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2008年12月

2008/12/30

八日目の蟬 / 角田光代

Youka

角田光代さんの、「八日目の蝉」を読んだ。

文庫になるまで待とうと思っていたのだけれど、今読まないといけないと思って、手にとった。

不倫相手の奥さんが生んだ子供を誘拐して逃げる主人公。
逃亡先で様々な人と出会い、やがて子供も成長し・・・という話。

予定日はジミー・ペイジ」で描いた妊娠への戸惑いと芽生える赤ちゃんへの愛情、「空中庭園」で描いたバラバラな家族たちとそれが行き着いた先、それらを混ぜ合わせ、さらに大きな深みを加えたような話。
主人公が犯罪者で逃亡しなければいけないということや、被害者と加害者に関する考え方、子供の頃の記憶を振り返る場面があるところなど、どこか吉田修一の「悪人」と通じる部分がある。

0章では主人公が赤ちゃんを誘拐する場面が描かれ、1章では主人公が赤ちゃんを連れて点々と逃亡し、2章では成長し大学生になったその赤ちゃんが主人公となり綴られる。

1章では、いつか主人公が捕まってしまうのではないかとはらはらさせられる。犯罪者のはずなのに主人公の肩を持ってしまうのは、主人公とその赤ちゃんとの絆が次第に深まり、本当の親子のようになっていたからだと思う。

2章からはところどころで涙がこぼれ、最後には泣いてしまった。

母親の愛情であり、憎しみであり、子供の傷であり、不器用に生きる人々の姿であり。
温かさと痛みがぐしゃぐしゃとない交ぜになり、辛い思いをして辿り着いたその先には、やはり愛された確かな記憶が根付いていて。
そういった一切合切を、きっと自分の中にある何かしらに結びつけて、胸がきゅーっとなって、泣けてしまうのだと思う。

また、この作品のいいところは、悪者をつくっていないところ。
不倫した父親も、育児をまともにできない母親も、誘拐をしてしまった主人公も、皆等しく、誘拐された子にとっての親であるという結論に達している。
不器用でも、時には方法を誤っていても、大人げなくても、皆その子のことを愛していたのだと。

この話を読んで、深い感銘を受け、泣ける自分であるということも、またとても恵まれたことなのかもしれない。
そう思えた話。

私が今まで読んだ角田さんの作品の中で、一番深くて、痛くて、愛に満ちている。

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2008/12/15

溶けだす雲

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上空にある厚い雲が
少しずつ地上に向かって手を伸ばし
混ざり合い、溶けていく。
水に落としたインクのように
もわもわとする。
もわもわとなるのは
濃度が違うから。
異質だから。
行き先が定まっていないから。

私は、あらゆる物事において
素直に真っ直ぐ突っ走ることのほうが好きだ。
策士のように、虎視眈々と何かを狙うのは苦手だ。
だから、突っ走れなくなると、気持ちはぼわぼわと行き場を失う。

最近、眼の調子が悪くて、先日の健康診断では視力の低下が著しかった。
だから電車の中での読書を自粛中。
音楽を聴きながら、ぼんやりする。

色々なことに対して、一時停止。
そういう時期なのかも。
車はどんどん目の前を行き交うけれども。

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2008/12/14

冷える空

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寒い季節は空がきれい。
空気の透明度が増して、光の純度が高くなる気がする。
夜の星空もよく見える。
今のマンションの玄関からは、星の瞬きまで確認できる。
ちらちらと目に映る光。
遠い星の姿は、ずっと昔の姿なのだと思うと、存在時間の違うものをいっぺんに視界にいれていることの不思議を感じる。

美しい空を見る度に、その美しさに感動して、感謝する。
なんて美しいんだろう、と、声にだして言いたくなる。
皆がこういう気持ちだったならば、地球はもっともっときれいになるのに。

