演劇

2011/04/24

美輪明宏版「愛の讃歌〜エディット・ピアフ物語」(ル テアトル銀座)

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美輪明宏版「愛の讃歌〜エディット・ピアフ物語」を「ル テアトル銀座」で観てきた。
そうえいば私「ル テアトル銀座」に行くと必ずマカロン食べているな。
美味しいのだよね、あそこのマカロン。

歌と愛に生きたピアフ。
第一幕では街角で歌って妹と娘の生活費を稼いでいたところから高級クラブの経営者ルイ・ルプレにひろわれ、作詞家レーモン・アッソーと出会い、成功していくところまでを。
第二幕ではイヴ・モンタンやマルセル・セルダンとの出会い、そしてマルセルの死までを。
第三幕ではマルセルを失って酒や麻薬中毒になりぼろぼろになってしまったエディットがテオ・サラポと出会ってその愛によって立ち直り、そして亡くなっていくまでが描かれている。

映画「 エディット・ピアフ 〜愛の讃歌〜 」やエディット・ピアフ自伝「わが愛の讃歌」によってピアフの生涯については知ってはいたけれど、それでもすごく楽しめた。
美輪さんの他の舞台同様、舞台美術や衣装が素晴らしかった。
また、今作は結構ユーモアが散りばめられていたので、随所随所でくすくす笑える感じだった。
美輪さんの台詞の言い回しや立ち振る舞いがよかったのは勿論のこと、あとはシモーヌを演じるYOUさんの存在感がよかった。

この舞台はタイトル「愛の讃歌」にもあるように、ピアフの生涯をなぞりながら、愛の偉大さについて語られている。
一流の歌手であるという肩書きなんて関係なく、ピアフというその人自身を愛したプロボクサーのマルセル。
マルセルは妻子ある人で、彼らは当時不倫だのなんだのと攻撃されたりもしたらしいのだけれど、マルセルとピアフを見ていると、人を取り巻くあらゆる柵を剥ぎ取って誰かのことを真摯に愛するという姿の尊さだけが伝わってくる。純愛に包まれているピアフを演じる美輪さんが、本当にかわいい乙女のようにみえた。

ピアフがマルセルへの思いを綴った名曲「愛の讃歌」
美輪さんはいつもフランス語の歌詞で歌う前に、日本語訳の歌詞を台詞のように言ってくれるのでフランス語がわからなくても内容を理解することができる。
作曲家マルグリッドが言う。
「大地から吹き出す炎みたいな愛、真実の愛、いい曲が出来てよかったわ」

美輪さんは「愛」について語る時、よくこの歌をだす。
見返りを求めない、無償の愛の姿はまさに「愛の讃歌」なのだと。

マルセルによって「真実の愛」を知ったピアフ。
彼を失って身も心もぼろぼろになってしまった時に、21歳も年下のギリシャ人青年テオ・サラポに出会い新たな愛を育んでいく。
たった一年の結婚生活の後、ピアフは亡くなってしまうのだけれど。
でもテオの愛に包まれて本当に幸せだっただろうなと思う。

ピアフが亡くなり。
最後に、YOUさんのナレーションが響く。

「テオはエディットが死んだあと6年間かけて彼女の残した借金を全額返済し、その直後に交通事故で世を去りました。死の間際に言い残した言葉は、エディットの隣に葬ってくれ、というものでした。ここに私は二人のために冥福を祈らせてもらいます」

私はここで、ぼろぼろ泣いてしまった。
テオが、ピアフとはたった一年の結婚生活であるにも関わらず、彼女の借金を全額返して、そして返し終わるとすぐに亡くなってしまったのだという話は知っていたのだけれど。
でもやはりこうして舞台で彼女の生涯をなぞり、テオから彼女への愛のかたちを見た後だとどうしてもこみ上げてきてしまう。
今、二人はペール・ラシェーズ墓地で隣同士で眠っているのだそう。

テオは本当にピアフの為に生まれてきたような人だったのだなと思う。
以前美輪さんが「テオは、ピアフにあまりにも過酷な人生を与えてしまったなと思った神様がつかわした天使なんでしょうね」と言っていて。たしかにそう思えるくらい素晴らしい人だと思う。

「無償の愛」
美輪さんが言うには、無償の愛の世界では裏切りがないからいけてしまえばとても楽なのだという。
柵に翻弄されずに、見返りを求めずに、大切な人を愛して愛して愛すること。
私はまだなかなかその境地にはいけない。
どうしても与えるばかりだと疲れてしまうし、弱い部分があるから周囲の声でゆらゆら揺れてしまうこともある。
でも利己的な判断をせずに大切な存在をただ大切にしていけるような人にはなっていきたいと思って日々たくさんのことを考えている。

もらおうとするのではなく。
与えようとすると、愛情はいくらでも湧き出てくるものなのだそう。

世界中の人々皆が誰かを愛しているような世界であったら、きっとあたたかくてとても気持ちがよいのだろうね。

そんな風に、ピアフについて愛について色々を思いを巡らせながら外にでたら真っ暗で。
そうして妙にまんまるく育った月がでていたので、「月がとってもまるいから」をうたいながら散歩していた時のことを思い出したのだけれど。
よく考えたら「月がとっても青いから」だった。

