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2009年3月

2009/03/22

静かに重ねる色

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以前、デザインを教わった先生の個展に行って来た。
果物、鍵、部屋、花、鉄塔と空、少女。
とても静かで上品な油絵たち。
最近あんなに静かにひとつの絵をじっくりと描くことがあっただろうか、私は。

手間のかかるものにはかけた手間の分だけしっかりと重さが加味される。
油絵の存在感はデジタルの世界で再現不可能だ。
たとえ油絵風の絵はいくら描けても、あの絵の具の厚みはパソコン上でつくりだせない。
生の絵にしかない色であったり、空気であったり。
command+Zで簡単にひとつ前の状態に戻れてしまうような、便利で実体のないデジタルの世界は重みなんて絶対に持てないんじゃないか。

先生に習っていた頃の自分。
今よりもずっと技術も経験もないけれど、でもあの頃のほうがじっくりとなにかをつくっていたような気がする。頭で考えてしまうより前に、ただただ手が動いていた。生まれて初めてコラージュをつくったのもあの頃だ。物の大きさのバランスは酷く未熟だけれど、今の私が得意とする色使いのルーツが既にそこにあった。

要領よく仕事用のデザインをつくりだす能力も大切だけれど、多少不器用でも腰を据えて時間をつかって全身全霊で生み出すこと、それはきっといつまでも私が向き合っていかないといけないこと。
自分のからだと心のすべてを注ぎ込んだ、なにか。

最近の私は、プライベートでのものづくりに行き詰まったままだけれど、完璧な構成に辿り着く事はいい意味で諦めて、まずは動いたほうがいいのかもしれない。

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2009/03/20

だれかのいとしいひと / 角田光代

Darekano

だれかのいとしいひと
角田光代

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いわゆる「恋愛小説」の一般的な枠から一寸ずれた、不器用でどこか切ない話たちを集めた作品。

転校生の会

元転校生たちが集まって、ぽつりぽつりと話す不思議な会合「全国転校生友の会」。元転校生ではないけれど、自分をふった元カレが言う「転校の経験の有無による絶対的な違い」を理解したくて潜り込んだ主人公の話。
人が一生の間に様々な人と出会い、別れ、進んでいくことについて考えてしまった。
読後には、ぼんやりとした光の中に、ひとときを共有する幻の学校の幻の同級生たちの輪郭が滲む。

ジミ、ひまわり、夏のギャング

元カレの家に忘れたポスターを持ち帰る為に、無断で元カレのアパートに忍び込む話。
猛暑と向日葵と終わってしまった恋の記憶とが交錯し、ねっとりと茹だるようないつまでも続くかにみえた温度の後に、爽やかな風が吹く。
場面描写が美しく、映画的だなと思った話。

バーベキュー日和(夏でもなく、秋でもなく)

親しい友人と何もかも共有したくなり、友人の彼氏と浮気をしてしまう癖のある女の子の話。
「慕う」ことの延長で、根掘り葉掘り詮索してきたり、何でも真似したがる子というのはたしかに世の中にいて、それが病的にひどくなるとこの主人公のようになってしまうのかも。
結局「自分」がなくて、自分が好きな友人の真似をするという方法しか見つけ出せない不器用さ。
本人は本人で大変なのだろうけれど、私だったら友達になりたくないや。こういう人は結局自己愛の塊だから。

だれかのいとしいひと

別れそうなカップルが、小さな姪っ子を交えて3人でお出かけをする話。
だれかのいとしい人とのひとときの繋がり。
そのふたりの関係が壊れてしまえば切れてしまう、儚い繋がり。
いつかふと思い出すであろう、その短く儚い繋がりの、小さくともそのひとときのきらきらを覗き見た気になる。線香花火のぱちぱちとイメージが似ているかも。

誕生日休暇

誕生日休暇を一人でハワイで過ごす事になってしまった主人公。
惨めな気分で飲んでいると、訳ありの男性と知り合い、彼と結婚相手との出会いについて聞く事になるという話。
偶然によってころころと転がる人生。
風船のように風に飛ばされるのか、木のようにどっかと根をはるのか。
変わらずにいることが価値あることって決めつけるのではなくて、その時その時の変化に身体を預けられるように身も心も柔軟で軽くあったほうがいいなと思った。
習慣に縛り付けられた主人公が解放されるように。

