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2008年11月

2008/11/26

向かう、届く、青

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※新宿にて。

近頃は、停滞していた時期を乗り越えて、生み出したい気持ちがずーっと燻っている。
吸収したいものも、どわりとある。
早く、早く、と。
気持ちばかりが焦る。
焦っても、それでも。
湧いてくるやる気が在る今は、
きっととても幸せな時期。

結局私が行きたい場所はそこで、
欲しいものはそれなのだと
自分の中で反芻する。

NYに行っている友人からメールが届いた。
寒い寒いNYの、寒さを感じさせないくらい美しい色合いの沢山の写真たちと一緒に。
旅の空気のお裾分けは、いつだって嬉しい。
平日仕事モードの輪っかから、するりと一寸だけ抜けてみる。
写真を見て。
そして、写真の続きの景色を想像してみる。
そこには、行った事のないNYの街。
でも、確かな手触り。
彼女がいる、確かに今いる、街。

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2008/11/17

紅葉が赤い理由

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※今月あたま、日光東照宮の紅葉

先日、風邪をひいて久々に寝込んだ。

具合が悪くて延々寝ていると、現に近いような手触りの短い夢を沢山みる。
途切れ途切れのこっちの世界とあっちの世界を行き来していると、プツリプツリとした夢と現の境界が次第に曖昧になり、混沌とした夕闇に飲み込まれる心地がする。
実際、朝から寝込んでいるはずなのに、気がつけば日はもう暮れかかり、そのまま電灯のスイッチをいれるタイミングを逃してしまって、気付くと視界が真っ暗だったりする。

風邪であれもこれもできなかったなぁと、週末があっという間に過ぎてしまったことが酷く残念なのだけれど、今回の筋トレ占いの言葉が素敵なので、それを糧に進んでみる。

未来を美しくしようと思えば思うほど
今汗をかかなければなりません。
美しい大聖堂や豪華な建物は
それを建てるために流されたたくさんの職人の汗の上に
成り立っているわけです。
今の貴方はとても熱くがんばっていく段階に入っているのですが
それは、貴方の未来の夢がとても美しいからです。

いつまでそれを先延ばしにするつもりなのか?
何だかそんな問いを投げかけられている気持ちになった。

とても美しい未来の夢。
夢ではなく現で、その手に。

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2008/11/13

1930年代・東京 -アール・デコの館(朝香宮邸)が生まれた時代(東京都庭園美術館)

先日、目黒で庭園美術館訪問&プラチナ通りの銀杏並木を堪能しようと、友人と目黒へ。
銀杏並木はまだまだ薄いグリーン。
鮮やかな黄色に色づくのは少し先になりそう。

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プラチナ通りから横にはいったところにある、「京湯葉麺うどん さくらさくら」でランチ。
京だしうどんに燻製卵をトッピング。
ご飯と香の物がセットになっている。
天かすとおぼろ昆布が席にあって、それは入れ放題。
黒七味もあって嬉しい。

麺の湯葉っぽさはわからなかったけれど、やさしいおうどん。
古い民家を使ったお店で、京都の町家風になっている。

お店の居心地はいいのだけれど、なかなかメニューが出てこなかったり、接客に不安があったのが残念。

食事後、東京都庭園美術館へ。

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開館25周年記念の展示「1930年代・東京 -アール・デコの館(朝香宮邸)が生まれた時代」を観た。

朝香宮邸というのは要するにこの美術館のことで。
館内のアール・デコデザインをじっくり堪能出来る。

アール・デコとは関係なくても、建物内の随所随所にいいなって思うところがある。
窓や扉の、昔ながらのあのぼってりと厚い硝子、好き。
そういえば、一時期無性にダイヤ硝子やモール硝子を使用したレトロな棚が欲しかったことを思い出した。アンティークのケビントも欲しかったな。

展示されていたストーブのデザインひとつとっても、非常によかった。
私は基本的に、現代の一般的に流通している家電のデザインってあんまり好きじゃない。
どうしてみんな似通っていて、ぱっとしないデザインなんだろう。
ただつるっとしていればいいわけではないと思う。
車も同じで、クラシックカーの方がずっとずっと魅力的だ。

朝香宮邸の歴史だけではなく、関東大震災からの復興直後の東京の街並の様子や、当時の日用品、本の装丁やポスターのデザインなどが展示されている。

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銀座の街に沢山のアドバルーンが上がる様を描いた、鈴木信太郎さん「東京の空(数寄屋橋附近)」は何とも不思議な雰囲気。
アドバルーンたちは、まるで未確認飛行物体。
余談だけれど、西荻こけしやのパッケージなどに使われている女性の絵は鈴木信太郎さんの作品。

