの園芸家ヒッポリテ・デルフォルヘ氏と息子のビルフリート氏が、アンネの父オットー・フランク氏に会った時にアンネの為にと捧げ、後に「Souvenir d'Anne Frank アンネ・フランクの形見」という名前で発表されたもの。
オットー氏は後にそれを親交ができた日本の合唱団に送り、それが日本に広まったのだそう。

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清楚な薔薇。

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艶かしい薔薇。

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ピンクに黄色がぱっとさした、かわいらしい薔薇。

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薔薇はやっぱり空に映える。

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この日の夕暮れが、本当にきれいだった。
雲の隙間からは天使の梯子がおりて、濃淡豊かな雲が空を絵画のように彩り。
広い広い空がどんどん表情を変えていく様に二人ともみとれた。
植物公園は邪魔な建物がないからすごく大きなスケールで空を感じることができる。
本当に気持ちのいい一日で、感謝の心でいっぱいになった。

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バラフェスタで10本1000円で買った薔薇。
二カ所にわけたうちの、これは玄関の薔薇。
既に開いてしまったものばかりだったので長持ちしなかったけれど、束の間ゴージャスな部屋になったのでした。

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2012/11/24

光が眠るとき

情報は、時にはひらめきで時にはノイズで。
よくわからなくなる。

ノイズにかき消され、暮れかけの闇に道が沈む。
歩き疲れて抱えていた花を投げ出してしまう。

内からの目じゃなくて外からの目で見ようとするから
何もかもが暈けてしまって本質を失う。

太陽は。
その光やあたたかさは当たり前に日々注がれるものだって思われてしまっていないだろうか。
でも、なくなってしまってからその存在を意識したって多分遅いのだ。

北風じゃなくて太陽になりたいって思っていたけれど
世の中の選択肢はそもそもそのふたつだけではなかった。

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2012/09/27

水の眠り

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眠りは船に乗って旅にでることに似ている。
飛行機でも電車でも車でもなく、船。
休息は本能的に水に囲まれることを欲しているのかもしれない。胎内回帰的な。

先日、欠乏を凝縮したような夢をみた。
何もないところの内側をただただかりかり引っ掻くような感触の夢。
眩暈。
朧な姿。

夢は褪色が早い。
捕まえきる前にするんと遠い隙間に落ちている。

夢に引き摺られて、現もずるりと移動した気がした。

猫も夢はみるのかな。
寝言いうからみているんだろうな。

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2012/09/02

或る日の朝焼け

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先日、なかなか寝付けなくて空を見に行ったら空が燃えていた。
太陽の光をぐっと溜め込んだような朝焼け。
あの光が空中にまんべんなく染み渡ると朝なのか。

毎日新しい光が生まれて、消えていく。
くるくるちゃんと繰り返す。

塞ぎ込んでいた気持ちが
夜を越えると盛り返したりもする。
そうして朝と昼と夜の襞にもまれて変化しながらも
軸を頼りに生きている。

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2012/08/06

終陽

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太陽が輝きと赤さを凝縮して落ちていく。
一日は必ず終わりを迎える。

満月や新月の度に目標をたてるだけじゃなくて
夕暮れを迎える度に
生まれ直してもいいのだと思う。

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2012/05/02

3+2=5

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苦手としていた人から離れる機会がやってきた。

数ヶ月前の
その人のことで毎日嫌な思いを抱えていた私は
先のことをどのように見通していたのだっけ。
とりあえず、今のこの状況に感謝。

抜け出せないように見える問題も
必ずいつかは解決するのだという当たり前のこと。
ものごとの新陳代謝は日々進んでいて
不要なものは一寸ずつ一寸ずつ捲れ落ちていく。
我武者らに掻きむしらなくても、自然に、はらりはらりと。

