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2010年9月

2010/09/21

草間彌生展 ワタシというナニモノかへの問い(武蔵野市立吉祥寺美術館)

武蔵野市立吉祥寺美術館でやっている、「草間彌生展 ワタシというナニモノかへの問い」を観る為に吉祥寺へ。

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展示に行く前に、井の頭公園内にある「ペパカフェ・フォレスト」でお茶。
今まで公園に行く度に何度もお店の前は通っていたけれど、お店にはいるのは実は初。
パフェには、メロンではなくてなんとアボカドがトッピングされている。
不思議な組み合わせ。
バナナのケーキもどちらも美味しかった。
でもパフェの中にチョコレートケーキがはいっていたり結構ずっしりだったので、二人でひとつを半分こでも丁度よかったかも。

気候がよかったから風が心地よく、すごく気持ちがよかった。

Kusama

草間さんと言うと、ドットによって描かれた「南瓜」や、5億5400万円で落札されて話題になったインフィニティ・ネット作品のひとつ「NO.2」なんかのイメージが強い。

今回の展示では、創作の原点ともいえる初期作品も展示されている。
幻覚から逃れる為に書き綴ったスケッチや、現在のような完成形にはまだ至っていないコラージュなど。

草間さんの描く「ドット」は、その物の内にある細胞のひとつひとつのようであり、ぶわりと輝き拡散していく光彩のようでもあり。
平面的な絵であるのに、動きを感じさせて飽きさせない。
そして、瞼の裏に映ったそれらは、額縁という枠を飛び出して壁やそこここに浸蝕し、どこまでも伝播していくような気にさせる。

自身が見ている幻覚を絵にしている、というけれど。
そういえば貧血の時に私が見る光景に似ているかも。
重い貧血の時は、目の前に様々な色の粒が生まれて増殖してくっついて私の視界を埋めてしまう。
でも日常的にそんな光景を見ていたら辛いだろうな。

館内で萩原英雄さんの「星をあおいで 表現された空の広がり」展と浜口陽三さんの「注がれた眼差し」展もやっていたので、折角だしついでにくらいの気持ちで覗いたのだけれど、このふたつの展示もとてもよかった。

萩原英雄さんの作品は
油絵のような厚みを目指した木版画で、色みがとても美しく、どきっとするくらい深い色の満ちた作品もあった。

浜口陽三さんの
作品は銅版画で、葡萄やさくらんぼといったありふれたモチーフが非常に魅力的な描かれ方をしていた。
暗闇に浮かび上がるさくらんぼの赤さであるとか、葡萄の粒の連なり具合であるとか、蟹のかわいらしさであるとか。
とても気に入ったので図録を購入。

こんなに素晴らしい3つの展示が、たったの100円で見られてしまうことも驚き。
素敵、吉祥寺美術館。

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2010/09/20

川沿いの家

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※羽根のような雲がたくさんたくさん

実家に帰った時に、ぷらぷらと近所を散歩した。

実家にはちょくちょく行くのだけれど、大抵最寄り駅から家までの決まりきった道しか歩かないので、それ以外の道を歩くのは久々。

小学生の頃、集団登校の待ち合わせ場所だった公園に足を踏み入れた。
私が1年生だった頃、いつも優しく手を繋いでくれた6年生のお姉さんがいて。
すごく頼もしくて大好きで今でもぼんやりとイメージを覚えているのだけれど、お姉さんっていっても12歳だものね。
今の私よりずっと幼いのに、私の中ではいつまでも「お姉さん」のイメージ。
記憶の中にある人というのは、いつか自分がその人の年齢を追い越したところで、記憶に残った時の自分とその人との関係性は変わらない。

公園に生えている大きな木。
もう枯れてしまっているのか、葉が茶色くなってしまっていて少し寂しい。
冬にはよくこの公園の霜柱を皆でぎゅっぎゅと踏んだし、夏の夜には映画の屋外上映会もあった。
でもこんなに小さな公園だったっけ。

子供の頃っていうのは、本当に意味もなく色々な小道を通っていた。
鬼ごっこをする時の抜け道なんかもたくさんあった。
記憶を頼りに辿る。
夢の中で歩いているかのようなぼんやり感と既視感とがないまぜになって、自分の記憶だかもわからないような古い思い出が断片的に引っぱり出される。
パラパラパラ。

