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2012/01/21

第113回文學界新人賞受賞作

先日、やっと第113回文學界新人賞受賞作の「髪魚/鈴木善徳」と「きんのじ/馳平啓樹」を読んだのでメモ。

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「髪魚」鈴木善徳

氾濫後の川で人魚を拾った男性。
人魚というと、若くて美しい女性の…と思いがちだけれど、彼が拾ったのは高齢男性の人魚。
言葉の通じない人魚をベランダのビニールプールで飼い始めるが…という話。
かわいくない魚系の生き物というと、なんとなくシーマン(懐かしい)を思い出した。
この作品の中では人魚は幻の生き物ではなく、同僚に飼ったことがある人がいたり、赤羽に人魚屋があるというのが面白いなと思った。
でも現代では人魚を飼う人自体が減ってしまっているようだ。
人魚の餌やら水槽やらが高額なせいもあるのかもしれない。
この人魚は、飼い主である主人公に夢のような不思議な幻影をみせる。
人間よりもずっとずっと長生きの人魚が見てきた光景など、映し出されたものたちに主人公は色々と考えさせられてしまう。
愚かな人間と純粋な人魚との対比、とかはありきたりな感じがして何だかなって思ったけれど、単純に変な生き物を飼う話として面白かった。
老人の人魚というのも、描写がしっかりしているからかとてもリアルだった。

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「きんのじ」馳平啓樹

経営が悪化していく自動車部品組み立て工場で働く主人公の話。
その対比として、解散寸前だった人気のないアイドルグループが売れ出していくエピソードがあったり丁寧につくられた話であった。
でも全体的に地味な話で、最後に一寸飛べるとかでもないので、あんまり好みではなかった。

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選評で吉田修一さんが候補作はどれも「不安をテーマにした作品」と言っていた。

不安な世の中で生まれる、不安な話たち。
不安は嫌だね、内臓をひゅっと掴まれると思いながらも、生きていく限りぽこぽこと生まれたりたち消えたりを繰り返していくのだろうな。
未来をみることが出来ない、でも日々何かを考えずにはいられない生物の宿命的な。
不安を退治するためには案外何かひとつを手放すだけでもよいのかもしれないとも思う。
先入観だったり、いらぬ拘りだったり。
自分の人生の枠を思い込みで決めてしまうから苦しくなるのだし、だからといって何もない荒野にぽつんとかでもそれはそれで心の中に大風が吹いてしまうし塩梅が難しい。
何ごともバランスだな。
たまにふっとバランス崩して不安に捕まって、でも体勢を立て直して不安を引きはがして前へ進む。
不安の全くない人生、それはそれで惚けてしまいそうだからある程度は覚悟して受け入れる。
光を実感する為の、ほんの少しの影。

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