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2010年12月

2010/12/31

2010年大晦日

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※本日のケビント上の二匹

今年もblog及びtwitterを読んで下さった皆様、ありがとうございました。

twitterではblogや私の絵・デザインのテイストを好きだと言って下さる方々がいて、そういうコメントをいただく度にわいわい気持ちが高揚した。

ちょうど昨日兎を描いていた時も、体調不良等色々悲しい気持ちで描いていたのだけれど、思いもかけずたくさんのリプライをいただいて本当に嬉しかった。

今年はたくさんの新しい出来事や経験のあった年で。
不器用だから、大波小波ざっぱんざっぱんしていたりだとか、向かっている方向に霧がでていたりすると、創作まわりをうまくコントロールできなかったりして自分の未熟さを痛感した。
私が黒い霧に包まれてずどんと落ち込んでいると、不思議とキジトラが私を呼びにくることが多かった。
敏感な子で、よく私を救ってくれる。
黒ふさはマイペースで鈍感な感じだけれども、ぺったりと甘えすぎなくらい甘えてきて癒してくれた。

以前、目に見えないものが色々見える方に見てもらった時に。
「あなたの人生の目的は才能の発掘。気になるものは全て行動にうつしたほうがよい」と言われた。
だから、色々なものに心ひかれ、忙しく吸収しようとしているのかと腑に落ちた。
一時期、本当に飽和して溶けきれなかったものたちが頭から流れ落ちるのではないかというくらいインプットをし続けていたから。
私の人生における軸はやっぱりそこにあるのだと思っている。

年始の記事によると、魚座は変革の年だったんだなそういえば。
ああ、たしかに、とても不思議な年だった。

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来年も、どうぞキジトラ黒ふさともどもよろしくお願いします。

ちなみにこの子たちは来年9歳、人間でいうところの54歳になります・・・。
目指せナイスミディ。

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光の靄

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デザインをする時、絵を描く時。
想像力で見えたものを写しとる。
感覚で線を刻んでいく。

想像力は、小さな種ひとつから万の花を咲かせることができる一方で
黒いものや嫌なものもいくらでも膨張させることができる。

折角ならば
なるべく光のものを増やしていきたい。
常に光でありなさいと言われたのだ。
難しいけれど・・・。

アドレス帳を開いたら、10年くらい前に撮った写真がでてきた。
撮ったことすらもうよく覚えていないような代物。
何でそこに挟んだままになっていたのかも不明。
写真からするすると当時のことが甦る。
あの時、もう世界が壊れるんじゃないかってくらい悩んで悲しんでいたことが、
今の私には当然些ともリアルじゃない。
でもあれだな、10年前の私を一寸ぎゅっと抱きしめてやりたい。
今よりも更に未熟な私だったのに、よく頑張ったね、と。

今の私が抱えている悩みも。
いつかそんな風に振り返れるだろうか。
未熟なりに成長した、今よりも少し上の視点から。
もしかしたら今この瞬間も、誰かだったり未来の私だったりが寄り添い抱きしめてくれているのかもしれないけれど。

ある人が言っていた、愛だけは時空を越えることができるんだって。
素敵だね。

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2010/12/18

クリスマスの光たち

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先日、11年振りにイルミネーションが復活したという表参道へ。

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光の粒たちが枝の形をなぞって、真っ暗な空間にきらきらと浮かび上がる。
下から見上げると、無数の光の滴が降って来そうに思える。

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同潤館(元同潤会青山アパートメント)のあたりも素敵なクリスマス仕様に。

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スノードームってすごく好き。
閉じ込められたまあるい世界は時が止まっているようで、中では永遠に雪が舞う。
人形とかもそうで、瞬間と永遠が背中合わせになっている美しいものって好きなのかも。

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表参道の方では小道にお星様。

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生まれたね。
生まれたよ。(岩井俊二の「マリア」風に)

讃美歌第二編52番「われらはきたりぬ」が聴きたくなった。 

中等部から大学までプロテスタントの学校に通っていて。
中高の頃は毎日礼拝があった。
この時期はアドベントにはいると学校内の木に灯が点されてクリスマス仕様になる。その日は皆で火を灯した蝋燭を持つのだけれど、たくさんの灯が毎年とてもきれいだった。
そして、12月にはクリスマス礼拝があった。
クリスマス礼拝の時はたくさんのクリスマスの賛美歌をうたった。
天使役で礼拝の劇に出たこともある。

クリスマスの賛美歌は、好きなものが多かった。
一番好きなのは賛美歌第二編219番「さやかに星はきらめき」かな。

私自身は宗教を持たないのでクリスチャンではないのだけれども、青春時代のそうした環境などもあってクリスマスへの思い入れはあるほうだと思う。
所謂カップルでイルミネーションとか見ていちゃいちゃ過ごす日、というのではなくて。
美しいクリスマスの曲を聴きながら大切な人と温かい食事を囲む日、というような認識。

この日、11年振りのイルミネーションを見ながら11年前は何していたかねという話をしていて。
過去をぽろぽろ忘れてしまう私だけれど、今の私をつくっている要素たちは確実に時の積み重ねが生み出しているのだよね。
だからといって昔に縋りたいわけではなくて。
経験を濾して濾して残った純粋で必要な要素を糧に、今の自分をもっとつくっていけたらいいなと思う。

人は、成長する。
変わる。
スノードームのように、永遠にそのままということはない。
逆に、変わらないことには努力が必要になったりする。
でも、だからいいのだよね。
自分次第でどうとでも変えていけるのだから。

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2010/12/06

空と崖の境目

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最近、一番大切なものは何か?をよく考えている。

日常の一寸した不満。
悲しみ。
好きなもの。
嫌いなもの。

突き詰めていくと、大抵のことは大した問題じゃなくて。
物ごとの芯の芯、を、見つめていくと。
贅肉が剥ぎ取られて、一番、が、見えてくる。

周囲を見回してみると、ぷさぷさと積み重ねられて麻痺してしまった幸せの上で、些末なことできいきい言っている人が結構いたりする。

私にとっての一番は明らかで。
でも未熟な私は時にきいきいなってしまって、なんだか、なんだかだわよ。

そんなわけで、もやもやはより一層の創作で解消していこうかな、なんて思ったり。
とりあえずは三月までを目標に。

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