子供にとっての世界って、本当に狭い。
歩いて移動出来るこの小さな街が全てだった。
知っている世界が小さい分、その隅々まで。
それこそ、道を横断する蟻の一匹まで、見つめていたように思う。
だから世界の色々を知らない分、大人が知らないような微細なことは知っていたし、小さな小さなことにいちいち心を砕いていたように思う。

大人になって失ってしまった視点。
だから私は子供の話をきくのが好きだ。
といってもまだ子供がいないので、子供と話す機会があったら、なのだけれど。
「それで、それで?」
興味を持って話の続きを促すと、子供たちは嬉しそうに自分の世界の話をする。
その世界を見せてもらっている間、束の間、私も子供の頃の視点を取り戻す。

ぐるりとまわって、川沿いの遊歩道を歩いて帰宅した。
おじいちゃんが「川を眺めながらお酒が飲みたい」と言って、川沿いに建てられたこの家。
昔は本当に川の真横に家が建っていたのだけれど、今では遊歩道が整備されて桜の季節には花弁の嵐が起こる。
私が生まれる前に亡くなってしまったので会ったことはないのだけれど、この素敵な場所に家を建ててくれてありがとうと思う。

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2010/09/17

早朝の虹

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ある朝。
目を覚まして朝焼けを見に行ったら、
朝焼けとは反対の方向に虹がでていた。

まだ皆が眠りについていて音も生まれていない時間。
まるで空を貸し切っているような錯覚を覚えながら
しんとした空気に包まれたまま暫し虹に見蕩れていた。

非日常の光景は
その時人がとらわれている悩みごととかを
さーっと一時忘れさせてくれる。

多分、悩みとか辛さとかって地面にとても近いところに存在していてね。
で、そこから触手がのびて人をぎりぎりと縛り付けていると思うのよ。
縛り付けられた人は、その時その「嫌なもの」ばかりを意識して見つめて過ごしてしまう。

でも、非日常の美しい光景ってやつはもうそういう地面とか縛るとかいう次元とか概念には存在していなくて。
何もかもを解放する強い力をもっているのだと思う。

本当の美しさって、とても強い、と、思う。

もし息切れしそうになったら。
しんどくて倒れてしまいそうになったら。
何でもいいから。
驚くくらい美しいものを見てみるとよいのかも。

以前みた夢で。
空中に透きとおった虹色の魚が泳いでいて。
あれは本当に美しかった。
あんな世の中だったら。
悪いことなんて誰も考えなくなりそうな。
でも、光だけの世界だと、光のありがたさには気付けないのかもしれないけれど。

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2010/09/14

多摩蘭坂と国立散歩

少し前に、国立へ行って来た。

まずは、1954年からあるという老舗喫茶「ロージナ茶房 」へ。
時間を一寸戻ったかのような不思議でレトロな店内はとても居心地がよい。
ご飯の量が多そうだったのでシーフードドリアを二人でシェア。
ホワイトソースがとろとろで美味しかった。

他のお客さんが食べていた大盛りカレー。
とんでもなく大盛りだったのだけれど、その人はあっという間に食べ終わっていて気付いたらいなくなっていた。
ん、幻?というくらい早く。

今回のお目当て、RCサクセションの曲にもある「多摩蘭坂(たまらん坂)」へ。

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ゆっくりゆっくり坂を上る。
坂を上がる人がその辛さに「たまらん、たまらん」と言っていたから「たまらん坂」になったらしいのだけれど、そんなに急勾配ではなかった。

以前は長い石垣にファンからのメッセージがたくさん寄せられていたらしいけれど、マンション建設の際に石垣は取り壊されてしまい、希望者に配られたのだとか。

今はマンション前のコンクリートブロックのところに、ファンからのメッセージがいくつか綴られていた。

静かにじんわりと色々感じながら、坂を下った。

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坂の途中に、小さな公園が。
パンダと馬?の乗り物。
大人なのに一寸楽しんじゃってごめんなさい。
ゆらりゆらり。

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坂の近くを少し上ったら、ここにも小さな公園。
ちょん切れた羊の頭と、象のお尻というシュールこのうえない椅子。
配置しているバランスもある意味絶妙・・・。

