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2009年4月

2009/04/26

映画memoなど

なんだか今日一日貧血なのか体調がすぐれず、「火星の人類学者—脳神経科医と7人の奇妙な患者」を読みながら気付いたら眠っていた・・・。
いつの間にか猫二匹も傍らに。
ちなみに、もうあとはあとがきを残すのみって感じなのだけれど、予想以上に面白かった。

本やライブの感想をそろそろ書くつもりだったのだけれど一寸ぼーっとしているので、memoを簡単に。

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今、早稲田松竹でヤン・シュヴァンクマイエルの作品が上映中。
短編集は以前「造形と映像の魔術師 シュヴァンクマイエル展 幻想の古都プラハから」で観たものばかりだし、アリスも何度も観ているので多分行かないけれど、早稲田松竹でシュヴァンクマイエル作品特集をやることが意外で、一寸驚いた。

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アリスの感想はこちら

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ユーロ・スペースで上映中の「マリア・カラスの真実
カラスの声が好きなので観たいなと思ったのだけれど、過去のドキュメンタリーの寄せ集めだから映画館で観なくてもいいという感想もあり、迷うところ。
迷っているうちに終わってしまう・・・。5/8まで。

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ベスト・マリア・カラス100

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観そびれていた「チェンジ・リング」が渋谷のシネマアンジェリカでもうすぐやるよう。
すごくいいらしいので、今度こそ観よう。
シネマアンジェリカは結構好きな映画館。

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そういえば、「ビクトル・エリセ DVD-BOX」を買ったのに些とも観ていない。
丁寧に観たくて、まだ手をつけられていない感じ。
いい作品程、私は時折そういうことがある。
きちんと余す事無く味わいたくて、それが可能なタイミングを待ってしまう。
いい本もそう。
でも気負い過ぎてもあれで、本末転倒のように思う。

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2009/04/19

シナプスが繋げる

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先日、ダイアログ・イン・ザ・ダーク の記事でも書いた、最近の課題。

「人は何をもって存在を認識するか、在るとはどういうことか」

その延長で、脳神経科医オリヴァー・サックスが書いた本を買った。

火星の人類学者—脳神経科医と7人の奇妙な患者
妻を帽子とまちがえた男
の2冊。
脳に何らかの損傷を抱えた人々の話。
読み終わったら書評を書きます。

脳というのは、いわばパソコンにおけるハードディスクのようなものだと私は考えていて。
あらゆる情報を処理して届けるのが脳の役目。
今私たちが見ている「世界」は、脳が処理して寄越した調理された虚像に過ぎないわけで。
この処理が一般の人とは少し異なってしまった人たちが「見ている」世界について、一寸知ってみたかったのだ。
どんなフィルタがかかっているのか。
そもそも、認識に関する構造は同じなのか。

最近、自らが自らに課している課題図書が色々あって、なかなか追っ付かない。
だから、お昼休みは、誰かと一緒に食べる日と、黙々と一人で読書をする日とを織り交ぜている。
会社の近くのスタバはいつも空いていて静かなので、読書日は昼食をさくっと済ませてそこへ。

でも本だけ読んでいればいいわけではなくて、創作しようと思っているものも抱えているから、のんびりとはしていられない。

自分が向かおうとしているところと、ふっと繋がりを感じることがある。
あの感覚は不思議だ、本当に。
自分がそう願うから繋がるのか、繋がっているから呼ばれるのか。
つくりたいものの漠然としたイメージがあると、それのヒントになるようなものがぽろぽろ降ってくる、出会う。
その一方、違った方向に進むと、距離が明確にあく。

その向かいたいところと、今仕事をしている場所は遠いので、下手するとしんどくなる。
しんどいって思いながら働くと窒息してしまいそうなので、なるべく考えないようにする。

最近は、だいぶ色々が安定している。

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memo
マン・レイ展
会期=2009年4月3日(金)—4月25日(土) 12:00-19:00
*日・月・祝日休廊

エリオット・アーウィット写真展
"New York and Dogs"
期間:2009年4月15日(水)〜7月19日(日)
11:00〜19:00  月曜日休館
入場無料
場所:ライカ銀座店サロン

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nest festival'08 (shibuya O-EAST)

