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2009年1月

2009/01/29

出発 / 青山七恵

Bungei09sp文藝 2009年春号に載っていた、青山七恵「出発」を読んだ。

会社を辞めようと思っている主人公の男性、陣内。
突然見しらぬ派手な女性に、ジュースを買いたいからお金を貸してと頼まれるが・・・という話。

目標を持ってがつがつ生きる人とは正反対の、ゆるい主人公。
何となく会社を辞めたいのだけれど腰が重くて実行にうつせていないし、憧れの先輩とは今一歩近づけないまま。

青山さんは、描写がうまい。
美しい言葉を綴ったりはっとするような比喩をする、というタイプではなく、眼前のことを地味だけれど精密に丁寧に書き綴っていくタイプ。
だから読んでいて衝撃を受けるようなことはないのだけれど、場面場面をイメージしながら安心して読める。
また、小さなエピソードに、あるよなぁこういうことと思わせるリアリティがある。
陣内の後輩、京子ちゃんのキャラとかとくにそう。
私はああいう若さゆえに熱い、という女の子は一寸苦手・・・。

なんだか頼りなくて、なかなかどこにも進んでいけない情けない主人公なんだけれど、陣内タイプの人って多いと思う。

日常を変えられない、変える勇気がない。
自分より出来る後輩に圧倒されて落ち込んでみたり、好きな人に言いたい事を伝えられなかったり。
結局波風たてず、地味に毎日を過ごす。

この話はただ小さく情けなく終わるのではなく、お金を貸した女の発言によって、それまで停滞していた陣内の周りの何だかどんよりした空気がさーっと吹き飛ばされ、景色の見え方が変わるところに良さがある。
陣内のような人は好きじゃないけれど、読後一寸爽快な話。

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2009/01/28

伸びて、組み合わさって

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※ランチの時によく見かける猫たち。三毛の子が3匹くらいいる。

通勤途中に、ぼんやりと考えいた構想が繋がる。
バラバラと別個のものとして存在していた色々が
線で結ばれ、ひとつのオブジェをつくっていく。
パスルのピースがすっすっとはまっていくように
気持ちがいいくらいうまく組あわさるあの瞬間。
創作の時のあの瞬間は
いつもいつも不思議だ。

枠は如何様にも変化する。

その在り方を見失っている人がいたら
広げる手助けをしてあげられたらいい。
圧力で潰れそうな、その枠は
もっともっと伸びることができるのだと。

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2009/01/25

枠からずれた先

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パソコンを新調した。
迷った結果、ノートにしようと思いMacBook Proに。
今日無事移行終了。
まだまだ使い慣れないのだけれど、それでも処理が格段に早いのでさくさく使える。
今までのPowerMacG4の処理の遅さを改めて実感。
文字打ちのレスポンスの遅さが酷かったから、ブログの更新にも妙に時間がかかっていた。

最近、会社にいる時に幾度も「ずれ」を感じる。
会社における自分、の枠組みと
中身の自分、のずれ。
一人で廊下を歩いている時、なんかによく感じる。
中身が、身体半個分くらいずれてる。
多分、とっくに相性が悪くなっているということで
変えなくてはいけない時期。
いつもそうやって、感覚で掴む。

一人でぷらりとランチに行った時に
公園で音楽を聴きながらぼんやりした。
一人ランチはそれはそれで結構いいのだけれど
そのまま帰りたくなってしまう。
人と話していれば誤摩化せる色々が
一人になると出来なくなってしまう。
自分の居場所に戻りたくなる。

もろもろと消耗する色々にいる自分と
芯の自分。
一方の自分にとっての他方が遠くて
いつもいつも嘘のようになる。
今は会社の自分が嘘で
会社にいる時は今の自分のように出来ない。

呼吸する
吸い込む空気が
芯まで届くように。

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2009/01/18

何か一枚のむこう

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網の向こう、というのと
画面の向こう、というのは
所詮手が届かないのなら
一見そんなには変わらない気がするのだけれど
そこに実存するか否かっていうのは大きく異なって
でもそれを感覚ではなく言葉で論理的に説明しろと言われると
案外難しい気がした。