花畑

不幸続きの主人公。
あまりに長く暗いトンネルにうんざりしていた主人公の視界が、ふっと色を意識する、重い荷物をぽっと手放す、そんな話。
これも「誕生日休暇」に似た、切り替え、解放というかんじ。

完璧なキス

主人公の男性が延々思い出のキスについて考えている話。
しかも吉祥寺のドトールで。
あんまり面白くなかったのだけれど、ほんと人って何考えているか外からはわからないよねというところだけわかりあえた。

海と凧

倦怠期のカップル。
主人公の女の子が高校生の頃に砂浜に埋めた凧を探しに行くことになる話。
これも「ジミ、ひまわり、夏のギャング」のように、情景がぱーっと浮かぶ。
「ジミ、ひまわり、夏のギャング」と「海と凧」の共通点は、音がなくただそこに季節が、風景が、色があって、モチーフが揺れているところ。
ある場所が持つ過去の記憶を覗き、今の風景を肌で感じる。
そして最後に主人公が持っていた黒い塊が昇華する。
この2つの話がいちばん好き。

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2009/03/18

プレートを見上げる、居場所を確認する

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※好きなエリア、パリの下町13区ビュット・オ・カイユ

最近もらったメッセージ、の要約。

足りないものを数えるのではなくて、
今あるものを数えること。

負のことを考えたり言葉にだしたりするのではなくて
美しく愛のあることを考えて口にだすこと。

くだらないことでぐじぐじ悩む時間があったら
部屋でも片付けなさい。

その時自分に必要なメッセージは、様々なかたちで目にするのだけれど
あんまりにもどんぴしゃなものが届くと驚く。

ここのところずっと、本が雪崩を起こし、もの凄く多忙な人の締め切り前の書斎のようなことになっていて、でも私はそこまで多忙ではなく、ここは書斎ではなくご飯も食べる部屋。
インプットやアウトプットに気を取られて、基本的なことがおろそかになっている私は、心底駄目な大人だなぁと思う。そしてインプットはしてもアウトプットが些ともうまく進んでいないのだ。

駄目だ、駄目だ、とわかっているのに、渦の中から抜け出せないことがある。
湯船に浸かっていて、お湯が段々冷めて肌の温度に近づいてきているのにお湯から上がれない時、みたいな。
別に見たいものがあるわけでもないのに、だらだらインターネットを続けてパソコンの電源が落とせない時、みたいな。
最近の私はずっとそんな、薄く甘いジュースを飲み続けているようなパンチのない自己嫌悪に引きずられるままそれを振り払う気持ちの強さもなく、軟体動物のようにぐにゃんとしていた気がする。

パリ13区の存在は、私が感じた本当の一人ぼっちの記憶に繋がる。
ビュット・オ・カイユを訪ね、その後パリ最大の中華街を歩いたあの日、アジアとパリが融合したどこかレトロで不思議な中華街の景色を見ながら、ああ私は今一人だなと唐突に実感した。
その日の気候のせいなのか、景色のせいなのかわからないのだけれど、何となくそれをその時実感する為にパリに旅行をしなければいけなかった気がしたくらいのインパクト。
冷たい空気に包まれた凛とした孤独は、些とも寂しくなかった。
自分の外側が何処までなのかがはっきりわかることで、自分の内側を丹念に見ることができたのだ。

最近の私は、多分、この、自分の輪郭を見失っている。
軸がぶれている。
ぐらぐらだ。
それなのに、しんどいから何処かに行かなくてはとあてもなくほっつき歩いているのだけれど、ぐらぐらのぐにゃぐにゃで進めるわけない。
そんな私に向かって、私のことを些ともわかっていない人が、私の形の定義を押し付ける。
それで余計に混乱して、違う違うと思って、ぐにゃぐらに拍車がかかる。
たまに取り戻すのだけれど、また暫くするとぼんやりと霞んでぶれる。
ここ1年くらいずっとそんな調子で、私らしくないのだけれど。
らしくない、は、続くと、いつかそっちのほうがらしいになってしまうので怖い。

