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2009年7月

2009/07/23

その街の今は / 柴崎友香

その街の今は

その街の今は
柴崎友香

奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞の三賞受賞。

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28歳の歌ちゃんは、勤めていた会社が倒産し、今はカフェでアルバイトをしている。
大阪の古い写真に興味を持つ彼女は、同じ趣味を持つ良太郎という男の子と出会い・・・という話。

街の様子が丁寧に描写され、行ったことがない人でも、そこに今自分がいるような感覚で読み進めることができる。
タイトル通り、大阪の「街」をテーマにした作品。

ただ、街の光景や、主人公とその周囲の人々の描写といった「目で見るもの」の描写が丁寧であるかわりに、人々の内面がちっともみえてこない。
大阪のどこかのカフェの窓際の席に座って、ずーっと行き交う人たちの人間観察をしていたかのような読後感。
街の様子であったり、面白い人であったりをじっくり見たなぁという感じであっても、目の前を通り過ぎた人たちが何を考えて生きているかは結局わからない。
そんな感じで、ちょっとした息抜きに向いている作品かも。
薄いし、さらっと読めるので。
逆に、三賞受賞ということでぎゅーっと詰まった作品を期待して読み始めると少し物足りないと思う。

小説を読んだというよりは、どこかの街の姿を見られる作品。
私が大阪のことをよく知っていたらさらに楽しめたのかも。

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2009/07/20

踊り場の風景

Img_2443

自分がこの道を進めばいいのだろうと思って進んでいたところが
実は間違いだったみたい。
それまで積み重ねてきたことが無に返ってしまう気がして
なかなか引き返せない。他の道へ行けない。

でも、惰性と保身で歩いて行ったって、この道は目的地には繋がっていない。
それを認める勇気が必要なんだろう。

踊り場で、ひと呼吸をする。
蔦が茂り、眩しい陽の光をやわらげている。
空の色を確認する。
踵を返す。

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エコノミカル・パレス / 角田光代

エコノミカル・パレス

エコノミカル・パレス
角田光代

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34歳、物書きの仕事をしながらそれだけでは食べていけなくてアルバイトを掛け持ちする主人公。
そんな彼女をよそに、同棲中の恋人は無職のまま理想論ばかりを掲げる。
ただでさえ生活の厳しい家に、以前旅行中に仲良くなった男性とその彼女までが転がり込んでくる。
苛立つ主人公は、よく知りもしない若い男との疑似恋愛をはじめるが・・・という話。

ストーリー全体をみると、よくも悪くもリアルな「南瓜とマヨネーズ(魚喃 キリコ)」という感じがする。

彼女の恋人は、結局現実から逃げている。
そして、逃げを逃げとしないための言い訳を偉そうに語る。
自分が認めてもらえなかった場所を馬鹿にすることで、自分のプライドを保つ。
そういった行為は、誰しも一度はしたことがあるのではないだろうか。
保身の為の言い訳。
「あいつらは結局わかっていない」
「あいつらのやっていることはくだらない」
そう言うことで、自身の能力のなさ、努力の足りなさから目を背ける。
自分が悪いんじゃない、いた場所がおかしかったのだと。
でも結局、全てを環境とか他人のせいにして逃げていたら何も生まれない。
生活費さえ得られないまま、何の成長もない。
夢ばかりみて、ふらふらと旅をして。
そんなことが許されていた若い頃。
どこにでも行ける、そんな自由さ。
でもそれは、歳を経るごとに色褪せ、日々の生活におわれていく。
やがて、生活の為に、自分が想像もしていなかった世界に足を踏み入れることになったりもする。
自分が「この人よりは…」と見下していた相手は、実は自分よりもずっと広い世界を持っているかもしれないという可能性に気付かされる。

一寸した焦燥感におそわれるような、少し悲しい作品。

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2009/07/19

ドラママチ / 角田光代

Drmmt

ドラママチ
角田光代

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中央線沿線の街を舞台にした、8つの短編集。
どれも近所の話なので、あ、これあのお店だとか、あのへんだなとか、そういう楽しみ方もできる。
全てタイトルが「〜マチ」になっている。
読む前は「街」かと思っていたけれど、そうではなくて「待ち」だった。
何かを「待つ」人たちの話。
以下、印象に残った話。

