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2010年1月

2010/01/31

あわせ鏡(Roonee 247 photography)

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四谷三丁目の駅から徒歩5分程のところにある「Roonee 247 photography」で行われた写真のグループ展「あわせ鏡」へ行って来た。

以下、それぞれの感想を。

*

マスナリジュン

「人」を写したモノクロ写真たち。
街にいる人々。若者だったり老人だったりと共通点のない人々の写真なのだけれど、どの人もとても真っ直ぐに写っている。
真っ直ぐといっても、ただの記念写真のようなものではなくて、その人の人となりが滲み出ている感じで、どの写真もとても素直。
写っている人たちの「目」がいいな、と思った。
後ろにテーブルがあったので出来なかったのだけれど、並んだ人物の全体をひいて見てみたかった。

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朝弘佳央理

小さな写真や大きな写真。
沢山の写真たちがテーマごとに集まって展示されていて、まるでコラージュのよう。
もともとblogで拝見していた方なのだけれど、blogのように1枚1枚の写真がクローズアップされて中心にどんとある状態と、こうして沢山の写真たちが強弱のつけられた状態で隣り合って並んでいるのとでは全く印象が違う。
ある写真がある写真の背景の一部になり、ある写真がある写真と引き立て合い・・・といった感じで、相互作用が面白い。
ひいて見ても全体がきらきらとする感じで。
朝弘さんの写真は、その光景の切り取り方や色合いなどの繊細さが好き。
blogの印象通りのとても素敵な方で、お話ができて嬉しかった。

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黒耳 堂(くろみみ たか)

蔦などを中心にした、色鮮やかな写真。
黒いフレームに上下で二枚ずつ並んだ展示。
こういう展示の仕方を初めて見たのだけれど、二枚で括ることで、ただ隣に並べるよりも影響の与え合い方が顕著で面白いなと思った。
4人の中で、一番「色」の強さの印象が残った作品だった。
赤い蔦とブルーグレーの窓とか、美しい。

*

(ク)ニヒト

女性が本を持っている写真のシリーズ。
女性は皆本で顔が隠れていてその表情は読み取れないのだけれど、姿勢から想像する、というような。
彼女たちが手にしている本のタイトルが、それぞれメッセージを持っていて面白い。
こういうシリーズ、表現の仕方ってあったんだなという発見。
他の3人の写真は密度が濃いので、最後にこの写真でふわっとリラックスした。

*

私はギャラリーに行くと、大抵一度ざーっと見て全体を把握してから、再度じっくり見るというスタイルなので、何度も行ったり来たり。
4人それぞれ全く持っているカラーが違う展示で、そしてそれぞれの持ち味が私が好きなものだったのでとても楽しめた。

私も久々にグループ展やりたいなぁと思ったくらい、皆さんとても真摯で、そして楽しそうだった。
作品も人も素敵な展示でした。

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青い月の光

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ひと月のうちで、二度目の満月をブルームーンという。

今月は1/1が満月だったので、1/30の満月がブルームーン。
くらくらする程強い強い光を放つ、見事な満月が輝いている。
家の窓からちょうど見える位置に出ているので、窓をあけて暫し眺めた。
ブルームーンは、見ると幸せになるとも、願いごとをすると叶うとも言われているので、こっそりとお願いをしてみた。

地球から遠く遠く離れた月。

月の潮汐作用は地球の自転速度にも影響を与え、地球の自転速度はおよそ10万年に1秒の割合で遅くなっているらしい。
そして、月と地球の距離は、年間約3.8cmずつ離れていっている。
年間約3.8cmってことは10年で38cm、100年で3.8mなので、結構な長さな気がするけれど、地球や月のサイズで考えたら大したことじゃないのかな。

遠く遠くにあるように思う月が、日々こうして地球に影響を与えていることの不思議。

たまにこうしてスケールの大きなことに思いを馳せると、
小さな小さな世界の、小さな小さな枠組みの中で、うんうん唸っていた自分を解放できる。

煌々と澄んだ月光が届く音を耳に感じながら、眠る今夜。

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2010/01/25

今あなたに知ってもらいたいこと / オノ ・ヨーコ

今あなたに知ってもらいたいこと今あなたに知ってもらいたいこと

オノ ・ヨーコ

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以前、一寸心が弱っていた時。
本屋さんでたまたまこの本を立ち読みした。
消えてしまいそうに小さく落ち込んでいた気持ちが、この本によって再び動き出した。染みた。
それからずっと気になっていた本で、今日購入した。

