« さしだすもの | トップページ | 三陸新報社「東日本大震災写真展」(銀座TSビル) »

2011/11/23

硝子にうつす

Img_0045

※黒ふさの瞳はつるんとグリーンの硝子玉のよう

先日の朝。

目が覚めたらぽっかりと何かが抜け落ちてしまっていて身体に力がはいらなかった。
ちょうど胸のあたりの質量という質量が消滅してしまったかのよう。

寝ている間に常日頃の不安の根っこを反芻していたのかもしれないし
嫌な夢をみたのかもしれないし
逆にいい夢から覚めてしまったのかもしれない。
手触りは何も残っていなかったのでわからないけれど、ただただ獏とした寂寥感が暗い穴のようにぼわんと広がっていた。

そういう時にふと実感する。
日頃起きて活動出来ているのは身体の中心に芯があるからなのだと。
何かが酸のようにじわじわと溶かしたり、槌のようにぱきぱきと砕いてしまうと身体が動かなくなってしまうのだということを。
空いた穴からエネルギーは漏れていってしまう。

そうなってしまった時のスイッチを。
美味しい珈琲を飲もうでも、好きな本を読もうでも、いい香りを嗅ごうでも、広い空を見に行こうでも、めいっぱいお酒を飲もうでも何でもいい。
僅かばかりであっても身体を動かすための起爆剤を。
なるべく多く用意しておきたいなと思う。
一時のどかんとした落ちは必要であっても、ずっとずっとそうしていたくはないから。

時間は死ぬまでの有限。
それまでにもっともっとたくさん上がらないといけない。
知らないことも出来ないことも得られていないことも。
想像がおっつかないくらいほんとうにたくさんあるから。

すとんと落ちても。
起き上がれなくなっても。
いつか必ず立ち上がって。
どんどん変わるものを焦るくらいの気持ちで。
目に映して音をひろって言葉という輪郭を与えて染み込ませていかないと。
何の為に生きているのだかわからなくなってしまうから。

|

« さしだすもの | トップページ | 三陸新報社「東日本大震災写真展」(銀座TSビル) »

「心と体」カテゴリの記事

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« さしだすもの | トップページ | 三陸新報社「東日本大震災写真展」(銀座TSビル) »