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だいぶ前なのだけれど・・・ずっと書きそびれていた
2008/10/19にshibuya O-EASTでやった「nest festival'08」のこと。

d.v.d

d.v.d = drums, visuals,drumsという意味なのだそう。
ドラム担当のItoken + Jimanicaによる音楽と、映像作家山口崇司による映像。
ドラムとドラムの間にMac担当の人という、不思議なトリオ。
楽器と映像が同期していて、ドラムを叩けば映像にも変化がでて・・・という風にリズムにあわせて映像がリズミカルにぽんぽこ変化して面白い。
とてもよかったので、会場で販売していたピンクのTシャツをお買い上げ。
また観たい。

相対性理論

タワレコでやたら人気があるバンド。
でも正直、声量が全然足らず、ちっともうまくなかった。
CDだとうまく処理してあるのかな・・・。
うけを狙ったかのようなボーカルの子のコメントもなんか寒かったし。
会場全体かなり盛り下がっていた。

nhhmbase

ポップで元気で爽やかでよかった。

渋さ知らズセブン

巨大バンドで渋さ知らズオーケストラのミニマム編成のよう。
暗黒舞踊ですか?というようなダンサーの人たちがすごく気になった(笑
文句なしにかっこいい。

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たしかご飯を食べようと移動してしまったので、ちゃんと聴いていない。
会場全体は結構盛り上がっていた。

OGRE YOU ASSHOLE

多分ご飯を食べていたので、ちゃんと聴いていない。

nisennenmondai

かっこいい音。
ボーカルはなく、ただただ繰り返す音。
いいなぁ、好き。

Shing02

ラップと、和太鼓や薩摩琵琶といった和の楽器とをうまくミックスしていて、個性的で面白かった。
独特な世界観がいい。

i am robot and proud

記憶には残っていなかったのですが・・・
myspaceであらためて聴いてみるととても良い。
そしてTENORI-ONの人だったのね。

toe

楽しみにしていた、toe。
じわじわ染み入って響く音で、今回の中で一番よかった。
「グッドバイ」が聴けた、感動。

Dosh

記憶に残っておらず・・・。
このあたりになると、若干疲れが・・・。

トクマルシューゴ&ザ・マジックバンド

トクマルくん、ふわふわ不思議かっこいいかんじでよかった。
癒された。

時間が経ってしまったので、かなり記憶が薄いのだけれど・・・。
3,000円とは思えない、濃い内容のフェスだった。
行ってよかった、誘ってくれた友達に感謝。

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会場で食べたカレーも美味しかった。
なんでああいうところで食べるカレーって
むしょうに美味しいんでしょうね。

そして、次回は記憶が薄くなる前にちゃんと書こうと思ったのでした。

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まほろ駅前多田便利軒 / 三浦 しをん

Mahoro

まほろ駅前多田便利軒
三浦 しをん

第135回直木賞受賞作

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今まで三浦さんの作品は未読だったので、初。

駅前で便利屋を営む多田啓介は、ひょんなことから高校時代の同級生・行天春彦を家においてやることになる。
自由でマイペースな行天に何かと振り回される多田だったが・・・という話。

基本的に、彼らにはいった依頼の話を中心に進んでいくのだが、たとえばただ掃除をして終わりとかそういうのではなく、きちんと人間ドラマが盛り込まれ、時には探偵もののようなスリルもある。
2人とも重たい過去を抱えているし、彼らと関わる人々も何らかの事情を抱えていたりする。
「まほろ市」という小さいコミュニティの中で、彼らが各々の悩みを乗り越えて一生懸命生きていく姿には好感がもてる。

真面目だけれど屈折している多田と、大きな闇を抱えていそうなんだけれど飄々としてそれを人に見せない行天のコンビはなかなかいい。とくに行天の、人の顔色を窺ったり空気を読んだりってことを全くしないで、自分が思った通りに突き進んで行く強さが羨ましい。
2人のキャラ設定がしっかりしているし掛け合いもうまいので、てっきり三浦さんって男性かと思っていたのだけれど女性だった。どの登場人物もイメージしやすいので、映画化とか向いていそう。行天を原作通りのイメージで配役したらかなり女子ウケしそうだし。

