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2012/08/29

太宰治文学サロンと百日紅

昨日は構想練ったりの様々な考えごとをする為にぷらぷら。
行ったことのない道を知らぬままたくさん歩いて、たまたまあったカフェで珈琲を飲む。そういうスイッチをいれるだけでいつもとは全然違った発想が生まれたりもする。

その後、太宰が通った伊勢元酒店の跡地にある「太宰治文学サロン」へ。

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こぢんまりとした館内には、写真やパネル、直筆原稿の複製などが展示されている。
太宰の筆跡を眺めつつ、この文字のはらい方は自分と近いなぁとか考えたり。
以前世田谷文学館で森茉莉の直筆原稿を見た時もそうだったのだけれど、昔たしかにその小説の一節がこういう形で刻まれたのだという証拠、のようなものを目の当たりにするのって、本当に言葉にできない感動がある。
それまでは活字でしか見ていないわけで、でも実際に作家が生み出したものは活字のそれではなく直筆のこの形のものなのだよな、という。
絵画とかだとつくられた形のまま見られるから常にそこに込められたエネルギーを感じることができるけれども、文学だとなかなかそうはいかないものね。

サロンでは太宰グッズも売っているので、小説の一節が箔押しで刻印された鉛筆と、ハンカチを購入。鉛筆に刻まれた一節は数種類あるのだけれど、私が選んだのはこれ。

恋、と書いたら、あと、書けなくなつた

『斜陽』の一節。
斜陽好き。
ほんとははじめのスウプでヒラリのあたりが一番いいのだけれど。

あと、人へのお土産で選んだのはこれ。

大人とは、裏切られた青年の姿である。

『津軽』の一節。
前後はこう書かれている。

大人といふものは侘しいものだ。愛し合つてゐても、用心して、他人行儀を守らなければならぬ。なぜ、用心深くしなければならぬのだらう。その答は、なんでもない。見事に裏切られて、赤恥をかいた事が多すぎたからである。人は、あてにならない、といふ発見は、青年の大人に移行する第一課である。大人とは、裏切られた青年の姿である。私は黙つて歩いてゐた。突然、T君のはうから言ひ出した。
「私は、あした蟹田へ行きます。あしたの朝、一番のバスで行きます。Nさんの家で逢ひませう。」
「病院のはうは?」
「あしたは日曜です。」
「なあんだ、さうか。早く言へばいいのに。」
 私たちには、まだ、たわいない少年の部分も残つてゐた。

−『津軽』 太宰治−

刻まれた一節だけでもそれはそれで様々なことを考えさせる素敵な言葉であるけれども
前後を読むと、主人公が大人とはを考えどこか達観しつつもまだ少年の部分を持っているという一寸ほほえましい描写であったりもする。
この状況含めて、よりいい言葉なんじゃないかな、と思う。

サロンの後は、太宰ゆかりの場所を辿った。
でもどこもゆかりの案内板があるだけで、建物は姿を変えてしまっている。
熱心なファンの人は「今は葬儀社だけれどもここは山崎富栄の下宿先だ」とか想像力でカバーするのかな。
形はなくとも、以前このあたりを通ってここにいたんだなぁというのは何となく感慨深い。

ゆかりの場所のひとつ、市の文化施設「みたか井心亭」には、太宰治旧宅にあった百日紅が移植されている。
小説『おさん』にも登場する百日紅。

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朝に言い出し、お昼にはもう出発ということになりました。一刻も早く、家から出て行きたい様子でしたが、炎天つづきの東京にめずらしくその日、俄雨があり、夫は、リュックを背負い靴をはいて、玄関の式台に腰をおろし、とてもいらいらしているように顔をしかめながら、雨のやむのを待ち、ふいと一言、
「さるすべりは、これは、一年置きに咲くものかしら。」
と呟きました。
玄関の前の百日紅は、ことしは花が咲きませんでした。
「そうなんでしょうね。」
私もぼんやり答えました。
それが、夫と交した最後の夫婦らしい親しい会話でございました。

−『おさん』 太宰治−

その名の通り、真夏から秋にかけての約100日間ピンク色の花を咲かせる百日紅。
見事に満開だった。

夏休みであるのでどこか遠くに旅行する事も出来たのだけれど、なんだか全然そういう旅を欲していなかった最近。
つくろうと思っているものであったり、整理したいものであったりがたくさん転がっているからというのもあるかもしれない。
旅のタイミングって人それぞれで、長い休みの度に絶対に旅行へ行くという人もたくさんいると思うのだけれど、私は何となく呼ばれた時にだけ旅に行っている気がする。要するに気が向いた時、なんか今ここに行くべきな気がするという直感に突き動かされた時。
でも、最近はその分近場でもの凄いリフレッシュになるような出掛け方は度々している気がするので、旅と呼ぶような日数を割かないといけない遠方に呼ばれていないだけで、近場からはちょいちょい呼ばれているのかもしれない。
この突然思いついた太宰ゆかりの地めぐりもそうだったりして。

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