朝、中央線から見る空も好き。
中央線沿線、西荻窪〜新宿間は、高い建物がなくて見晴らしがいい。
この見晴らしのよさ、広い空。
もっともっと、堪能出来る場所が増えるといい。

今年が、あと少しで終わる。
一時期の焦りは形を潜め、私はまた自分自身を丁寧に見つめ直すことができている。
曖昧でぼわぼわとしたものたちが、寒さにつられたのか、少しずつ輪郭を現し始めている。
それを、少しずつ、丁寧に、掬う準備をはじめる。

やりたいことを反芻する度に、日々からめとられている些末な物事のプライオリティをもっと低くしないといけないことに気付く。

進めば進むほど、少し昔の自分が、他人のように遠い。
視界にはいる星々の距離のように離れた自分自身を
星座のように繋ぐ事が出来ない。
過去の連続で到達する未来。
いつでも点として存在している私自身の中に
実はそれらは蓄積されているのだろうか。

毎日、考えること、考えたい事だらけで。
甘やかなことに浸っている場合ではないのだと
叱咤することもあって。
いつまでかなぁと思うのだけれど
とりあえず3月までのような予感がある。

昨晩、パリへ行く夢を見た。
また再び、一人で、海外の地を踏みたい。
本当の一人ぼっちにならないといけないタイミングがまたくるのだろうか。

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蜷川実花展 地上の花、天上の色(東京オペラシティ アートギャラリー)

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《Noir》 2008 (C)mika ninagawa

先日、東京オペラシティ アートギャラリーで開催中の「蜷川実花展 地上の花、天上の色」に行ってきた。
初期作品から新作まで、500点を超える膨大な数の写真たちの展示。
蜷川実花をよく知らない人でも、蜷川実花とは?がわかる量だと思う。

写真の展示はA〜Iまでの構成になっている。

A:窓ガラス面
展示室に入る前の空間、窓ガラスが花の写真たちで彩られている。

B:花
溶けていく輪郭、どんどん曖昧になっていく境界線。
私が花なのか、花が私なのか。


蜷川実花の代表的モチーフの一つである、花。
花たちの色の洪水は、このBの部屋全体の空気を何ともいえない心地のよいものにしている。
ただ美しいだけではなく、身体の中を揺さぶられるような、溢れ出す生命力に基づく色たちの氾濫を四方から受けられる何とも贅沢な展示。

これらは「Acid Bloom」に収録されている。
Acid Bloomは下の花+昆虫の表紙の他に、グリーン地の花のめしべのアップのものがあり、私はそちらを所有。蜷川さんにサインをいただいた大切な一冊。

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C:初期1995〜2002年
あの頃の私の心の中は、いつもざわざわイラついていた。
今あの頃の私に、少し嫉妬する私がいる。


美大時代のセルフポートレートを含めた初期作品。
一部作品は手作りのポップなフォトフレームにいれられていて、毒々しいかわいさがある。

私が初めて蜷川実花の作品を手にとったのが2001年。
ちょうどデザインの勉強を始めた頃で、「Baby Blue Sky.」と「Pink Rose Suite (※2006年発売の大型本はこちら)」を観て、色彩美に心を動かされた。

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D: 金魚
フナの突然変異体、人によって捻じ曲げられた生き物。
幸せそうにひらひら泳ぐその姿。

暗い部屋の中、大きく映される金魚の映像。
後ろから光をあてられ、さながら熱帯魚の水槽のように飾られている金魚の写真たち。
蜷川さんは、人間がただ観賞用の為につくり出した金魚と言う人造的な生き物の不気味さに魅かれているのだと言う。
私も、あんなにかわいらしくひらひらと泳ぐ金魚たちとその生い立ちのアンバランスさに寒気がする。でも、やはり気になってしまい、リボンのようになめらかに動く尾びれだとか、色とりどりのその身体だとか、ぎょろりとしたその目玉に吸い寄せられてしまう。