全6章で構成されていて、各章完結の話。
通勤途中の読書向き。
面白かった。

書籍の詳細はこちら

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2009/04/18

「歴史の天使」展(ワタリウム美術館)

Watarium

ワタリウム美術館で開催されている、「歴史の天使」展を観て来た。

ワタリウム美術館の写真コレクションを中心に、20名の作家の作品を展示。
近くに来たので何となくぷらりと観に行ったのだけれど、シュルレアリストである「マン・レイ」や「ルネ・マグリット」の作品が展示されていて、一気に興味を持った。

P1 Sekai Lovers

ルネ・マグリットというと、空中を浮遊する巨大な岩の上の城「ピレネーの城」や、女性の顔を花で隠した「世界大戦」、顔を覆ってキスをする「恋人たち」など、いかにもシュルレアリスムといった感じの絵画のイメージしかなかったのだけれど。(特に、「世界大戦」のイメージが強い、私の中だと)

Queen
女王セミラミス(「たくらみのない情景」より)1928年

写真作品を初めて観て、この人は写真も撮るのだなと思った。
絵の方は、いかにもすぎてそんなに好きじゃないんだけど、写真はシンプルに美しくていい。

Electricity
Electricite 1931年

マン・レイといえば、「シュルレアリスムと写真 痙攣する美」で観た「不滅のオブジェ」や「ガラスの涙」のイメージが強く、「目」「女性」の人。
今回展示されていた写真たちはレイヨグラムや二重焼き付けといった技法を使って電気を表現していたり、月と謎の物体(マウスに見えたけれど、よく考えたらマウスなんてない時代)で広い宇宙を表現していたり、シュルレアリスムらしいものというよりは、ざっくりとした大胆な構図が現代アートに近い感じ。 CGなんてない時代の創意工夫された写真たちって面白い。
上の写真、モデルは恋人のリー・ミラーなのだそう。
元トップ・モデルで、報道写真家となったリー・ミラー。才能のある者同士。

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ケヴェダの鳥、ニュー・メキシコ 1982年

今回初めて知った「ジョエル=ピーター・ウィトキン」の作品にも目をひきつけられた。
両性具有者や病的な肥満者、解剖中の屍体などを被写体とし、それを独特の美意識でアートの領域にもっていっている。
一見とてもグロテスクで、決して好きなアートではないのだけれど、生とか性とかについて考えさせられる圧倒的パワーを持つ作品たち。

全体をまとめるテーマが不明瞭な展示だったけれど、個人的には上記の3人の作品が観られたことで満足。その他も無難にきれいな写真が多かったし。

ただ、「何故この人の展示が?」というのもあった。
永瀬正敏の映像作品「KUTSU TAKE2」が流れていたので観たけれど、あくまで素人レベルの作品だなと思った。主演・監督ともに永瀬正敏の作品で(途中、小泉今日子が脚だけ 出演している)ただひたすら足元だけを撮影し進んで行くのだけれど、ずっと同じ事が延々繰り返され、途中で飽きてしまった。
あと佐藤玲のゆるくポップな作品も、他の作品たちの中で明らかに異色。
カラーの違う展示は分けた方がいいと思う。

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掏摸 / 中村文則

掏摸 中村文則さんの「掏摸(スリ)」を読んだ。

中村さんの作品は、以前第133回芥川賞をとった「土の中の子供」しか読んだ事がない。その時書評を残さなかったので詳細を忘れてしまったけれど、ただただ暗く塞ぎ込むような内容で些とも面白くなかった印象がある。
基本的に私は暗い話も好きなのだけれど、ただ暗いだけで多分ひきつけるものが無かったのだと思う。
ところが、今回の作品は違った。

子供の頃から掏摸をしている主人公が、犯罪に巻き込まれてしまうという話。

彼が何故掏摸になったのか。
冒頭、彼のその生い立ちの背景に、霧に覆われ、輪郭だけが浮かび上がる古い白昼夢のような塔が登場する。
霧に煙る陰惨な歴史を持つロンドン塔のようなイメージが植え付けられ、物語はその空気を含んで暗く静かに進行していく。