「どんな状況でも自分らしくあることで強くなる」

そんな内容のまえがきから始まるこの本。
絶え間ない変化の中に身を置き、自らも進んで新しいことにチャレンジしてきている、オノ・ヨーコ。

彼女はいつでも強くて確固たる自分を持っている人で、周囲のことなど気にもなっていない人なのだと思っていた。
けれど、彼女は自身を弱いと言う。
弱いからこその生き方があるのだと。

ジョンの死や世間からの誹謗中傷でどうしようもなくボロボロになってしまった時期。
八方塞がりのそんな時期を彼女がどう乗り越えてきたか。
その方法も綴られている。
そしてその方法は、些とも特別ではない。
私たちが実践しようと思ったら、今日明日にでも出来るようなことなのだ。

彼女は本当に愛に溢れた人だと思う。
本の一行一行にそんな愛が詰まっていて、文字の分量は多くない本なのだけれど、読んだ後充足感に包まれる。

許すこと。
祝福すること。
変化を怖れないこと。
自分らしさを保ち続けること。

沢山の苦しみや恨み、悲しみを。
七十年もかけて溶かしたというオノ・ヨーコさん。

やってくる試練に翻弄されて傷付いて悲しんで
誰かへの嫌だなという思いを消したいのに消えなくても
オノ・ヨーコさんの半分も生きていない私が菩薩のようになれないのなんて仕方ないじゃない、焦らずゆっくり成長していけばいいんだな、と思える。

私が私でなくなりそうな時、
私が私であることを手放さないように
この本を手に取ろうと思う。

「今あなたに知ってもらいたいこと」詳細を確認する

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2010/01/24

粒子の在るところ

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ぼわりと厚い雲。
雲のむこうには、光る澄んだ空。

苛烈な思い出。
ちりぢりになる記憶。

全ての断片は押し並べてぎらぎらと光り
焼きそばパンの断面にはぞくぞくとする。

私はぶつぶつやつぶつぶが大層苦手です。
でも見てしまうのが性というやつでしょうか。

方向性を見誤り
くよくよとしながらも
毎日は平等に過ぎ行き
私の気持ちも紆余曲折の末、盛り返すのです。

甘い、甘いな。
でも、肩肘張った世界は嫌い。
そんな戯れ言を呟きながら。

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2010/01/23

犬はいつも足元にいて / 大森兄弟

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犬はいつも足元にいて
大森兄弟

第46回文藝賞受賞作
第142回芥川賞候補作

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父親に押し付けられた犬の世話をする中学生の僕。
いつでも忠実な犬が、唯一行きたいことをアピールする場所、それは公園の茂みの奥。犬はそこで得体の知れない腐った肉を掘り起こすのだが・・・という話。

筆者名の通り、この作品を書いているのは32歳と34歳の兄弟。
漫画だったら藤子不二雄など共作している人がいたけれど、小説界では初なのかな。
ちなみに藤子不二雄ははじめこそ共作していたけれど、途中からは別々に描いたものを藤子不二雄名義で発表していたらしい。

二人で書く、というと、例えばストーリーをどうするかとかぶつかることはないのかな?と思うのだけれど、この兄弟は小さな頃から二人で物語をつくっていたから、二人で書くことも自然なのだという。その辺りは兄弟の強み、といったところか。
また、作成時に二人の間で何回も(この作品は二十回程だという)原稿をやりとりして推敲していくそうなので、「別の人間の客観的な視点」が十分付加されているという点でより磨かれ完成度が高くなっていくのかもしれない。

文章はうまく、表現の仕方が村上春樹っぽい。
タイトルや主人公が中学生で犬を飼っているというところから想像すると、とても爽やかな青春小説にでもなりそうだけれど、この作品は癖があり人物が嫌な感じに描かれている。
いつもカリカリとしていそうな母親、情けない父親、主人公に付きまとう粘着質な同級生サダ、そしてどこかずれた発言ばかりするサダの母親、何もかも見透かしたような不気味な老人。
純粋無垢でかわいいのは犬だけだが、その犬は気持ちの悪い肉を掘り起こす。

主人公とサダの関係は最後に変化するのだけれど、このサダがもし女性だったら、男版「蹴りたい背中」という感じも少しする。

作品全体に漂う「悪臭」が私は苦手なのだけれど、そのあたりは好みなのでしょうね。

犬はいつも足元にいての詳細はこちら

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2010/01/19

Aureole “Nostaldom” release party (高円寺HIGH)

先日、高円寺HIGHで行われたライブイベント「Aureole “Nostaldom” release party 」へ行ってきた。

matryoshkaのリミックスアルバム 「coctura」の発売元Nature Blissの企画イベントで、matryoshkaのcaluさんがRuibyatのゲストボーカル出演をするというので、それを目当てに。