実体と影がじわじわと入れ替わっていくという怖い話があった気がするけれど、そんな風に影の自分が膨張していつか本体を食べてしまわないように。
思いで、言葉で。
自分を認めて、形を感じて、きらきらした砂を撒いて道筋をつくらなきゃ。
もう、見失わないように。

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2009/03/17

ある日の転機

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昨日、16日は私の誕生日で。

丁度、心機一転するタイミングでもあるので、色々なことを考えた。
考え過ぎたら飽和して、言葉とか感情とか記憶とか目に見えない私を構成する様々が弾けて決壊して溢れ出した。
ぐるぐると目眩を起こしそうな波が、大きく跳ねてあれもこれもかっさらっていく。
いったんざばざば溢れてしまえば、暫くは炭酸が抜けたサイダーのように静かに青くとろりとしてしまう。

この一年の向かう先を決めて、進もう。

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2009/03/16

女王の百年密室—GOD SAVE THE QUEEN / 森博嗣

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女王の百年密室—GOD SAVE THE QUEEN
森 博嗣

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僕が死んでしまえば、僕の記憶はたちまち消えて、僕の言葉、僕の信号の一部だけが、しばらくは磁気の配列として残るだろう。
残像のように。
あるいは、
飛行機雲のように。
しかし、
その余韻ともいえる束の間の信号のゴーストに、
人の生の証しがあると信じる以外にない。
自然界に刻まれる一瞬の「乱れ」かもしれないけれど。
きっと虚像に違いないのだけれど。

それが、この物語だ。

やっと読み終わった、女王の百年密室。
通勤中の電車の中と家とでちょこちょこ読んでもなかなか終わらない、分厚い本、約600ページ。

2113年、取材旅行途中ナビゲータの故障で道に迷ったサエバ・ミチルとパートナーであるウォーカロンのロイディ。謎の老人に導かれ、美しい女王が統治する街ルナティック・シティに辿り着く。100年間外界から隔絶されているというその場所には独自の価値感があり、「死」という概念がない。だがある日、女王の塔で殺人が起きる。密室だったはずの場所で起こった殺人、だが殺人という事実を認識しない人々・・・。ミチルは一人犯人を捜そうとするが・・・という話。

一応ミステリーという体裁をとってはいるけれど、トリックや犯人がどうとかそういったことよりも、人の死とは、殺人とは、罪とは、といったことを考えていく哲学的な内容の話である。

100年もの間、塀の中だけで成り立っているという街の設定、2113年の世界からみた100年前の世界(ルナティック・シティは100年前で技術が止まっている)の描写などが面白い。
この世界観を味わうだけでも、十分読む価値のある作品である。

主人公が自分の生に悩み、どこに向かって進めばいいのかもがく様はどこか「スカイ・クロラ」と通ずるものがある。

混沌としていながらも凛とした静寂に包まれた思考、
世界はぱたりと時間を止め
その隙をつくかのように詩的な言葉がぱらぱらと流れ出す様子。
そういった森博嗣独特の世界が私は好きなので、この作品もとても面白かった。
終わり方も静かで非常にきれい。

そして、森博嗣作品は読んでいると必ず珈琲が飲みたくなる。

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2009/03/14

ただ降ること

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自らを蝕まないように。
清く正しく美しく、を、心がけていたいのだけれど。
最近の私はめっきり弱ってしまって。
小さなことで、いちいち傷をつくりすぎる。
そうして濁り、澱んでしまった感情を、ああ嫌だなぁと思いながら、日々何とか洗い流す。

空いてしまった穴。
それは、新しいものを詰める為に出来たのだと。
今までよりも、もっともっと輝く、何か。
だからむしろ空いてよかったのだと。

つくること。
兎に角つくること。
それ以外に今の私が欲しいものなんて、本当は何もない、はず。
普段気をとられている一切合切は、きっとどれも幻で勘違い。
果てしない。
漠とした到達地点。
霞んだ先にある、其処に。

