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2009/11/18

映画「ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜」

Vt01「ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜」

監督:根岸吉太郎
脚本:田中陽造
原作:太宰治『ヴィヨンの妻』
出演:松たか子、 浅野忠信、室井滋、伊武雅刀、広末涼子、 妻夫木聡、堤真一

モントリオール世界映画祭 最優秀監督賞受賞

新宿ピカデリー、土曜朝一の上映へ。
早い時間だからか、お客さんはぱらぱらと少なかった。

舞台は昭和二十一年、戦後間もない頃。 大酒飲みで浮気性の小説家大谷はある日椿屋という小さな飲み屋さんから大金を盗んで逃げてしまう。
子供を連れてその飲み屋さんで働くことになった妻佐知は、それまでとはうってかわって生き生きとする。
美しくなっていく妻の浮気を疑う大谷は、ある日他の女性と姿を消してしまうが・・・という話。

以前、書籍の感想(関連記事:ヴィヨンの妻 / 太宰 治)も書いた今作。
原作を読んでいるとどうしても原作と比べてしまうけれど、この作品はストーリーだけではなく原作の持つ空気感まで見事に映画化できている。

昭和二十一年というと当然私は生まれていないのだけれど、バラック建ての飲み屋街などその時代の雑多でエネルギーに溢れた街の様子がいい。
私は古い物好きなので、そういった街並や小道具は見ているだけでも本当に楽しい。洋服と着物が共存していたあの時代って本当にいい。汽車の雰囲気とかも。
あの美術のクオリティだけでも、個人的には観る価値があったと言える。太宰の長女津島園子さんも当時の街の雰囲気を映画で再現できていることに驚いたそう。

この作品は「ヴィヨンの妻」だけではなく、様々な太宰作品のストーリーがミックスされている。「思い出」からは幼少期の記憶、「燈籠」からは夫婦の出会いのエピソード、「姥捨」からは心中のエピソード、そして題名にもなっている「桜桃」
セリフなどはかなり原作を忠実に再現しているので、太宰ファンは好きなセリフをリアルに聞けるという楽しみ方もできそう。

大谷の弱さや脆さ、暗さ、どうしようもなさ、でもその一方で周囲を惹き付けてしまう不思議な魅力。
佐知の明るさと逞しさ、そして献身さを含んだ包容力。
世の中の何もかもを考え過ぎて深刻になってしまう大谷に対して、佐知は「私には難しいことはわからないわ」と短慮で開き直っているようにも見える。でもそんな佐知の方が生きていく術を心得ていてずっと強い。
大谷はそんな現実的な佐知という伴侶がいるからこそ、好き勝手悩んでいられるのだろうなと思う。大谷がどんなに酷いことをしても、じっと耐えて時には笑い飛ばして、彼のことを愛して支えていく佐知。私にはその献身的な様はとても真似できない。逆に、佐知のような伴侶がいる大谷が羨ましいくらい。

大谷の心中相手、美しくて孤独で少し影がある秋子を、広末涼子が魅力的に演じている。佐知とは対極にあるタイプ。
秋子と家庭とか妻とかが全く結びつかないのは、彼女自身から「生」の香りがしないからなのだと思う。ある日ふっと消えてしまいそうな、そんな朧げなポジションで自由に何にも執着せずに生きている女性。でもそんな彼女が唯一その魅力に溺れてしまった相手が大谷。だから大谷と心中することも迷わない。
それにしても丸眼鏡が、太宰の心中相手「スタコラサッちゃん」こと「山崎富栄」にそっくりなのはやはりわざとなのかな・・・。
(ちなみに、太宰とスタコラサッちゃんについては青空文庫にある坂口安吾の「太宰治情死考」で少し書かれているので、興味のある方はそちらをどうぞ)

この映画の良さは言葉で説明するのが難しい。
そういう輪郭をなぞって楽しむタイプの映画ではなく、映画全体を通して浮き上がり伝わってくる色や香りといった茫洋たるイメージを感じて味わう映画であると思う。
そしてそれはたしかに太宰治の「ヴィヨンの妻」であり、原作同様、きっと何年経っても色褪せないものになっているのではないだろうか。
出来過ぎた配役に逆に少々身構えて観に行ったけれど、観てよかった作品。

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コメント

情死するの?

投稿: BlogPetのmintdrop | 2009/11/19 14:16

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ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~オリジナル・サウンドトラック アーティスト:吉松隆 [続きを読む]

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