ライブまでZOOL系列のカフェ「Cafe DRAPERIE」で腹ごしらえ。

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パニーニがカリカリで具がジューシー、カプチーノも美味しい。
居心地もいいし、夜お酒を飲みにくるのもいいかも、ここ。
内装も面白いし。
そして、Vitantonioのワッフル&ホットサンドメーカーを買ったまま眠らせていたことも思い出した・・・。
買って満足というのが多くないか、私。

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会場の、高円寺HIGH。
まだ新しいライブハウスらしくきれい。

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入り口で、CDが配られた。
Nature Blissのプロモーション用CDらしく、様々なバンドの曲が15曲はいっている。
入場料が2,500円なのでちょっと得した気分。

以下、気になったバンドに関してコメント。

・neohachi (myspace)
lily(詩吟ボーカル)とelly(シンセサイザー)によるエレクトロジャムユニット。
民族音楽のような、雄大な自然のような、なんとも不思議な音と声。
ふわふわと異世界に連れて行かれる感じで、いい。

・Ruibyat (myspace)
ピアノ、コントラバス?、ドラムによる演奏。
caluさんはゲストボーカル。
ピアノによって繰り出されるメロディがとてもきれいで、そしてcaluさんの声に合っていた。
ただ、ドラムの音が大きくなると声が聴こえにくくなってしまい残念。
matryoshkaが大好きなので、生でcaluさんの声が聴けて嬉しかった。

・百景 (myspace)
ギター・ベース・ドラムで構成されたインストバンド。
演奏にきれがあってすごくかっこよかった。
終演後にCDを買いに行った時にお話と握手をさせてもらった。
もともとは大阪出身で、拠点を東京に移して間もないようなので、これからが楽しみ。

おくりもの
おくりもの」百景

耳まできりきりと冷える寒い日だったけれど、
素敵なバンドと出会えていいライブだった。

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2010/01/17

「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 東洋と西洋のまなざし」(東京都写真美術館)

先日、目黒の写真美術館でやっていた「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 東洋と西洋のまなざし」展へ行って来た。

カルティエ=ブレッソンは、以前 「アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌」へ行った時に虜になった写真家さん。
その後パリへ行った際に、アンリ・カルティエ=ブレッソン財団へ訪れた。
滞在していたカルチェ・ラタンのムフタール界隈からモンパルナスまでお散歩がてらてくてくと歩く。
駅から程近い場所にあったのだけれど小さな建物なので入り口がわかりにくい。

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※これがアンリ・カルティエ=ブレッソン財団

ブレッソンの写真だけを展示するのではなくて他の展示もする主旨のようで、私が行った時にはHELEN LEVITTの展示をやっていた。

陽光がよくはいる非常に気持ちのいい建物で、白い内装が爽やかで清々しい。
最上階では常設展としてブレッソンの写真と彼が使っていたライカⅠ型が展示されていた。
座れるようになっていて、ブレッソンの世界にいつまでものんびりと浸っていられる素敵な場所だった。

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木村伊兵衛撮影による、アンリ・カルティエ=ブレッ
ソン
(1954年)

ライカによって写真史に大きな足跡を残した二人の写真家にスポットをあてた「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 東洋と西洋のまなざし」展。
展示は、木村伊兵衛からはじまり、次にブレッソン。

木村伊兵衛は名前は知っていたものの、実はいままでちゃんと作品を見たことがなかった。

木村の写真は、ブレッソンの写真に比べると繊細で優しい。
この一瞬!と力をいれてシャッターを切ったというよりは、その場面をふわりと切り取ったような印象で、融通無碍に写真と向き合っているようである。
だから彼の写真を見ていると、当時の光景の中に自分がふっとはいってしまったような錯覚を覚える。

木村は厳格な構図を嫌い、「粋」を好んだという。
つまり、がちがちに固めるのではなく、あえて何処かを抜くということなのだろう。

その一方で、ポートレイトはその人物を真っ直ぐ表現しようという気持ちが込められているように思える丁寧さが窺える。

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アンリ・カルティエ=ブレッソン撮影による、木村伊兵衛(1954年)

ブレッソンの写真は、兎に角その一瞬に魂が込められている。
その場の空気を表現する木村に対して、ブレッソンの写真は枠の中に完璧な構図を構築する。
ブレッソンの写真の周囲に黒い枠があるものが多いのは、「これはトリミングしていません」ということを視覚的に主張しているのだそう。