気持ちのいい雨が降っている。

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2009/03/11

Hackney Flowers(G/P gallery)

Stephengil
(c)Stephen Gill

Stephen Gill(スティーヴン・ギル)の日本初個展『Hackney Flowers(ハックニー・フラワーズ)』を観て来た。
場所は恵比寿のNADiff A/P/A/R/T 2F。

てっきり、写真の上に立体物が載ったコラージュの展示だと思っていたのだけれど、それを撮影した写真の展示だった。そのため期待していたよりもあっさりといった印象で、少々物足りなかった。
そもそも展示は10 点と少なく、本格的な個展というよりは、Stephen Gillの作品を広めるための一歩というかんじ。
会場では、彼の各種作品集の閲覧と購入もできる。

彼の作品集で、新聞紙のような大きさと質感の紙に印刷されたものがあり、それはなかなか素敵だった。鮮やかすぎないあの色と世界観が、ざらりとした紙にマッチする。
新聞紙タイプのものをうまく保管する自信がなかったので買わなかったけれど。
彼の世界観は、額にいれてきれいに均等に飾るタイプのものではなく、新聞紙のような紙に印刷してばさっと無造作に置いてあったり、ばっさばっさ捲ったり、ポストカードタイプで散らばっていたり。そうした雰囲気の方が圧倒的にはえると思う。
あの飾り方で魅力半減だったような、勿体ない。

ちなみにその作品集は限定版らしく、全てにシリアル番号がふられていたので、欲しい方は急いで。

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2009/03/09

長く閉ざされた空間

先日、NHKの「世界遺産の旅」で、中国の「福建土楼」を見た。
「福建土楼」は、中国南部・福建省の山中にある、客家(はっか)と呼ばれる人々の集合住宅である。
3〜4階建ての巨大な円形の建物は内部に開口部があり、まるでコロッセオのような風貌である。
最大800人が生活していたらしく、同じ土楼の者同士でも面識がないこともあったという。
外壁は1mもの厚さがあり、かなり強固な建物。裏には隠し通路もある。

あの独特の風貌に見蕩れてしまった。
まるで映画のセットのようだけれど、今でも生活している人がいるのだ。

「福建土楼」写真等はこちら:チャイナネット
        :ウーマンエキサイト

買ったままずっと読んでいなかった、森 博嗣さんの「女王の百年密室」を読み始めた。
森作品は、「すべてがFになる」からはじまる「S&Mシリーズ」を全てとVシリーズを少し、「スカイ・クロラ」を読んだことがあるけれど、全作品に共通するあの淡々として温度がなく、詩的で美しい言葉がはえる雰囲気が好き。

外敵から身を守る為の閉ざされた集合住宅「福建土楼」と、「女王の百年密室」の百年間孤立していた街。

この開くと閉じるは個人レベルでもあって。

閉じて開いて冷える音」でも書いたけれど、閉じることは色々な物を生み出すことができ、必要なことであると思う。
でも、閉じることで得られる安全があったり、自己との対話により深く知ることができる内部がある一方で、閉じることによって得られないものも勿論ある。
開かれることによって齎される危険があったとしても、その中には刺激やら何やら新しいものも含んでいるわけで。
ずっと0か100かではいけなくて、その数値は右へ左へと目盛を動かし続ける事が望ましいのだと思う。

最近、体調不良もあって一寸飽和状態だった。
遠く遠くひいたら、また違った姿が見えてくるのだろう。
もっとも、アメリカの軍事衛星が写した「福建土楼」が、ミサイル基地だと誤解されたように、ひきすぎることでわからないこともある。
遠景と近景、どちらもバランスよくミックスして、その全体像を正しく把握できるように。

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海 / 小川洋子

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小川洋子

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小川洋子らしさが詰まった、不思議な感触の7つの短編集。

主人公の彼女の弟が引き出しにしまっているのは、魚の鱗と飛び魚の胸びれでできた「鳴鱗琴」という不思議な楽器。サイダー、夜、海風、海の生き物といったモチーフで構成される、涼やかでありながらどこか湿り気のある青、その空気を胸いっぱい吸い込んだ気持ちになる作品。