コドモマチ

子ども(妊娠)待ちをしている主人公が、夫の不倫相手をつけまわす話。
浮気の調査に麻薬犬並の嗅覚を持つと自負する主人公が、夫の不倫の様子を把握し、不倫相手を毎日観察する様にはちょっとぞっとするものの、じっとりとした描写の割りに主人公からは不思議と嫉妬心が感じられない。気持ちによって突き動かされている、というよりは、まるで義務のように、仕事のように彼女は尾行を続ける。そこには病的な何かを感じる。
けれど、冷えきった彼女の感情の裏に彼女の弱さが垣間見えて、少し悲しくなった。

ヤルキマチ

何ごとにもやる気が無く、人を見下すことで憂さ晴らしをしている主人公。
彼女には長い付き合いでマンネリになっている不倫相手ナカニシさんがいる。
そんなやる気のない彼女とは対照的に、夫に浮気されて離婚をし、浮気相手から慰謝料をふんだくるんだと息巻くまりっぺ。
主人公は「待つ女と待たずにすむ女がいるのはなぜか」と考える。
十年近く待っている自分に対して、さほど待たずにまりっぺの元夫を手に入れた浮気相手。
主人公は、待つことでやる気はなくなり、体重の増えた巨体だけしか手にいれていない。
そのことに気付いて愕然とする。
「やる気」というのは、本当に波があって、やる気のない世界に足を踏み入れてしまうと、やる気があった時の自分を遠く他人のように感じてしまう。
でもその逆で、やる気にスイッチさえいれてしまえば、再びやる気のある世界に簡単に戻れるものだったりもする。
惰性で拘って守っていたもの、それがハリボテであることにさえ気付いてしまえば、自分の怠けをそれのせいにして逃げたりしなくなるはず。

ドラママチ

付き合いが長くなってマンネリ化し、付き合いはじめのようなドラマチックなことの消失を悲しく思う主人公。自分が手に入れたいと思っていた男はこんな男だったっけ?という幻滅の日々。
けれど、物件を見にいった時に出会った大家の老婆の話をきくことで、主人公の視界は開ける。
日々のどこにドラマを見出すか。それはいわゆる絵に描いたようなドラマチックさなんて全くなくても、小さな起承転結が繰り返すその日々を愛しいと思って見つめることである。
夫やパートナーとの日常生活に飽き飽きしている人に、読んでもらいたい作品。

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雲の間

Img_3300

夏。
梅雨のじっとりひんやりとした空気が去って
じりじりと乾いて暑い夏が来た。

六月の目標達成、七月の目標実行中。
月ごとに目標を決めて動くのは、わかりやすくていい。

最近書評が全然書けていないので、そろそろ書こう。
ちなみに今は文藝最新号(小川洋子特集)と、柴崎友香「その街の今は」を気分によって読み進め中。たまに森博嗣のエッセイ「森博嗣の道具箱」を挟みつつ。

全然知らない人のブログで、
私が以前書いたグルメ記事の内容をそっくり真似されていてびっくりした。
よく解釈すれば、それだけいいって思ってもらえたってことだけれど、その行為はとても残念だ。
参考にする程度の流用ならわからなくもないけれど、構成も内容も感想もそのまま写しちゃうのって理解できない。プライドはないのだろうか。

たまに、「このブログの書評がすごく参考になります」とリンクやトラックバックをはってくれる方がいて、そういうのは凄く嬉しいのだけれどな。

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2009/07/16

2009 ADC展(クリエイションギャラリーG8 / 銀座)

Adc 先日、「2009 ADC展」に行って来た。

ADC(東京アートディレクターズクラブ)はトップクラスのアートディレクターによって構成されている集まりで、この会員たちが審査員となって行われる広告・デザインの年次公募がADC賞。

クリエイションギャラリーG8 とギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催しているので、会社帰りにとりあえず近かったクリエイションギャラリーG8の方へ。新橋駅からすぐのリクルートビル内。

ポスターやCMなどの展示が主。
CMだったらたとえばソフトバンクのあの犬のお父さんの話だったり、缶コーヒーBOSSの宇宙人ジョーンズだったり、誰もが知っている=印象深い ものばかり。

一方ポスターの方は、実際に街中で見た事があるものはあまりなかった。
でも、選ばれた理由がわかるような優れたものばかり。
例えば、6人のデザイナーが行うイベントのポスターには、大胆に5つの折り目がいれられて、紙が6つにわかれている。
ポスターを「折る」という発想ってあまりないのでは。
他には、カッターのポスターでは、そのカッターを使ってつくったという美しい紙細工の写真がばーんとレイアウトされている。
やっぱり賞に選ばれるような作品って、アイデアがいいと思う。
すごく心に残るし、わかりやすい。
他に、美しい写真をつかったポスターなんかもあったのだけれど、そういうのってその場では鑑賞しちゃっても、やはりアイデアがきらりと光るもの程後々残らない。