何もない、というのと
一枚何かを隔てる、というのも
実存していることも距離も同じなのに全然違って、
後者の方が急速に遠くなる。

仕事中の窓の外の空、
夕焼けのグラデーションは美しくても、
いつも遠くて嘘みたいに見える。
でも、あの空間だとあれが精一杯で
なんだか騙し騙し過ごしている気がする。
違和感がなくなってしまったらと思うと怖い。
好きじゃないあの空間に。

なんだかあんまり色々が進まなかった週末。
時間の使い方はいつになったら上手になるのだろう。
いつまでも蹴躓いている場合じゃないのに。

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けちゃっぷ / 喜多 ふあり

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第45回文藝賞受賞作、喜多 ふありの「けちゃっぷ」を読んだ。
※結構前に読んで、感想を書いていなかったので再読。

人と関わる事が苦手なニートで、自身のブログに思った事を書き続ける主人公、HIRO。
彼女のブログが好きだというヒロシと知り合い、彼の撮影現場に一緒に行くことになるが・・・という話。

一人称で、通常なら主人公の頭の中で進んでいることを、このHIROはいちいちブログに書き込む、という手法をとる。
長々とした語りの後に、「と私はブログに書き込んだ」という文字が続き、読み手はそれがブログに書き込まれたことがわかる。
その「と私はブログに書き込んだ」という文字が、嫌というほど繰り返しでてくる。
読み始めは些か目障りである。
見慣れてしまえば、リズムの一種として流せてしまうんだけれど。

そのつくりを、審査員たちはこぞって「新しい」と評しているわけなのだが、でもブログという不特定多数がアクセスして見ることができる場所にアップされているにも関わらず、それを読むのがヒロシだけっていうのは何だか物足りない。
ネットという場所を使うなら使うで、そこを介してもっと多くの人との繋がりが生まれてもいいはず。
複数の人にHIROの考えが共有される面白さを表現できたはず。
ヒロシとのやりとりで完結するのであれば、メールでもいいわけだし。
現代のツールを調理しきれていない感じがした。
「にゃははは」とか、全体的に馬鹿っぽいノリで饒舌すぎるくらいに語られているところも好き嫌い別れそう。
そして、どういう風に物語をまとめるのかなぁと思ったら、この主人公のわりには優等生的な、なんだかしっくりこないちっちゃな終わり方で。

そういう中途半端さが気になりつつも、軽くて読みやすいところはよかった。
電車の中とか移動中でもさくさく読める。
普段本とかあまり読まないけれど、文藝賞受賞作ってどんな作品?という人におすすめ。
けちゃっぷ=血糊(偽物の血)ということで、リアルとバーチャルの関係性なんかを考えながら読むとよりいいのでは。

個人的には読みやすさだけではなく、もう少し芯が太い作品がいいな。

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2009/01/15

窓越しに

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ずっと漠然と頭の中にあった構想。
いよいよ実行に移さないと、と、思ったのに、些とも形にならない。
手を介する以前に、実体がはっきりしない。
つくる力が足りないのかと、漠然と焦りを感じていた時に、ふと感じた。
それは今、自分で手触りがわかる程自分のなかで既にリアルじゃないんじゃないか。

それは、温めて、温めていたうちに、血肉が腐って剥がれ落ち、やがて骨だけになってしまっていて。
私はただただ目をこらして骨組みを睨んでいたんだ。

でも本当は、つくろうと思った時に私が感じていたはずのインパクトが必ずあるはずで。
あったはずの肉は、それはどんな形でどんな弾力でどんな色でどんな手触りだったのか。
実感として残るインパクト。
骨じゃなくて、その一寸したいろいろから立ちのぼる温度。
それが維持されていなければ、どんなに立派な骨組みがあったってつくることなんて出来ないのだ、ということに気付いた。

なんとなく、自分でそれを今つくらなければいけないと決めてかかっていた。
本当は、今、よりインパクトを感じている何かがあるのかもしれないし、
もしくは以前のインパクトを取り戻すことが出来るのかもしれない。
いずれにしろ、その温度であり匂いであり衝動がない限り、芯のあるものは出来やしない。
うわべで、うわずみで、うすべったい何か、になるだけ。