最近、アドバルーンって全く見ないよねと友人と話していて、気になって調べてみた。
アドバルーンが日本で初めて使用されたのは1913年。
昭和30~40年代には第二次隆盛期がきたけれど、現代は高層ビルが乱立していて宣伝効果があまり見込めない事や、宣伝手法の多様化によって影の薄い存在になってしまったよう。

この絵を見ると、まぁるい球体がふわふわと建物の上に在る様は何とも言えない味があることがわかる。
この球体が似合う街のままだったらよかったのに。
真っ青な空に昔ながらの赤と白のアドバルーンという組み合わせとか、素敵なのに。

他にも、当時の街並の写真などを見る事ができたのだけれど、昔の方が街並が上品だ。
高層ビルの乱立なんてないし、どこの国だかわからないようなギラギラした変な看板や下品な建物もない。
日本の都市部の街並って、何故現代の姿になってしまったのだろう。
昔の良さをどうして維持できなかったのだろう。
高層ビルなんてあんなにたくさんなくてもいいんじゃないの?

街だけではなくて、写真に写る人も上品だ。
帽子をきちんとかぶってスーツをぱりっと着て出勤するおじさんたち。
これまた帽子をきちんとかぶって、女性らしいスーツに身を包んだおばさんたち。
紳士淑女という言葉が相応しい出で立ち。

そうそう、この美術展は「ドレスコード割引」があって、帽子をかぶっていくと団体料金ではいることができる。粋なはからい。

「モガ・モボ」いわゆるモダンガール、モダン ボーイたちというのも当時の象徴で、写真が何点も展示されていた。彼ら彼女らが闊歩する銀座や集うダンスホールを生で見てみたかった。

あとは、本やポスターのデザインもレトロで非常に素敵だった。

文字ひとつひとつも手描き。
店頭に並ぶ本、どれもこれもいい感じ。
昔は今と違って、パソコンもなければ便利なソフトもないものね。
だからこそ、本当に実力のある人しかデザイナーにならなかったのではないだろうか。
現代は、パソコンを使えばどんな人でもデザインっぽいことができてお手軽になってしまったが為に、デザインレベルが下がってきている、ということをどなたかが言っていた。宇野亜喜良さんだったかな。
まさにおっしゃる通り。

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展示を観終わって、美術館内の喫茶コーナーへ。
「cafe 茶洒 kanetanaka」の甘いものと珈琲をいただいた。
竹筒にはいっているのは、白胡麻豆腐。
まずはそのままで、次に黒蜜をかけて。
濃厚で美味しかった。

充実した一日。

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2008/11/11

蜷川実花による蜷川実花

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※人工的に毒々しく着色された魚の写真のページ

先日買った「美術手帖 蜷川実花による蜷川実花」を読んだ。

蜷川実花さんは、8年くらい前から好きな写真家さん。

彼女を象徴するモチーフの話から、新作NOIR(ノワール 黒)の話、生まれ育った環境、写真をとる瞬間のことなど、彼女を形作るありとあらゆることたちが集まり、非常に濃い内容。

彼女が写真を撮る瞬間に精神が乖離する話が興味深く、読んでいる私も本の中にとっぷりと浸かってすっかり外界から遮断されてしまった。

作家、赤坂真理さんが書いた蜷川「劇場/写真」論が素敵だった。
一部抜粋。

たとえば、生まれて初めて見上げた空はあんなじゃないか。まがまがしく青く、液体のように濃密で、ぎゅうっとしみて、ざわざわして、私の中で、わけもわからず涙になる。
地上に生まれて初めて個別の身体で見たその瞬間の風景が、彼女の写真には封じ込められている、そんな感じか。


彼女の写真の世界観を手触りが想像できるくらいリアルな言葉で綴っている。
彼女の小説を読んでみたくなった。

他に、金原ひとみさんが「mango」という短編を書いているのだけれど、こちらは世界観が浅くて、正直蜷川実花の写真に合わない気がした。私は彼女の作品は、デビュー作「蛇にピアス」と文芸誌に載った短編しか読んだ事がないのだけれど、その短編を読んだ時と同じ印象を持った。言葉に力がないのかな・・・。私のツボにはまらない作家さん。

照れもせず、隠しもせず、写真を極めたい、頂点を目指したいという気持ちを語れる蜷川実花さんはかっこいい。彼女の持つそのエネルギーに感化されて、読んだ後はなんだかじっとしていられない気持ちになった。
大地を強く蹴って走り出したい。
そんな気分になる特集。

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2008/11/08

手塚治虫の遺伝子 闇の中の光 展(渋谷PARCO FACTORY)