普段WEBデザインばっかりちくちくやっているから、紙のデザインっていいよなぁって素直に思う。
紙だと、ビジュアルだけじゃなくて、質感であったり、時には立体的な加工であったり、印刷の仕方であったり、表現手段が多岐に渡るから面白い。
完全に平面で構成され、ディスプレイに映すという方法しかとれないWEBデザインとは全然違う。

やっぱり、「手で触れられるもの」と「そうではないもの」との差って大きいし、私は本当は前者の方が好きなんだよな。
とはいえ、この問題については「実存に拘る必要はないし、結局はそれを生み出す人や受け取る人次第でその存在は如何様にも変わるのではないか」という結論をだしたばかり。
生み出す本人が疑ってしまったら、きっとその瞬間にその世界は壊れてしまうのだ。

でも、生み出した人の手を離れて、勝手に増殖し成長していくものというのもある。WEBの世界は特にそれが顕著だ。
毎日、毎日。
デジタルの0と1の狭間で、わらわらと何かが生まれていく、しゅわしゅわと何かが消えていく。

ADC展にあるのは、簡単に生まれない、簡単に消えないもの。
無料なので、おすすめの展示。

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2009/07/14

プレートに教えられる

Ruemuf

※以前滞在したアパートのすぐそば、賑やかなムフタール通り

パリの街は、全ての通りに名前がついている。
今、歩いているその道にも。
名もないところをとぼとぼ歩いていると思っても
実はきちんと地図にある道を歩いている。

迷って、暗がりにはいって、些とも抜け出せないと思っても。
足が痛くなるまで歩き尽くめでも。
どんなに小さな通りも、必ずどこかの道に繋がっている。

辛かったら、手近なカフェで珈琲を飲めばいい。
いくらでも休めばいい。
せかせかと大きな道を歩くことばかりが大切なんじゃない。
今歩いているその道の小さな石ころや
へとへとになったその足に
きちんと意味があるのかもしれない。

大丈夫、大丈夫。
私にはそんなことしか言えないけれど。

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2009/07/09

Green Tea with Mint の時

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※パリで風邪がしんどくなった時、マレ地区リヴォリ通りのBHVあたりにて

ちくちくとした殻が被さった
かさかさの感情に突き動かされて
何かに拘ってしまうこと。

たまに、そんな。
正体不明のお化けみたいなやつに取り憑かれることがある。
どうやったら振り払えるのか、真っ最中にはわからなかったりする。
結構しぶとい、こいつ。

多分、そんなものに取り憑かれている時は
十中八九、どこかに力がはいっている。
大抵が、多分頭あたりに。
完全にぐにゃぐにゃと脱力していたら、
殻はどこにも引っ掛からなくて、
つるりんと遥か彼方まで落ちていってしまうはず。

勝手に抱えているものをぱかりと割って芯を見ると
中身はどうせあの世まで持っていけないようなくだらない種だったりする。
ぎゅうぎゅう抱えているのは、多分、違う。
その種は後生大事に抱えるのではなくて、
とっとと飲み込んで葉っぱでも生やしてしまえばいいのだろう。

育った双葉に、やがて花が咲く。
蝶がとまる。
花はまた、違う種を生む。
それを飲む。
その繰り返し。
きっと。

そうして、
種の形も、
花の形も、
変化していく。
きっと、どんどん、立派に。

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2009/07/04

七月

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七月一日を過ぎると、一年の半分が終わったなって思う。
前半が、ぱたんと閉じた扉の向こうに収まってしまった感じ。
小休止、リスタートというタイミングであるようにも思う。

バタバタとしていた時期が一段落し、今日久々に西荻をゆっくり散歩した。
はつねが行列だったので、柳小路で猫と遊んだ後、初めて鞍馬に行った。
何となく来ないままだったお店。
箱盛り蕎麦は上品な味で、名店と言われるだけのことはある。
蕎麦湯もとろとろで美味しかった。
私の後にはいってきた男性が、冷酒と天麩羅を頼んでいて、私も天先で今度一杯飲みたいなと思った。

珈琲職人で店長さんにきめ細やかな説明をしてもらいながら珈琲豆を買い、サービスの珈琲をご馳走になり、古本屋スコブル社で本を三冊買い、入ったことがなかった古着とアクセサリーのお店を覗き、帰宅。

一寸したこと。
弱りやすい時期だから、余計にふっと持っていかれる。
足場をしっかり持たないと。
たまに自分が唐突にぼろぼろになる時がある。
何だろね、これは。
悔しい。

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