大人になった彼はプロの掏摸として生活するのだが、掏摸をする場面の描写はリアリティがあり、繰り返しでてきても飽きさせない。
こういう場面を丁寧に描くかどうかで、その作品の重みが決まる気がする。
下手な人が描くと、ただ盗むだけで終わってしまい、主人公が持つ緊張感などが共有できない。

彼は、母親に愛されず万引きを強要される子供と出会う。
幼き日の自分の姿に重ね、不器用な愛情を注ぐ。

やがて木崎という、ヤクザ紛いのあやしい男に声をかけられ、犯罪に加担することとなる。
この木崎はただ暴力的なのではなく、一寸狂った思想を持っている。
強い者が弱い者を支配し、甚振り、その人生に神のように君臨することの快楽をとなえ、それを実践していく。
この木崎を取り巻く恐怖の空気は、どこか花村萬月の「ブルース」に登場するヤクザの徳山を思わせた。

掏摸としてしか生きられない主人公、その光のあたらない人生を描いたこの話は構成も描写もどれも丁寧につくられていて非常に面白かった。満足感の高い作品。
こういう丁寧で面白い作品を読むと、やっぱり小説はこうでなくちゃ、と思うのでした。

書籍の詳細はこちら

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2009/04/12

ダイアログ・イン・ザ・ダーク(Dialog in the Dark TOKYO 2009)

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先月、真っ暗闇のエンタテイメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)」に行って来た。

これは視覚を完全に遮断して体験するイベント。
五感のうちの視覚以外の四感を使って真っ暗闇の空間を進むのだ。
勿論、いきなり真っ暗闇の中に放りこまれてもどうすることもできないので、視覚障害を持つアテンドスタッフに声で案内をしてもらう。

1989年にドイツで、哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれたこのイベントは、世界25か国・約100都市で開催され、2009年現在で600万人以上が体験しているのだそう。

今回、初体験となる私は、外苑前からてくてく会場へ。
会場は地下にある。
荷物をロッカーに預け、ロビーの椅子に腰掛けて待つ。
カモミールティーが出されたので、それを飲みつつ、置いてある冊子を読みつつ。

参加者は一度に8名まで。
4人家族、カップル、姉妹、一人参加などなど。
私はこのイベントの主旨的に一人で参加したかったので一人参加。
誰かと参加すると、その人に頼ってしまって、本当の意味の「暗闇との対話」が出来ないと思ったからだ。

まずは白杖という視覚障害者が使う杖を、一人一人自分に合った長さのものを選ぶ。
だいたい胸から腰の間くらいの長さのものがいいらしい。

白杖を持って、暗くした部屋へはいる。
既に十分暗いのだけれど、まだここは真っ暗ではない。
目が慣れれば物が見えるレベル。
アテンドさんと会い、各自自己紹介をして、真の暗闇の部屋へはいる。

真っ暗な会場は、目の前にかざした自分の手すら見る事ができない。
勿論、時間が経って目がなれたって何も見えない暗さ。
視ることが出来ないその空間は、草が茂り、水が流れ、鳥が鳴き・・・。
アテンドさんの声を頼りに進んで行くと、足の裏で道の凹凸を感じ、手で茂る草やどっしりとした樹木を感じる。
空間の広さや、自分が進んでいる方向は全くわからないけれど、今自分がいるところの情景を「視る」のではなく「感じる」ことで把握ができるという体験。

道を進み、困った時は助け合い、縁側で寛ぎ、果物の香りを嗅ぎ、暗闇のバーで飲み物を飲み・・・。
嗅覚も味覚も、いつもよりずっと鋭敏で、とても濃く感じられた。

出会ったばかりの8人(+アテンドさん)がすぐに打ち解け、コミュニケーションをとることができたのは、やはり「視覚」が遮断されているからなのだろう。
普段、視ることで植え付けられている先入観の大きさや、人目を気にすることでいかに臆病になっているかを実感する。
また、視覚によって齎される情報量の多さと、それを処理して認識する為に他の感覚からはいってくる情報が制限されてしまっていることも。
暗闇のもたらす大きな安心感のもと、人と人が出会いコミュニケーションをとっていくということがどういうことか、原点に戻って考えたくなる。

