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2011年3月

2011/03/28

光、認識、空間

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青い空を見上げた時。
星がたくさん瞬いていた時。
美しい音楽を聴いた時。
過ぎ行く景色を車窓から眺めている時。
あてもなくずんずん歩を進めている時。
無心に絵を描いている時。

ふっと、軽くなる。
だだっ広い空間にただ在るという意識だけしかなくて、そうして忽ち霧のように散らばって溶け込んでしまう。

時間や繋がりや何もかもが、遠くなって消え去ってそうしてただただ開いている、という感覚だけが。残る。

そういう感覚って。
くるくるくるくる変わるから。
自分の形や位置が何だかよくわからなくなる。

昨日見たあれは幻や夢だったのだろうか、というくらい。

それでも感覚が都度きりりと敏感に捉える。
輪郭を、匂いを、感触を。

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2011/03/27

家族生活 / やまだないと

家族生活

家族生活
やまだないと

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文藝別冊のやまだないと特集に掲載されている作品なので持ってはいたのだけれど、ないとさんの作品の中でも特に好きなので単行本も買ってしまった。

ゲイのカップルである父親二人に育てられた12歳の少女ヒナの話。

どこにも定住せずに旅を続ける3人。
ヒナのルーツに関する謎や衝撃的な事件を経て、やがて3人はスペインのサグラダ・ファミリアへと行き着く。
聖家族贖罪教会。
3人にとってとても皮肉な名前のその場所に、ヒナは惹き付けられる。

スペインで出会った女性建築家の言葉に、ヒナはいつしか自分たち家族の形を重ねる。

しばりつけるの・・・
どこにも行けないように

・・・

この話は未完である。
だから巻末には、4人の監督による4つの結末が収録されている。

でも私は、この話は未完でありながらも完成されていると思う。
結局どうなってしまったのか。
その最期を見せきらないことこそが、未だ完成しないサグラダ・ファミリアの姿に重なるからだ。

完成されていないものにはその枠組みがなく、その中身はどこまでも広がっていける可能性を秘めていて、それは時には完成されているものよりもずっと美しい姿へと変貌を遂げることができる。

・・・

ヒナが父親と一緒に祖父のもとを訪ねる場面がある。
不仲であるように見える父親と祖父。
けれど、湖に落ちて死にかけたヒナを助けた祖父は、ヒナにこう言う。

「おまえが死んだら あいつが悲しむ」

私はこの場面がすごく好きだ。

そして。
自分が落ち込んでいる時にはこのセリフがこだまする。

おまえが死んだら あいつが悲しむ

私は自分で自分を殺したりはしないけれど。
でも自分が生きているということは、等しく誰かを悲しませずにすんでいるということなのだという事実の輪郭をそこに見てはっとする。

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2011/03/22

光、花、猫

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※4匹の猫が鏡を覗いているフレーム

光の色が違うと花の色も変わる。
それと同様に、それを映す目の色でも変わる。

メモ。
出来ない理由を探すのではなく、うまくいく方法を考えること。
何で駄目なんだろうじゃなくて、どうしたらよいのだろう、だ。

で。
私エルスールの花が好き。
花はいつだってとても健気で爽やか。
じめじめした花やネチネチした花って存在するのか。ね。

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2011/03/20

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鉛の塊のように重たい。

私がパタリと倒れると、キジトラは心配そうに近寄って来る。
肉球でペチペチ私の頬を叩きながらうにゃうにゃ何かを言っている。

気付いたら黒ふさも横にいて、なーなー何かを言っている。

見えはじめた苦しい輪郭を朧になぞって凝と目を閉じている私のまわりに、ただふたりの鳴き声だけが散っていた。

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2011/03/19

東日本大震災のこと

同僚と遅めのランチを食べていたあの日、地震が起こった。
あまりの大きさと長さに驚いて、皆でお店のテーブルの下に潜ってじっとおさまるのを待った。
今まで生きてきた中で一番大きな地震だったけれど、その時は被害の甚大さは知らなかった。
あの時たくさんの命が消えていってしまっていることも。

夜、3時間歩いて実家に帰った。
自宅の猫が心配だったけれど、父親と連絡がとれないと不安がっている母親を放っておけなかった。
父親は化学系の会社に勤めていて劇薬なども扱っているので、命の危険を本当に心配した。
結局父親とは連絡がつき、無事であることが確認出来てひと安心した。

翌日自宅に戻ると、猫たちは怯える様子もなく元気だった。
カリカリとお水も尽きていなくて安心した。
冷蔵庫の扉が開いて中のものが飛び出ていたり、本やCDが散乱していたり、散々な状況ではあったけれど、2匹が無事なら何てことはない。

箪笥の上にあった硝子の器が、卓袱台の上に落ちて砕けていた。
一方、ビューローの上に置いていたアンティークの洋灯は床に落下していたにも関わらず、笠の部分が床に当たらなかったようで無事だった。
硝子の器は壊れて私の手元を去ってよかったものであったことを思い出したので、結局我が家は被害というようなものは何もなかったということになった。

あんなに大きな災害が起こっても、東京では日常がくるくると過ぎていく。
停電だったり、電車の運休だったり、買い占めによる物不足なんかはあっても、それ以前と同じように毎日会社で業務をこなさなければいけない。経済活動を行うことが、被災しなかった私たちの義務であるようにも思う。
けれどテレビ等で見る被災地の状況と、自分のいる街とのギャップがあまりにも大きくて、被害の大変さを本当の意味では理解できていないことに何ともいえない思いを抱える。

日本赤十字社のホームページから義援金を送った。
クレジットカードでさっと出来るので簡単。
大金を寄付している有名人に比べたら本当に少額だけれども、自分に出来る限りやっていきたい。

被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。
また、辛い状況が一日も早く回復していくように、お祈りいたします。

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2011/03/06

視界の橙色

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※六本木ヒルズ、スカイデッキより

問題の解決策を外側に求めている限り何も解決しない。

仕事の合間に給湯スペースへ向かっている時に、そんな回答がぽんと浮かんだ。

何かがあった時、というのは。
外側から何らかの衝撃(良いも悪いもあると思うが)を受けて、そうしてそこから揺れ生まれる波紋が自身の中でも何らかの変化を起こす、というようなものだと思うのだけれど。
それが自身にとってよくない衝撃であった場合、通常原因や解決策を外側に求める。
そうしてそれが自身の力の及ばない範囲であることに、きーっとなったり、しゅんしゅんと疲弊してしまったりするのだけれど。

でも、結局。
外側で起こっている事象を変換して意味を理解して吸収しているのは自分自身なのだから、外側に何かを求めている限り何にも解決しないんじゃない、ねえ。と。
何だかそういう物事の道理のイメージのようなものがすっとはいってきた。
まず、内側を丹念に検分して翻訳している自分自身から色々と聞き出してあれやこれやを考えた後に外に目を向ける。何だかそういう手順。

もっとも、頭さんの理解と心さんの理解はそれぞれ違ったところにあるので、頭でわかっているからと心がはいそうですねと付き従うような容易なことではないのが面倒なところだけれども。
でも双方わかっていないよりはましだ。きっと。少しは。

そういえば先日訪れたスカイデッキはとても寒かったけれど、富士山のシルエットを濃くするように沈んでいく太陽の姿がとても美しく、橙色の光に包まれる街はミニチュアのようだった。
そして階下のお店で疲れたね美味しいねと言いながら橙色のスムージーを飲むひと場面が妙に明瞭に頭に残っている。
きっととても満ち足りていたのだ。

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