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「サン=ラザール駅裏、パリ」(アンリ・カルティエ=ブレッソン)

ちなみに、このサン=ラザール駅裏が唯一トリミングされたものなのだとか。

もともとシュルレアリスムに影響を受けて画家を目指していたせいなのか、彼の写真は明暗のつき方やその構図がシュルレアリスムの雰囲気を持ったものが多い。
写真というよりは、写真という手段を用いたアートという感じである。
だから、彼の写真は木村のようにふっとその世界にはいれてしまうような類いのものではなくて、それどころか完璧さにドキドキさせられてしまう。
目の前の光景がフィルムにまさに「焼き付けられた」という力強さ。

そして、ポートレイトにおいては、実直に撮影している木村と違い、その人物の人となりを背景を含めた全体で表現しようとしている姿が窺える。

今回の写真展では、双方のコンタクトプリントも展示されている。
ブレッソンは日本初公開。
似たような構図を数枚撮影して、その流れの中から一枚を選んでいる木村に対して、ブレッソンは「これ」という構図をばしばしっと撮影して、構図違いの中から選んでいるようである。
彼らが何を見て何にシャッターを切り、そしてその中からどれを選んだのかということを見られるだなんて、なんとも贅沢。

これで700円だなんて安過ぎる。
行けたらもう一度行きたい展示。

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2010/01/14

寒波、賑わい

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春でもないのに春前のような高揚感が付きまとうのは
今週二日に渡って寝不足だったからでしょうか・・・。

私はいつも夜帰宅時に空を見上げるのだけれど、
寒波が来ているここ最近は空も大賑わい。
大雨が降る前日とかも大賑わい。
わいわいしている夜の空。

環境とか。
何か、を。
変えようと思うと。思うだけで。
それまでとは様々なものの見え方が変わってくる。

小さな変化がパタっと何かを倒して
やがてドミノのようにパタタタタっと進んでいって
バタン。

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2010/01/11

裏側の花

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しんどい時、辛い時は。
視線を斜めにずらす。
ぐーんと上がって、俯瞰する。

また最近、現実感を喪失することが多くて。
何をする為に自分がここにいるのかわからなくなったりする。
ふっと、あらゆるものから孤立する。
味方なんて何処にもいない。
そういう、自己憐憫スパイスのきいた思考が首を擡げる。

昏々と。
落ちて。
そうして、全ての思考を手放す。
自分とこの世界とを結ぶ、全てを。

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2010/01/10

エレファントカシマシ 新春ライブ(渋谷C.C. レモンホール)

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1/9、エレカシの新春ライブを観に渋谷C.C. レモンホールへ。
席は17列目、中央。

昇れる太陽」の一曲目、「Sky is blue」でライブがスタート。

宮本さんが「今日は声がよく出る」と言っていて、嬉しいかぎり。
あとMCで「44歳なんでね」と言っているのを聞いて、そうだそんな歳でした、なんて若い44歳と思ったり・・・。

サマソニで聴けなかった「ネヴァーエンディングストーリー」が聴けたのが嬉しかった。
昇れる太陽」を聴いた時に、はじめに心に残ったのがこの曲で。
静謐な中に込められた切実な思い、みたいな曲調。
「朝迎えて 何気ない君の言葉 胸に突き刺さる」とか、歌詞がどこか哀切を帯びているところとかも好み。

その他、絆、ハナウタ、ジョニーの彷徨などなど、「昇れる太陽」の曲はどれも好き。

アンコールの「桜の花舞い上がる道」を聴いた時に、ああそうだ、今年の春はまだ過ぎ去っていなくてこれから来る、私たちは春に日々近付いているんだ、と思った。
この曲は聴くといつも気持ちがふわーっと軽くなるのだけれど、それはきっと春の訪れとともにくる、芽吹きを予感させる高揚感を運んでくれるからなのだろう。

新春に相応しい、素敵なライブだった。

+-+-+

セットリスト

Sky is blue
真夜中のヒーロー
今はここが真ん中さ!
おかみさん
ゴッドファーザー
すまねえ魂
ネヴァーエンディングストーリー

真冬のロマンチック
こうして部屋で寝転んでるとまるで死ぬのを待ってるみたい
ジョニーの彷徨
化ケモノ青年
クレッシェンド・デミネンド −陽気なる逃亡者たる君へ−
ハナウタ〜遠い昔からの物語〜
さよならパーティー
新曲2曲
FLYER
俺たちの明日
+
*Encore*
まぬけなJohnny
地元のダンナ
笑顔の未来へ
桜の花、舞い上がる道を
待つ男