これらは「Liquid Dreams」に収録。
Liquid Dreamsは下の上品な白ベースのものの他に、夜空のようにキラキラとした黒×ラメベースがあり、私はそちらを所有。紐が栞のようにぐるりと巻いてあって、それに蜻蛉玉がついていて、かわいいつくり。

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E:旅
日常のなかの非日常、地面から5センチほど浮いている感覚。
いたるところに開いている、あちら側に行く扉。

観覧車の大きな影が映るだだっぴろい公園とか、雲と同じ高さにいる少年とか、色というよりはそのモチーフ自体に興味がわく写真たち。
通常の展示の他に、小さな小さなパネルになった写真たちが台の上にわーっと大量に置いてあるスペースがあって。
その小さなひとつひとつもとても美しい。
無数の写真たちで一つのアートになっているかのようで、この展示方法って新しくて面白い。

これらは「floating yesterday」に収録。

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F:人
私はただ劇場を用意する。
あとほんの少しの妄想も。

蜷川実花といえば、ただ写真を撮るだけではなく、撮影の為のセットや小道具も自ら用意してしまうことで有名。
変身しすぎていて誰だかわからない人も・・・。

G:造花
死者に手向けられた枯れることのない花。
恐ろしいほどの青空、暴力的な色彩、永遠を思う人々の思い、そして死。


個人的には造花はあまり好きなモチーフじゃない。
やっぱり、花は命あるものだから美しいのだと思うし。
以前、パリのペール・ラシェーズ墓地に行った時に、墓地近くの花屋さんで普通に沢山の造花が売っていて驚いた。
日本の墓地だと、生花を手向けるのが一般的だからだ。
永遠と死という相反するものの共存は、なんだか不思議。

これらは「永遠の花」に収録。

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H:新作2007〜2008年
Noir
眩しいほどの光の中、静かに滲み出す闇。
その闇を捕まえるたびに感じるかすかな恍惚。


美術手帖 蜷川実花による蜷川実花」にも一部掲載されていた、黒をテーマにした写真たち。
黒いいっても、モノトーンの写真なわけではなく、カラーなのだけれど「黒さ」のある写真たち。
蜷川実花の持つ「毒」が、今までよりも顕著になったと言えるのかもしれない。
私は結構好き。

I:ポートレイト
沢山の有名人の写真たち。
一列に展示され、それを観る為の行列が出来ていたので、遠くからさらりと流し観するだけにした。

売店で、図録と「prints21 2007年秋号 特集・蜷川実花」を購入。

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これだけの展示内容で、1000円は安い。
もう一回、行けたら行こうかな。

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2008/12/09

「Suspended Melodies」 南條俊輔フランソワ+小池浩央 (遊工房アートスペース)

Suspendedmelodies

「Suspended Melodies 南條俊輔フランソワ+小池浩央」 へ。
場所は近所にある「遊工房アートスペース」。

近所といっても善福寺公園の向こうなので、西荻駅前からバスに揺られてとっとこと。

ギャラリーは1階〜2階が展示スペース。
1階に小池浩央さんの写真が、2階に南條俊輔フランソワさんのインスタレーションが展示してある。

小池浩央さんの写真は、モデルの女性の目がとても印象的だった。
女性以外をモチーフにした写真もあったのだけれど、思い返すとその女性ばかりがよみがえる。特に、玄関先で赤眼の光る写真が。
自然光がはいる明るい空間にマッチする、清々しい写真たちと女性の存在感によるスパイス。
広く好かれる種類の写真な気がする。
こちらのサイトで過去の作品がみられるよう。

南條俊輔フランソワさんの作品は、自慰行為(多分)をしている男性のイラストと、ロープで吊るされたピアノ、毛布の間から覗く剥製・・・といった構成。
極めて男性的でドライな空間で、私はもともとそういう男性的な現代アートというのが好みではないのであまりぴんとこなかった。こればっかりは好みの問題なので仕方がない。