風薫るウィーンの旅六日間

ツアー旅行で六十代半ばの琴子さんと同室になった主人公。
養老院にいる昔の恋人に会いに行きたいという琴子さんに付き合うはめになる。
異国の地で触れる死の影。
それに対する琴子さんの図々しく憎めないキャラクターや結末のユーモアとのバランスが良い。

バタフライ和文タイプ事務所

事務所で働く主人公と、彼女が気になる顔の見えない活字管理人の話。
どこまでも静かで、冷たく、そこはかとなく漂うエロティックさ。
薬指の標本」に非常に似た世界観だけれども、主人公の妄想ぶりが少し笑いを誘う。

銀色のかぎ針

編み物の思い出を描いた、スケッチ風の美しい掌編。

缶入りドロップ

幼稚園バスの運転手だけが知っているかわいいトリックに、和やかな気持ちになる。

ひよこトラック

ホテルのドアマンである中年男性と、口のきけない少女の話。
少女は主人公に様々な抜け殻の贈り物をする。
あの抜け殻たちには、彼女が発せなかった声たちが詰まっているのかもしれない。
最後に、ふわふわとしたひよこたちの鳴き声の余韻が残るかわいい話。

ガイド

公認観光ガイドのママを持つ主人公がママの仕事に同行する話。
主人公が出会った小父さんの職業「題名屋」というのが、これまた「薬指の標本」の「標本室」に通ずる性質がある。
ママの背中を見て育った主人公、なんだかとてもあたたかい気持ちになる。

その他、小川さんのインタビューも収録されているので、これから小川洋子作品を読んでみようかなという方、小川洋子作品が好きだという方、どちらにもおすすめの作品。

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2009/03/05

テオ・ヤンセン展(日比谷パティオ)

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会社帰りに、気になっていた「テオ・ヤンセン展」へ行った。
そういえば、会社から有楽町は近い。

日比谷パティオは初めて行ったのだけれど、大都会の真ん中にある公園とステーション、各種コンテナでなるゆったりとした空間。
周囲が背の高いビルが乱立するエリアなだけに、あの低さとゆるい雰囲気にほっとする。

オランダで生まれたテオ・ヤンセンの作品は、タンパク質ではなく黄色のプラスティックチューブで出来た生命体、ビーチアニマル。
風力をエネルギーとし、無数の脚たちは澱みなく歩みをすすめていく。

まるで遺伝子の螺旋構造か骨格標本でも見ているかのような、精巧なアニマルたち。
プラスチックやビニールといった極めて人工的な素材で出来ているのに、その印象はロボットではなく風の谷のナウシカに出てきそうな巨大な蟲。自ら意志を持っている生命体のようなのだもの。
彼らのエネルギー源が、風力のみというのにも驚かされる。

会場では、実際に自分でアニマルを動かしてみることが出来る。
手をかけてすたすたすたと早歩きをするだけで、アニマルは脚をくるくると上げ滑らかに動いてくれる。
足首にあたる部分さえもばねのようにしなやかに動くという細やかなつくりに感嘆した。

他のアニマルたちはただ展示されているだけで動かないので、恐竜の化石標本でも見に来たみたい。
彼らがプラスティックとビニールの塊であることはわかっているのに、見ているだけでじんわり感動した。
私はそもそもプラスティックなどの人口素材は好きじゃないのに、何故そう感じたのか。
おそらく、あれが、ただの人工物のオブジェではなく、たしかに以前風に吹かれ砂浜を歩いていた者たちだからなのではないか。
海風に吹かれ、砂を踏みしめ、経年により染み付いていったもの。
そういったものたちが生み出したあの佇まい。
そこにある歴史が、記憶が、たしかにそこにはあった。

一部、触れる展示もあったけれど、あのチューブは触ってもちっとも面白くない。
だって、ホームセンターとかで売っているただのチューブと同じだもの。
あれは束ねられ、形を与えられ、動くからこそ素敵なわけで、その素材そのものに私はあまり興味がない。

