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2009/09/14

ヴィヨンの妻 / 太宰 治

ヴィヨンの妻

ヴィヨンの妻
太宰 治

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太宰治生誕100周年。
「斜陽」、「パンドラの匣」、「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」、「人間失格」と映画化が続いている。

太宰作品は斜陽しか読んだ事がなかったので、他も色々と読んでみたくなりまずはこれを手に取ってみた。

これは表題作の他、『親友交歓』『トカトントン』『父』『母』『おさん』『家庭の幸福』絶筆『桜桃』を収めた短編集である。
以下、とくに心に残った作品の感想。

親友交歓

突然訪ねて来た小学校時代の同級生。
当時貴重な酒を飲ませろとねだり、主人公には覚えの無い昔話をしながら遠慮なく飲み干していく…という話。
元同級生の図々しさが凄まじく、ここまで酷いと笑えてくる。
はじめは大きい事を言いながら段々話が小さくなっていく同級生の描写だとか、主人公が最後の期待をかけた同級生の歌のオチのところの間など、絶妙で面白い。
もし我が家にこんな風に図々しい人が訪ねてきたらどう対抗したらいいのだろうか、と、一寸考えてしまった。

トカトントン

青森に住む二十六歳の男が、作家太宰のもとに相談の手紙を寄越す話。

何か物事に感激し、奮い立とうとすると、どこからとも無く、幽かに、トカトントンとあの金槌の音が聞えて来て、とたんに私はきょろりとなり、眼前の風景がまるでもう一変してしまって、映写がふっと中絶してあとにはただ純白のスクリンだけが残り、それをまじまじと眺めているような、何ともはかない、ばからしい気持になるのです。

この男はこのように、終戦後何かに熱くなると「トカトントン」が聞こえるようになってしまい、何もかもがすっと冷めてしまうという奇妙な作品。この男の視野の狭い考え方や身に起こることが面白くて、くすっと笑いたくなる。
何かに対する情熱や苦悩、渦中にいる本人にとっては生きるか死ぬかの大事だったりするけれど、すっと俯瞰して客観的に見たら、案外どれも馬鹿馬鹿しいことなのかもしれないという気がしてくる。かーっと熱くなってしまった時に、はっと我にかえること、それがきっとトカトントン。
けれど人生は時にそんな得体のしれない霧に包まれて酔えるからこその良さもあったりして、なんでもかんでもトカトントンと覚めてしまったらそれはそれで退屈だよなとか色々考えてしまった。
とりあえず、何かに悩んでしんどい時に「トカトントン」で冷静になるのはいいかも。
はい、トカトントン。

ヴィヨンの妻

「なぜ、はじめからこうしなかったのでしょうね。とっても私は幸福よ」
「女には、幸福も不幸も無いものです」
「そうなの? そう言われると、そんな気もして来るけど、それじゃ、男の人は、どうなの?」
「男には、不幸だけがあるんです。いつも恐怖と、戦ってばかりいるのです」

作家である夫はいつも大酒を飲み歩き、浮気をし、妻と子供のことを全く顧みない。
ある日夫は行きつけの飲み屋さんからお金を盗んで逃げてしまう。
妻はその飲み屋を手伝うことにするが…という話。
酒ばかり飲んで家庭を全く大切にしないどうしようもない夫、でも何故だか憎めない。
そんな夫と献身的な妻について描かれている。
あらすじだけでは良さが伝わらない話である。
この作品は、この夫婦間に横たわる空気がいい。
どんな状況であってもいちいち悲観せず、また、過剰な期待もせず、何とかなるわという感じで逞しく生き、小さなことに幸せをきちんと感じる妻は、繊細で悩んでばかりいる夫の対極にある。
普通であれば崩壊してどうにもならなくなっている夫婦、でも妻が飲み屋さんで働きはじめることで母から女になり、夫婦の間には恋人同士のような新鮮さが生まれているようにも思える。一緒に家路を辿る様子がいい。
こういう夫を肯定はしないけれど、何かに悩み絶望している人は、この妻の姿勢から何かを学べるのではないだろうか。
そう、生きていさえすれば。

桜桃

子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ。少くとも、私の家庭においては、そうである。

主人公は、お決まりのように酒飲みで、これまた家庭を顧みない男である。
子供より親が大事、親のほうが弱いのだから仕方がないじゃないか。
そう言い訳をして家庭の問題から目を背け、逃げ、やけ酒に走る。
でも、そうして逃げている間にも、実は家庭のことが頭から離れない。
繊細で不器用だから自らの愛情をうまく家族に示せず、妻との会話もどこかすれ違い、子供の発育障害も気に病み、結果非道な父親として酒や女に逃げているだけで、本当は家族とあたたかい家庭を囲みたいのではないだろうか。桜桃の首飾りの美しさが、本当の父の愛情の形なのだろう。
でも、素直になれない男は妻との会話もどこか噛み合ず、それでまたいちいち新しい傷をつくる。
短い話の中で、繊細で不器用で弱い男の哀切を見事に描いている。

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感想を書かなかった『父』『おさん』など含め、多くの作品に共通するのは、結局「桜桃」の感想でも書いた「繊細で不器用で弱い男の哀切」であるように思う。
お酒や女に逃げる事は些とも肯定できないけれど、一度踏み外してしまうとそのままするするするっと帰ってこれなくなってしまい、そんな自分に自己嫌悪を抱えてさらに相手と向き合えなくなって逃げてしまう、そんな状況は結構世の中に多いように思う。
掛け違えたボタンは早くなおせばそれだけ傷が浅いのに、放って次のボタン、次のボタンへといってしまうから戻る事がますます難儀になり、でも掛け違えているせいでずっと着心地は悪く、それを忘れようとさらに次のボタン、次のボタンへといってしまうという悪循環。
ごわごわとした感触はさらに気分を悪化させるだろう。

状況だけみると暗くなりそうな話なのに、どこか軽快なのは太宰が描く間が絶妙で、そこここにさらっとユーモアが散りばめてあるからだろう。
どれもこれもうまく纏められた短編ばかりで、無駄な言葉のない作品をつくれるセンスをひしひしと感じる。

「ヴィヨンの妻」詳細はこちら

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