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2010年10月

2010/10/30

寒かった日

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寒さは、どうも人の気持ちを感傷的にさせる。
悲しみの根っこがなくたって、漠然としたその思いに包まれることが多い。

以前パリに行った時。
私は酷い風邪をひいてしまい、
寒さに震えながらアパルトマンを貸してくれる人との待ち合わせ時間まで街をぷらついていたことがあった。
まだ早朝であったのでやっているお店も少なく
パン屋さんの一角にカフェコーナーがあるのを発見して
温かい紅茶を頼んだ。
けれども扉から近いそのコーナーはすーすーして大して暖かくなく
長居できる場所ではなかったのでお店をでてまた歩いた。
耳が千切れそうな程冷える日で、風邪のせいで本当に凍えてしまって悲しくて仕方がなかった。
寒くて悲しい思い出、というと。
その場面がくっきりと思い出される。

寒くて悲しくても
また必ず人は暖かい場所へ行けるし
だからこそ暖かいことの幸福に気付ける。

あの時、アパルトマンを貸してくれる方がいれてくれた温かい紅茶は本当に美味しくて涙が滲みそうだったな。

そういえばパリでよく飲んでいた「Tetley」の紅茶のティーバッグ、最後の一滴まで絞れるように紐がついているんだよね。
イギリスの紅茶らしいのだけれど、日本のスーパーでも扱ってくれないかな。

寒さは感覚を研ぎ覚まさせるところもあるから。
寒くて悲しくても夏より冬が好き。

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2010/10/18

時間、層、レール

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今、自分が立っている点がある。
一歩でも先は未来。
一歩でも後ろは過去。

自分が在る「点」でさえも。
ベルトコンベアーに乗せられているかのごとく、何もしなくともごとごとと前へ進んでいく。
それに伴って、一歩先から向こうの未来というやつも、一歩後ろの過去というやつも。
移動して増殖して。
そうして、ぶくぶくぼわぼわ。

見えていない「未来」を想像する時。
曖昧模糊なそれに寄り添った感情はその形によって浮いたり沈んだりする。
きらきらと明るい光を見ることもあれば
絶望で打ちのめされることだってある。

ただ。
机上で育てたものは知恵は授けてくれるかもしれないけれど
それを原動力にしないで眠らせるだけだったら、
予めあるレールの上をごとごと前へ進むだけだ。
有限である時間は無為に闇に消失して、そうして積み重ねられていくのは齢だけ。

自分の未来への一寸した予測がその通りにいかないとか。
自分の頑張りが実を結ばなかったとか。
生活の糧を得る為の仕事に対する漠然とした不安とか。
そうしたものたちがご丁寧に手と手を取り合って、数歩先に暗い霧を発生させることがある。
お化けみたいなやつ。
永遠にこのままどこへも行けないんじゃないかな、というやつ。
窒息しそうになるやつ。
目眩。
ぱくぱく。
そういう時というのは、後ろを振り返れば過去との繋ぎ目だって切れていて。
孤立。
しているような気になる。

でもその霧を発生させた原因、もと、というのは。
自分が選びとってきた過去に拠るものなわけで。
誰のせいでもないのだから仕方がない。
そして、その霧は自分次第でいくらでも形を変えられる。

今の私は未来の私の為に何か頑張れているかなと思ったら
些とも頑張れていないな、ということに改めて気付いて。
私の人生を構成する要素っていうのはAだけでもBだけでもCだけでもなくて。
様々なものが絡み合っている。
だから。
ひとつのことがうまくいかなくて落ち込んでじとーっとしている時間があったら。
やり方を変えるとか他のことに打ち込む時間に変えるとか何とかして有限のそれを大切に大切に使っていかないといけないなと思う。
あらゆるものは繋がっている、と思うから。
何かに打ち込んでいれば他の実を結ぶ可能性だってある。
でも、何も頑張れていなかったら、はじめから無かったのと同じようにただ消えるだけなのだもの。

時間を大切に出来ない人は自分も大切に出来ない人。
その逆も然り。
多分。

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2010/10/09

青空と秋桜

先月、映画「悪人」を観た後に、秋桜を見に昭和記念公園に行った。
原っぱ東花畑の秋桜が丁度見頃だった。

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空は見事に快晴で、秋桜は太陽の光を全身に浴びてその色を濃くしていた。

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秋桜には種類が色々あるっていうことを知らなかった。
これは「あかつき」という名前。

その他、「ハッピーリング」「日の丸」「ベルサイユ」「スーパービッキー」など80万本が咲いている。
スーパービッキーってなんだかテンション高い名前よね。

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花を裏側から見るの好き。
光が透けて空にほんの一寸溶け込みそうになる感じが。

気持ちのよい青空の下で、ピンクの花畑を堪能。

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夏の燃え残りの陽がじわじわと照りつける日であったので、かき氷を食べた。
シロップかけ放題、だったので
檸檬、そして少々のブルーハワイ。
黄色に水色なので、ヴァセリンガラスのような鮮やかな黄緑色になったのでした。

ブルーハワイってさ、何味なんだろうねって。
子供の頃から疑問だった。
でもあの真っ白い氷にかかる鮮やかな青、いつもきれいだなって思う。

シャリシャリと乾いた喉を通っていく甘い氷は遅くなった夏休みらしい味で美味しかった。

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2010/10/07

空色

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先日。
飽きもせずに近所の公園へと向かう途中。
空の彩度がいつもよりもすこんと高くて、その色に見蕩れながら歩いていた。

今年は6月あたりから、なんだか時間の感覚がおかしくて。
ほんの一寸の出来事をすごく長く長く感じる一方で
つい先週のことを遠く遠く昔の出来事のように思ったりして
たまに時空の隙間に迷いこんでいるのかと思う。

そんな風になんだか不思議な心持ちでふわふわと過ごしていることが多い。
まぁもともと、現実感を喪失しやすいところがあるのだけれども。
そのぽかんと切り離された私の心の周りを、さらに柔らかな色の靄がくるんでいる感じ。

長いような、短いような。
そうやって掴みどころの無い時間が過ぎていっても、着実に過去は積み重ねられていて。
気付けばそれなりの塊になっていたりするのだから面白い。

過ぎ行く時間が生み出す「記憶」というものも、
結局脳味噌が濾過して私たちに見せているのだから
その時の気持ちによって色も大きさも濃さも何もかも
柔軟に簡単に変容するものなのかもね。

自分の気持ちが落ちれば思い出の色も失われる。

自分の気持ちが上がれば鮮やかな色の洪水が起こる。

青空、夕暮れ、宵闇、夜更け。
時に雨、時に虹。

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