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2012/04/04

嵐の最中

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電車がどうなるかわからないから早く帰りなさいと言われ、お昼過ぎに帰宅をした。
家に着いたら低気圧のせいなのか頭痛が酷くてぐいぐいと中身が引っぱられるかのようで気付いたらすとんと吸い込まれていた。

夢をみた。

現実世界の枠組みを残しつつ時間だけが一寸歪んだようなそんな場所にいたというその夢の手触りだけが残っていて、メールを着信したバイブ音で目を覚ました時に時間のずれだけがとても奇妙な余韻を漂わせた。

先日、夢の中でも似た感じを経験した。
夢の中の私は毎朝自分が何時に起きなければいけないのかが全くわからなくなってしまっていて。
いつもの自分が当然のように把握しているそれが夢の中で消失していることに驚いた。

そういう、‘ずれ’の狭間に自分がある時。
実体がどこに根付くのかが小さな混乱のうちにわからなくなっていることで何か大事な芯を掬われるような頼りない思いに陥るし、実際自分がどこを踏みしめて生きているのかわからなくなったりする。
普段あれだけ色々と悩んだり考えたりしながら生きているというのに、ぴゅっと遠くに行く時は呆気無いもの。
飛ばされるように。
人は日々着地して生きているものなのだろうか。

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