私はその時々でふとした時に自分が延々考える漠然としたテーマというものを持っていることがあるのだけれど、最近ちょうど、人は何をもって存在を認識するか、在るとはどういうことかということを考えていて。
その繋がりもあって、このイベントに参加した。
普段私がつくっている「デザイン」はいわゆる「視覚芸術」で。
視ることでしか認識ができない。
紙に描いた絵であれば、まだ絵の具の盛り上がりや紙の質感を触覚で感じることができるのだろうけれど、WEBデザインともなると、完全に視覚でしかわからない。

だから、ふと、私がつくっているものって何だろう、と思うことがある。

デジタルの世界で様々な物が普及して、どんどん便利になって。
でもその、視覚にばかり頼るこの世界は何なんだろう。
視覚にばかり頼ることで、何かを見失っていないだろうか。
何かを忘れていないだろうか。

IT業界で働く自分がそんなことを考えることには矛盾があるかもしれないけれど
その、頼りきっている視覚を手放すことでできる対話と得られる何か。
それを求めて、何かヒントがもらえるのではないかと思って、参加したこのイベント。

まだ答えはでていないし、答えがでるような種類のことではないのだろうけれど、物事をみる為の今までになかった新たな角度を得ることができて、行ってみて本当によかったなと思った。

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2009/04/08

カレーの店 プーさん(武蔵小金井)

先日、府中運転免許試験場で免許の更新後、武蔵小金井にあるカレーの人気店「カレーの店 プーさん」へ。
朝一で更新に行ったので、お店の開店11:00ぴったりに入店。
昼時には行列のお店らしい。

野菜カレーを注文。
サイズはレギュラー(1250円)とプチ(1150円)と大盛り(1400円)があるので、プチにした。

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・・・プチ?(笑

素揚げの野菜がごろごろのっている。
雰囲気としては吉祥寺の「モモカリー」に近いのだけれど、こちらのほうが野菜が多い気がする。

ひとくち目は結構スパイシー。
食べ進むうちに辛さには慣れてきてスパイシーさはそんなに感じなくなるけれど、身体がぽかぽかになる。この日は肌寒かったのに、上着いらないなというくらいの火照り具合。

野菜、果物ベースのルーで、油を使わずに20種類以上の香辛料(漢方)を使って仕上げているのだそう。だから、スパイシーなのだけれど、どこかやさしいカレー。

カレーには自家製アイスクリームか珈琲がつくのだけれど、殆どのお客さんがアイスを選んでいた。
ざらりとした舌触りのアイスはまさに手作りという感じで美味しかった。

我が家のお隣吉祥寺には、先ほどのモモカリーの他にも、「リトル・スパイス」や「まめ蔵」など美味しいカレー屋さんがたくさんあるので、カレーのためだけに武蔵小金井に行くことはないかもしれないけれど、武蔵小金井に行った際にはまた是非寄りたいお店。

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2009/04/06

満開の桜の樹

何があんな花弁を作り、何があんな蕊を作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ。

梶井基次郎      「桜の樹の下に」

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先日、近所の善福寺公園でお花見。

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いつもは静かな公園も、お花見日和のこの日は賑やか。
笛の音まで響く。

お花見って、何故かどこかしらから太鼓とか人の内側の何かを高揚させるようなリズミカルな音がきこえてくる。
先日夜桜を見に行った中央公園でもそうだった。
遠くで太鼓がトントントトン……。
桜の樹の下にいると、日本人の血、が騒ぐのか。

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桜を主題にした小説といってまず思い出すのが、梶井基次郎「桜の樹の下に」と 坂口安吾「桜の森の満開の下」なのだけれど、そのどちらも一寸恐ろしい話である。
本当に美しいものは、冷たさと怖さが共存するものなのだろう。

目を閉じてもわかるくらいの圧倒的な存在感で。
見事に一斉に咲き誇る、桜。
その花の命は短くて。
美しい物は儚いのか、儚いから美しいのか。

ぶわっと満開になり、散りゆき、薄桃色の絨毯をつくり、やがては消えてしまう、その花。

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彼の手の下 には降りつもった花びらばかりで、女の姿は掻き消えてただ幾つかの花びらになっていました。そして、その花びらを掻き分けようとした彼の手も彼の身体も延 した時にはもはや消えていました。あとに花びらと、冷めたい虚空がはりつめているばかりでした。

坂口安吾「桜の森の満開の下」

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