+-+-+

グッズ販売は大した列にもなっていなかった。
オフィシャルサイトに載っているけれど、「エレカシ」とか「東京」「大阪」とか、なんてシンプルなんでしょう・・・。
デザインには賛否両論のようですね。
デザイナーの視点で見ると、ああいうシンプルを選択してしまったのも理解できなくもないのだけれど。何となく、千葉県のロゴの件を思い出した。
ちなみに私は自分でつくるデザインは緻密なやつとかシュルレアリスム風なものが好きなので、シンプルには行き着かないけれど。

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私はこの『富士に太陽、そして象 Tシャツ』を購入。
ゆるいよ、象くん・・・。
ゆるゆるな気分になれそうなので、パジャマにでもしよう。
 

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2010/01/05

逃亡くそたわけ/ 絲山 秋子

逃亡くそたわけ

逃亡くそたわけ
絲山 秋子

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「亜麻布二十エレは上衣一着に値する」

調子の悪い時、そんな幻聴が響く躁病患者の花ちゃんは、精神病院からの脱走を決意して同じ病院の患者、鬱病のなごやんを誘う。
二人はなごやんの愛車おんぼろのルーチェで逃亡することになるが・・・という話。

精神病院からの男女の逃亡、というと、岩井俊二の「PiCNiC」を思い浮かべたけれど、そんな詩的で美しく果敢ない話ではなく、もっと現実的でありつつ二人のやりとりで一寸笑える話。

そもそも、精神病院からの逃亡といっても、追っ手が迫り来るわけでもないので緊迫感は全くない。なので、いわゆる「スリル満点の逃亡劇」を期待するような作品ではない。

博多弁でばんばん言いたい事を言う花ちゃんと、名古屋出身なのに東京に憧れるあまり頑に標準語しか話さない、理屈っぽくて小心者のなごやん。二人のやりとりが面白いのと、九州を南下してぐんぐん進む旅っぽさとで、あっという間に読めてしまった。
九州の名所や食べ物も色々登場するので、旅気分で読んでみるのいいと思う。花ちゃんが好きな「いきなり団子」は、物産展かなにかで買って食べたけれど、たしかにあれは美味しい。

花ちゃんの幻聴は、マルクスの「資本論」にでてくる言葉らしい。
要するに、「二十エレの生地=一着の上着」ということ。
何故幻聴で繰り返し囁かれるのがその言葉なのか理由は明かされないし、そもそも花ちゃん自身にも馴染みのない言葉であるらしい。
けれど、逃亡中に花ちゃんがお金や清潔な衣類や寝床だけが必要だったことや、最後に高級ホテルに泊まった時の様子、なごやんがぱーっと買い物をしたことや花ちゃんの気が進まなかった理由なんかと結びつけて考えていってみると、色々発展していって面白い。

結局人は等しく「死」に向かって進んでいるんだけれど、でも様々な欲求を満たしていく「生」も同時に持っているのだよね。
だとしたら、「逃」ではなくて「進」という気持ちでいたいものだ、と思った。

逃亡くそたわけの詳細はこちら

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2010/01/03

謹賀新年

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※正月の空、実家の庭より

明けましておめでとうございます。

相変わらず、感情の波やら各種感想などをまとまりなく呟いているブログですが
ご訪問ありがとうございます。

*

昨年の年始
「今年こそ、自分がやりたいと思っている事に着手していこう」
と言っていたのだけれど、昨年はその言葉通り前へ進んでいけていたと思われる。
それでも。まだまだ足りない、まだまだやれる、という気持ちもあり。
なので、今年は昨年よりも、さらにさらに前へ進んでいけるような一年にしていけたらなと思う。

自分が新たに得なければいけないと思う知識や新しい感性。
本当にそれらのものは勉強し尽くすことなんて全くなくて。
あるものを吸収していたら、それを吸収し尽くす前にまた別のものに興味が湧いたり。
時間がいくらあっても足りない。
けれど、やはり。
一年経てば一年分何かを得ているはずで。
死ぬまでそれをくるくる繰り返して。
そうして最期にバームクーヘンのようにぐるぐるの株が出来上がっていたらいいな、と思う。
私がそのくるくるをもっともっと増やさなきゃいけないと思うような
今までの出会いに感謝しつつ、今年の出会いに期待。

その一方で。
過去の自分をいい意味で捨て去り
今までと全然違う位置に新しい自分を構築していきたいと思う。
昨年までは庭にいたのに、今年はあの岩の上かよ、みたいな。
ちょうど、魚座は今年、変革の年であるらしい。

*

マイペース更新のこんなブログですが
本年も宜しくお願いします。

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