たまたま見つけてふらりと行ったわりには、楽しかった。
小池浩央さんが最後に一寸話しかけて下さって、とても嬉しかったのだけれど、アドリブの弱い私は満足に話ができなかった・・・。
写真を撮影した背景とか、空間の彩り方のコンセプトとか今思えば色々ききたかったことはあったはずなのに。デザイナーにとって、写真家さんの話をきく機会って大切な気がするし。
またご縁があったら、次回は色々質問させていただこう。

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2008/12/07

書けていないことの備忘録

基本的に、観たもの読んだものたちは
ブログで「アウトプット」というかたちをとって一度輪郭を与えないと
もわもわと端から少しずつ消えて
最後にはふんわりとした曖昧な印象しか残らないので
きちんと自分の為に書き記していきたいのだけれど
書くからには「面白かった♪」のような簡単な感想だけではなく
きちんと向き合って書きたいと思うとなかなか取りかかれない。

それって本末転倒のような気もするので、簡単な言葉でもいいから
手触りや温度を細かく覚えているうちに形にするということを優先したほうがいいのかも。

気になって買った本たちも展覧会で買った図録たちも些とも読めていないものが多いし、先へ先へ行かずに一度立ち止まってゆっくり味わってみるべきかな。

今日は「蜷川実花展 地上の花、天上の色」に行く予定。

+

書こうと思って書けていない、感想たち。
他にもあった気がするのだけれど、そもそも忘れていたりして・・・。

■ライブ「椎名林檎 生 林檎博'08 ~10周年記念祭~」

■音楽フェス 「NEST FESTIVAL’08」

■デザインカンファレンス 「HIGH5 2」

■文藝新人賞2作の感想

■文學界新人賞2作の感想

■芥川賞受賞作 「時が滲む朝」の感想

■小川洋子「物語の役割」

■平田俊子「ピアノ・サンド」

■映画 「アフタースクール」(in 早稲田松竹)

■映画 「マイブルーベリーナイツ」(in TAMA CINEMA FORUM)

■映画「かもめ食堂」

その他、日々の読了した本たち

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2008/12/01

細胞レベルで

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※マンションの目の前の景色、を、一寸加工

先日、椎名林檎の10周年記念ライブ「椎名林檎 生 林檎博'08 ~10周年記念祭~ 」に行ってきた。
感想はまた今度書きます。

ライブではやらなかったのだけれど、最近「アンコンディショナル・ラブ」が聴きたい気分。
シンディ・ローパーの曲「unconditional love」のカヴァー曲で、聴くとなんだか泣きそうになる曲。
椎名林檎自身が意訳の歌詞も書いている。

余計なものが一切削ぎ落とされて、
何のフィルターも通らずに、
ただただそのまま浸透して、
皮膚が、心が、細胞が、
感じるだけの愛情。

そんな風に愛情を感じられる、
与えられる、境地。

飢えれば飢える程
きっと
隅々にまで
浸透するのだろう。

------------------------------------
unconditional love

i wanna fall into you
and i wanna be everything you want me to
but i'm not sure i know how
i lose faith and i lose ground

when i see you i remember
unconditional love

if doesn't matter what i say
cause it always seems you're taking me the wrong way
but if you could read my mind
you'd see,i fight myself all the time

when i see you i surrender
unconditional love

standing on a wilder shore
i got my head up in the clouds
i ain't got no sense of direction now

i wanna lie next to you
and i wanna do everything you want me to
but i'm not sure i know how
put your arms around me now

when i feel you i surrender
unconditional love

all you need is

what the world needs
now the word is love

------------------------------------

邦題:無償の愛
訳詞:椎名林檎

あたしは常に飢えている

何の依頼も無しに突如
与えられた身体・時間・意識
それらが奪われるのが何時なのか
はっきりとは
誰も
知らされていない

其れが故
あたしは常に飢えているのだ
自分自身にも
他者に対しても
何の説明も要さない
感じるだけの愛情に

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