よくわからない時は、新陳代謝にまかせてみる。

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2012/02/21

流れるための道

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先日友人と本当にショックな出来事があると血の気がひくよねという話をしていて。
実際、暖かい日であるのに指先が真冬のもののようになってしまって身体中も寒くて仕方がない、という経験をしたことがある。
あれってもしかしたら。
冬眠状態になることで辛く寒い時期をやり過ごそうという身体の防衛本能だったのだろうか。

どうしても自分で波を起こせない時は
波のもとを何処かに受け取りにいかないといけない。

ただ移動するだけでも、ただ何かを見るだけでも、ただ何かを聴くだけでもよくて。
パチリパチリと何かが倒れていくように、一寸ずつ揺らされて揺さぶられて滞っていたものが流れ出す。

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2012/01/09

新しい空気の在処

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冷えた空気に包まれて自分の輪郭をはっきりと感じながら街を歩いた。
寒い日の一人街歩きはよく冬のパリでの思い出を喚起して、一人であることを心地よく思う。
街の彩りを自分のペースで目に映して、そして空を見上げる。
そういう時の空はいつも高い。

過去の自分の意志の強さや行動力を他人のもののように羨ましく思うことが最近多かったのは、昨年の春夏あたりからめっきり弱っていたからなのだと思う。
何かを吸収しようと足を運んだり、感じたり、震わせたり、生み出したりすることには。
自分の身体と心のコンディションが深く関わるのだという当たり前のことに翻弄されていた。
壊れた自分の目に映るものの彩りは長く続かない。
光って弾けたものの欠片を掴もうと手をのばしても、うまく掴めない。

2012年になったといっても、昨年からの地続きであるのだから急に何かが変わるわけでもないのだけれど。
でも漠然と空気の流れが変わった感じはする。

海王星が魚座に帰還する今年。
私はよりもっと自分らしく自然に生きていきたい。
なるべくたくさんの時間を穏やかな気持ちで
大切なものを思いっきり大切にして
吸収したいものをどんどん吸収して
そうして生み出していけますように。

そして悲しい出来事の多かった2011年の分、
2012年が多くの人たちにとってあたたかい1年でありますように。

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2011/11/03

連続の末

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友達と来年の話をした。
根拠もなにもない予想、でも本当にお互いそうなる気がするよねという話。

これから訪れる未来に勝手に虹色とか明るくて美しい色を流しておくだけでも
今現在の心持ちもぱあっと明るくなるのだから不思議。

未来のかたちは全然わからないけれど、とりあえず色は美しい。
そう決めた。

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2011/10/16

流路

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空を見上げてカメラを構えている人があったのでつられて見上げたら
ビルとビルの隙間で雲がぐるぐるとしながらどんどん風に流されていた。

流れって。
肌馴染みがよくてするすると導かれるようにいける種類のものと
たくさんのものがわあわあ流されているけれどどうにも自分にはしっくりとこなくて、試しに足を突っ込んでみたりしても溺れそうな予感しかしないような類いのものがある。

多くの人がざーっと流れていたとしても、自分に合うかどうかを判断せずに飛び込まないように気を付けよう。
足だけ浸すとかなら経験としてありなのかもしれないけど。

弱っていると判断力も低下していて危険なのでまずは自分の身体とか丁寧にメンテナンスしていかなければねとか思った今日この頃。

扉は開くタイミングというものがあるから
そうではない時に無理にこじ開けようとしても疲弊するだけだし。
水門開かずにぶつかってどっかん、みたいな。
それは困る。

ただ。
世の中は絶えず流れているからずっとそのままの場所にいるっていうこともないのだけれど。
流れにぼっちゃんといかなくても、日々じわじわ移動。

そういえば今、第48回文藝賞を受賞した「クリスタル・ヴァリーに降りそそぐ灰」を読んでいる途中なのだけれど。
震災以前に書かれたのに、ある女子高生の視点でみる平和な日本に突如起きた非常事態という設定がどうしても震災の日のことを喚起する感じが不思議。

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