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2009/08/22

金閣寺 / 三島由紀夫

金閣寺

金閣寺
三島 由紀夫

読売文学賞受賞作

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これは1950年に起こった、金閣寺放火事を元に書かれた作品である。
といっても、事実をそのまま書いたノンフィクション作品ではなく、犯人が見習いの僧で重度の吃音であることと、母親の期待が重荷であったことなど大枠の設定を用いただけで、あとは三島さんなりの分析に基づく創作である。

この作品は非常に美しく重厚な文体で余すところ無く描かれている。

菊は一点の瑕瑾もない黄いろい端正な花弁をひろげていた。(略)そうだ、それは確乎たる菊、一個の花、何ら形而上的なものの暗示を含まぬ一つの形態にとど まっていた。それはこのように存在の節度を保つことにより、溢れるばかりの魅惑を放ち、蜜蜂の欲望にふさわしいものになっていた。(略)それもその筈、菊 の端正な形態は、蜜蜂の欲望をなぞって作られたものであり、その美しさ自体が、予感に向って花ひらいたものなのだから、今こそは、生の中で形態の意味がか がやく瞬間なのだ。形こそは、形のない流動する生の鋳型であり、同時に、形のない生の飛翔は、この世のあらゆる形態の鋳型なのだ。……蜜蜂はかくて花の奥深く突き進み、花粉にまみれ、酩酊に身を沈めた。

こんな調子の文章がずっと続く。これを書いたのが31歳であったことに驚く。
今の日本にそれくらいの歳でこれだけ美しい文章を書ける人っているのだろうか。
私は最近新しい作家さんの作品ばかりを読んでいたので、余計にそれらとこの作品との重さの差に吃驚する。

吃音に劣等感を持ち、自らを醜いと思う主人公は、金閣寺という絶対的な美の象徴に偏執的な愛情を持つ。
人ではなく建築物にそこまで拘泥することは、描写力のない人が書いたらさぞや陳腐なことになってしまうと思う。
しかし、三島さんの隙のない筆致は、主人公がなるべくしてそうなったことを疑わせない。

だからといって主人公が理解できるわけではなく、客観的に見たらかなり危ない男性なのだけれど。言うなれば金閣寺ストーカー。
彼は何かにつけて金閣寺を思い出し、女性と深い関係になろうかって時に金閣寺の幻影を見ちゃって「金閣寺に阻まれた」とか思って女性に手を出すのを止めてしまう。
また、空襲で金閣も自分も同じように焼けるかもしれないという時には、それはつまり金閣が自分の次元まで下りて来ることを表し、即ちそれは自分と自分を拒絶する美の間に橋が架けられることなのだと喜んでしまったりするのだ。
それって、ストーカーが好きな人と心中しようとすることに似ているよね。
こんな風に彼の危なさをよくこれだけ描ききれているよなぁと心底感心する作品。

この濃い作品が、たったの580円だなんてなんてお値打ち。
良い本の素晴らしさを再確認した作品。

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