月がとっても青いから   遠まわりして帰ろう〜♪

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2010/05/02

厠の兵隊/劇団桟敷童子(すみだパークスタジオ)

Kawaya

先日、劇団桟敷童子の「厠の兵隊」を観てきた。
すみだパークスタジオ「倉」のこけら落し公演。

この劇団の舞台を観るのは初。
友人がこの劇団を好きで、アングラ系劇団だからきっと好きだよと言われ連れて行かれたのでした。
ちなみに寺山修司の演劇実験室「天井桟敷」と名前が似ているけれど関係あるのかな、ないか。
かなり人気のある劇団で、小劇団のわりには大きな会場で満席だった。全日完売だったらしい。

舞台は、セットがもの凄くつくりこまれていて、とりあえずそれだけでも圧巻。
会場中に巻かれた鮮やかな紅葉。
舞台の家や厠やトンネルなどもとてもリアルで、人々が渡れるちゃんとした木製の橋があったり、ライトが点いて人が何人も乗れる車が登場したり。
全部役者さんたちでつくっているらしい。
ここまでセットに凝る小劇団ってなかなかないのでは。

母子が、亡くなった夫の故郷の村に来る。
土俗的な風習がまだ色濃く残る村で、汲取式便所など設定は昭和初期。
そこで3人の人間が変死し、透は行方不明となるが・・・という話。

息子の透が玩具のトランシーバーで誰かと通信していたり
謎のけちんばやさんが登場したり
村独自の奇妙な風習があったり
目のまわりが真っ黒で嫌なことばかり言う気味の悪い叔母二人組がいたり
夫の兄は骨がぐしゅぐしゅで痛いと言って苦しんでいたり
自殺願望のあるカップルがいたり
母・月子に近寄る男は皆変死したりと
全体的に暗くてどこか奇妙な設定。
でも、その暗さであったり、シュールさであったりがツボだった。
そして、ただ暗いだけではなくて、笑える場面もある。

この村では、子供は7歳までは半分は神様だという。
純粋でかわいいと思われていた子供が母を愛するあまりに駆られてしまった狂気。
妄想の兵隊、そして旅立ち。

透を演じているのは、烏山茜さんという背の低い女性で、この人の存在感が凄かった。
その他、月子役の板垣桃子さんや与市役の池下重大さんをはじめ、役者さんのレベルが高い。
熱のこもった演技で、ぐいぐい引き込まれた。

桟敷童子の舞台は、毎回必ず最後に大仕掛けがあるらしいのだけれど、本当に驚いた。
最後の最後にリアルな巨大戦車が登場・・・。
あれも劇団員の手作りなのだものね。

暫く余韻に浸ってぼーっとしてしまった。
ああいう世界観好きだ、面白かった。

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リアル感電!!(川崎市アートセンター アルテリオ小劇場)

Rkd

先日、ホナガヨウコさん企画の「リアル感電!!」を観てきた。
もともとは、音楽を担当しているd.v.dが好きで興味をもった舞台。

d.v.dはそもそもドラムデュオと映像作家さんでなるトリオで、ドラムやキーボードの音に合わせて、映像がくるくる変化するという手法をとっている。
今回はそこに踊りが加わり、動きに合わせて映像が変化したり、音が鳴ったりとさらに面白いことになっていた。
TENORI-ONも使われていた。

この、音とダンスのセッションをホナガヨウコさんは「音体パフォーマンス」と言っている。
ダンサーは担当楽器が身体というバンドのメンバーの一人として。
そしてミュージシャンも演者の一人として。
音と身体が対等な関係の舞台芸術。

出演者はただ踊るのではなく、台詞があったり、動きがあったり、一寸したストーリーがある。
場面場面で中心に立つ人がおり、その人から物語が派生する。
孤独、抑圧、痛み、片思い、交流、愛、などなど。

弾かれたように踊る。
ただ踊るだけではなくて、そこには意志がある。
叫ぶ。
鳴る。
映る。
変わる。

身体表現。
私自身は、描くとか書くとかで表現をするタイプなので
身体による表現というのは、自分で出来ない分とても興味がある。

リズミカルに跳ねる。
動く。
止まる。
動きに内包される感情。

一人一人違うカラフルな衣装がとてもかわいくて
出演している女性もとてもかわいかった。
男性はかわいい衣装で力強く踊っていた。

踊りと音楽と映像がとてもテンポよく
カラフルな衣装と幾何学的な映像の相性もよくて
その流れにのっているうちにあっという間に終わってしまった。

ダンスも映像もd.v.dも観たいという欲張りな私は、あっちを観たりこっちを観たりと少し忙しかったのだけれど、たしかにあれはただの音楽でも踊りでも なくて。
踊りと音と映像が合わさって表現をする「舞台芸術」になっていた。

身体を目一杯つかって
踊りたい、飛び跳ねたい。
弾けたい。
そういう衝動にかられた。
というか、観ている最中に既にd.v.dの音に合わせて踊りたかったけれど、ライブではないので皆椅子に座ってじーっと観ているのでこらえた・・・。

踊るっていい。
身体を使うっていい。
つくづくそう思った舞台。

過去には「にせんねんもんだい」ともやったらしい。
あの音とのコラボ、どんな感じだったのだろう。
それも観たかった・・・。

下記は公演のCM。

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