坂からの帰り道、目をつけていたベーグル屋さん「柿屋ベーグル」へ。
はらドーナッツ系の素朴な佇まい、こういうお店って絶対美味しいに違いないと思っていて。
でも私の前のお客さんが大量に買い占めてしまったので残りはプレーンベーグルしかなく・・・それを2つお買い上げ。
おうちに帰ってから温めて食べたら、生地がもちもち。
今度は違う味も食べてみたい。

駅近くの喫茶店「ナジャ」で水出しのアイス珈琲を飲んで休憩。
澄んだ味わいの珈琲はとても美味しかったし、静かで居心地がいいお店だった。

その後、大学通りの並木道をてくてくお散歩。
そういえば、私が好きな映画「四月物語」の舞台が国立だったのだと今気付いた。
あー、桜の季節にまた行きたい・・・。

小腹が空いた頃、大学通り沿い「レ・アントルメ国立」へ。
吉祥寺のレピキュリアン的な、いかにもパリですといった雰囲気のお店。
マカロンを4種類買って、すぐそばのベンチで食べた。
甘さ控えめでクリーミーですごく美味しいマカロンだった。
いつか端から端まで全種類大人買いしたいくらい好みの味。
ケーキも美味しそうだった。

多摩蘭坂目当てで行った国立。
思った以上に楽しくて気持ちのよい街でいいお散歩ができた。

また行こう、出来たら桜の季節に。

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2010/09/12

猫たち

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猫の視点。
世界はどういう風に映っている?

もっとも、猫に限らず。
人間であっても、私は一生私の視点でしか世界を見ることは出来ないのだけれど。

自分の知覚を通して認識している限り、私の頭の中にあるこの世の中の形ってやつは、他のどこにも存在しない。

世の中には色々な人がいるから
中には驚くような行動をとる人もいるわけで。
そういう人を見た時に「えー」と思うと同時に。
私だって、自分の人生に於いて。
環境だとか様々な自己を形成する要因がその人を形成したものと同じようなものであったならば
そういう人間になっていた可能性もあるのだよななんて思うと
複雑な思いになる。

私が猫になる可能性はゼロだけれど
今とは全く違う人間になっていた可能性はゼロじゃない。

というか、まだ生きている限り。
自己はぶくぶくと形成され続けていくわけで。
なんだか未来にむかってどんどこ細胞分裂をしているみたいよ。

でも未来って、いつくるの?
線が点のように感じてしまう、わりと。

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プリンタの上好きだね。
黒ふささん。
かけていたカバーを落としたの、もう何度目かしら。
一日の大半を眠って過ごす子。
猫だもんね。

猫の眠りの満ちた世界は、どこまでも平穏で幸福で。
とても愛しい。

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2010/09/10

ピピッ、映す

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※パリの教会のステンドグラス

石井ゆかりさんの星座本の「魚座」を先行販売店で購入した。
まだ読み始めなのだれど、言葉の選び方とか、星座の表現方法がとても素敵。
そして、私って本当にとても魚座らしいのだなぁと思うくらい、当て嵌まる箇所が多い多い。
これだけ本質をついていると、自分の星座本だけじゃなくて、周囲の人の星座本を読むのもなかなか面白そう。

そういえば最近、各種感想系を全然アップしていなくてたまるばかりなので、まずはダムタイプから書こうかなと思って調べていたら、観た時の衝撃とかがぶわっと甦ってきた。
自分の身体が斜めになるくらいの破壊力を携えた作品ってなかなか巡り会えないから、知ることができてよかった、本当に。
「S/N」が早くDVD化されることを願います。

だらだらと暑くてたまらなかった今夏。
アンテナがややスリープモードにはいっていた。
仕事では毎日デザインをやっているのだけれど、やっぱりプライベートにおける自分らしいインプットとアウトプットとは全然毛色が違う。

でも台風がべったりと列島にはりついた熱気をさらって行ってくれたので、そろそろまた再開しなくては、と思う。
自分が就いているのが、日常生活が押しつぶされるような負担の大きな仕事じゃないことはとても恵まれていることなのだから。

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2010/09/06

ピンクの薔薇

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先日、突然薔薇の花が届けられた。

体調とか色々でずずんと重かった気持ちが。
途端にふわふわと甘やかなもやで包まれるのだから凄い。

花はわりと何でも好きなのだけれど
でもその中でもとりわけ好きなのが薔薇で。
ピンクも大好きな色。

どうかうちの猫たちに齧られませんように。
でも気付いたら葉が欠けていた・・・犯人はどっちかしら・・・。

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