人は本来とてもしなやかで、
しなやかでなくなるのは自分で何かを決めつけている時だ。
じなやかでなくなった時、人はぽきりといってしまう。
しなってかわせるはずの何かを、くらってしまうから。

決めつけは、形を固定する。
それはとてつもなく勿体ないこと。

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2009/01/13

棘と丸

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家の近所の花屋で、10本で安く売っていた薔薇。
安売りしているだけあって、一寸元気のない花が多かったけれど。
棘のある花だからなのか、うちの猫たちは薔薇には何もいわなくてもちょっかいをださない。
飾る時には棘は殆どとってしまっているのだけれど。

昼間、気絶するように眠っていた。
痛みを堪えて、毛布の下でくるりと縮こまっていた。
繰り返し、繰り返し、妙に生々しいような、それでいてとてもくだらない夢をみて。
気付いたら痛みはひいて、身体が幸せな温かさになっていた。

色々考えることややりたいことが多過ぎて、土砂降り状態だったのだけれど、体調を理由に一寸休憩。
気付けば膝の上には、ごろごろんふーと幸せそうな音をたてるうちの子。
この子たちを見ていると、焦ることなんて何もないんじゃないのっていう気になってくる。

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2009/01/08

冬、白

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※冬らしい真っ白な水仙、ペーパーホワイト

明日、関東地方は雪の予報。
そのせいか、今夜の空はいつもと色が違った。

オーロラのようになめらかなカーブを描いた薄い雲。
幾筋も幾筋も、美しくて軽い雲が空中に。
きいんと寒いのに、ゆったりと優しい空だった。

暫くしてからまた空を見に行くと、
先ほどの軽い雲とはうってかわって
ぼわぼわと分厚い雲が空に充満していた。
鈍く冷える空。

早く流れていく雲の切れ間から時折のぞく月は
曇り硝子の向こうで点滅している電球のよう。
月が、点いたり、消えたり。

冬が好き。
日射しが弱くても、
空の色が鈍くても、
孤立できるその寒さが好き。

夜中、音の吸収された冷えた空間に。
閉じて小さな点になった自分と、どこまでも広がる世界を感じられるのも冬。

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2009/01/02

明けましておめでとうございます

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※西荻、枝屋さんで購入したお飾り

明けましておめでとうございます。

日々の一寸した呟きやら、本や映画や美術展の感想等、まとまりなく好き勝手に書いているこんなブログですが、ご訪問ありがとうございます。

昨年は、転職をして、新しい環境にチャレンジした一年。
その一方で、仕事以外では「繰り返し」や「再来」「試練」といったことがキーワード。
昨年の年始は、
『昨年は、そういう意味では「静」の一年。
今年は、その「静」の間に蓄えたものをいかす一年。』
なんて言っていて。
たしかに、今までの蓄えを使ったのだけれど、
ぐいぐい前進するというよりは、
ひとつところで足踏みしつつ、
蔵の中の米櫃の米を糧に、
じわじわとやってくる試練たちと耐久戦を繰り広げていたイメージ。
最終的には前に進めていたのだけれど。

昨年は、プライベートでやりたいことをやろうと思いつつも、日々に流されて些とも進まぬままだったので、今年こそ、自分がやりたいと思っている事に着手していこうと思う。
今年のキーワードは、きっと「前進」なのだと思う。
昨年のその足踏みをがらりと変えて、駆け出したい。

今のぞいたジョナサンの占いによると

ところで、あなたの新年の抱負には、クリエイティブな(独創性を発揮できる)活動が何らかの形で含まれていますか?含まれていないのだったら、まだ遅すぎ ませんので、ぜひそんな活動を加えてください。元日に立てた抱負の数々を守り抜き、目標を達成したいのだったら、プラスアルファの要素が必要なのです。そ の要素とは、自分自身の能力に喜びと誇りの感覚をもたらす活動のことです。

だそうで、やっぱり今年はそんな年なのだなと思った。

本年もどうぞ宜しくお願いします。

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