彼は一時期木製のものもつくっていたようだけれど、ずんぐり頑丈そうな木製よりも、プラスティックチューブ製の方が私は好きだ。
木製だと、どうしてもそのビジュアル的にロボットや乗り物のような印象になってしまうからだと思う。

会場には画家でもある彼が描いた絵も貼られていて、それも素敵だった。すぐそばには彼が使用していた非常に古いコンピュータが飾られていた。
工科大学では物理学を専攻していたらしく、ただひらめきにまかせてやるのではなく、アニマルの動きをパソコンで解析していたり、多才な人だと思う。
アートも工学も・・・というと、ダヴィンチっぽい。
実際、ダヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」的な絵もあった。
確信犯?(笑

会場がだいぶ空いていた為か、係員の方に色々と親切にしていただいた。
内容もサービスも満点の展示。

テオ・ヤンセン本人も出演した、BMWのCM

帰りに、日比谷パティオ内アートコンテナでやっていた吉岡紳行さんの「日比谷の白昼夢」も観た。

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和紙のオブジェに灯がついて、幻想的。
夜観るのがおすすめ。

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2009/03/02

バナナを追う

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※中央線と総武線の通り道

qubibiの新作、「猿人」を観た。
以前行ったHITSPAPER主催のデザインカンファレンス「HIGH5」で少し紹介されていたけれど、やはり自分のパソコンでマウスをぐりぐりしながら観たかったのだ。

バナナめがけて穴に落ちると、アニメーションがスタート。
バナナをぐるぐる動かしたり、人類の進化の様子を見守ったり。
黄色い光の中にぼんやりと滲む様は幻想的でありながら、生々しさも孕む。
だってバナナは欲の権化、生への執着。
バナナを追い求め、奪い合い、進化していく猿人。

DAYDREAM」や「TORIKAGO」をはじめとした、qubibiの世界観が好き。
不穏な音。
ぎりぎりと不気味な動き。
そこに隠れる美。
影が濃くて、じわじわ染みていく存在感。

暗い、と言われるものが好き。
すこんとあいているものもいいけれど、ぎゅっと密度の濃いものの方が好き。
ものをつくりたいと思う人間なんてみんな根っこは暗いだろう、というのは私の持論。

最近はその創作に躓きがちで、どこか焦ってしまいそうな自分がいる。
あー、私も一心不乱にバナナを追いかけてみたい。

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2009/03/01

沖で待つ / 絲山秋子

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沖で待つ
絲山秋子

第134回芥川賞受賞作

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最近の、絲山作品を読み返そうの続きで、「沖で待つ」も再読。
彼女が芥川賞をとった時、なんだか妙に嬉しくて、私まで気分が高揚したことを思い出す。
お祭りが嫌いだという絲山さんは、数度の芥川賞候補や一度の直木賞候補がすごく辛かったそうだけれど、自分を応援してくれる人たちが受賞を喜んでくれたことが嬉しいというようなことを言っていた。

主人公の女性と、同期の男性太っちゃんの話。
2人は、もしどちらかが先に死んだら、秘密を秘密のまま眠らせる為に相手のパソコンのハードディスクを壊すこと、という密約をかわす。そして自分の家の地図と合鍵を相手に託す。

新卒入社の同期という関係の、恋愛には発展しないけれど特別な深い繋がりについて描いた作品で、女性総合職についてきちんと書かれている。実際に営業職としての経験がある彼女だからこそ出せたリアリティなのだろう。みっともないところも何もかも見せて、相手が困ったら何が何でも助けてやる、そんな戦友のような関係。こういうのって、たとえば事務職とかだとないものね。毎日毎日戦っている営業職だからこその世界。
私はずっとデザインだとか、その他諸々社内で完結する仕事しか担当したことがないし、そもそも転職回数が多くて新卒の同期とのこういう関係って全く残っていなくて実は知らない世界なんだけれど、そんな私でも一緒にその苦境を味わったかのような気分になる。

冒頭に亡くなってしまった太っちゃんが登場するなど、どこかファンタジーめいたつくりではあるが、その浮遊感と仕事のリアルさとのバランスがうまく保たれている。
淡々としつつも芯があたたかい、絲山さんらしい作品。

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