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先日、会社帰りに渋谷のPARCOパート1へ。
「手塚治虫生誕80周年記念展
 tezuka gene Light in the Darkness
 手塚治虫の遺伝子 闇の中の光 展」
を観てきた。

入場料はたったの300円。

様々なアーティストによるカバーアートだけではなく、手塚作品の原画や、実験的につくられたアニメーションが観られる。
実験アニメは、スキップをしていたらはずみがついて何処までも飛び跳ねていってしまうという一人称視点の作品と、西部劇風のユーモアたっぷりな作品の2つ。
特に前者は、観ていると不思議な感覚におそわれる。

奥の小部屋にはいると、ちょっと凝った映像作品が観られた。
アーティスト集団エンライトメントによるマインドプリーツ「Light In The Darkness」
画面に次々とカラフルな手塚キャラクターが生まれ、丸いものがひゅんひゅんと飛び交い、まるで小宇宙。
あの画面の奥行きはどうやってつくっているのだろう。
スクリーンが何層も重なっているような雰囲気なのだ。

手塚漫画が色々読めるスペースもあるし、これで300円は安過ぎる。
もうすぐ終わってしまうけれど、おすすめの展示。

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2008/11/04

ランタンから漏れる灯

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※先日行った渋谷のお店の入り口にてケータイでパチり。そういえばもう終わってしまった・・・ハロウィン

うまくいかないなぁ、が続くと、人は落ち込む。
滅入る。
いじける。
でもある時、憑き物が落ちるようにぽんっと前に行けたりもする。

好きな食べ物を食べてみる。
友達と話してみる。
部屋を掃除してみる。
新しいことを計画してみる。

部屋に新しい風をいれ、
自分のこれからにも新しい風をいれ、
未来を明るいものにしてみる。

もわもわとした重たい雲をふーっと吹き飛ばす。
私にはきっとそれが出来るのだと
自分で自分を信じてあげないといけない。

何となく、今頭の中でまわっている「終わらない歌」
明日には笑えるように。

終わらない歌

THE BLUE HEARTS
作詞:真島昌利

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために
終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため
終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように

世の中に冷たくされて 一人ポッチで泣いた夜
もうだめだと思うことは 今まで何度でもあった

真実(ホント)の瞬間はいつも 死ぬ程こわいものだから
逃げだしたくなったことは 今まで何度でもあった

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために
終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため
終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように

なれあいは好きじゃないから 誤解されてもしょうがない
それでも僕は君のことを いつだって思い出すだろう

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために
終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため
終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために
終わらない歌を歌おう 一人ポッチで泣いた夜
終わらない歌を歌おう … あつかいされた日々

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために
終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため
終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように

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太陽と毒ぐも / 角田光代

Taiyo太陽と毒ぐも

★★★
角田光代

書籍の詳細情報はこちら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
恋人たちの様々な問題を描いた、11の短編からなる作品。
さすが角田さんと言いたくなるリアルさ。

■サバイバル

お風呂にはいるのが嫌いなスマコと付き合う彼の話。
物語終盤、化粧をバッチリしてお洒落な服を着ている女性たちを痛烈に批判するスマコの痛々しさ。たしかに、中身が空っぽで外身ばかり気にして着飾っている人っているけれど、スマコの毒舌はきちんと出来ない自分を棚に上げた単なる妬みに聞こえる。
私も多分、若い頃、自分が嫌いな女性のタイプを彼氏の前で批判したことがあったと思う。そうしてしまうのは、若さと青さなんだろうな。
揺るぎない「自分」があったら、彼の前で痛烈に批判する必要なんてないんだもの。

■昨日、今日、明日

記念日フェチのクマコと付き合う彼の話。
記念日、記念日と、いちいち刻んで思い出を反芻しなければいけいないのは何でだろう。
互いが思いを共有していればいいけれど、記念日を相手に押し付けられるのは何かがおかしい。
でも、救いのある終わり方をする話。

■お買いもの

買い物依存症のリョウちゃんと同棲している彼女の話。
何故彼が無意味なものをどんどん買ってしまうのか、彼の抱える闇が何なのか、未だに彼女はわからないでいる。
理解しあえていない他人と共に暮らす事の怖さが垣間見える話。

■57577

嫌なことを、心の中で短歌調にまとめてしまう主人公の話。
何でも素直に思ったように話してしまう、恋人のナミちゃんのキャラがリアル。良くも悪くも子供のままで、考えなしに行動してしまうが故に周囲を傷つけてしまう子。
下記の核心をつく一言がいい。

泣きじゃくり懺悔するちいさな子どもは、まだ知らないのだ。何かを正直に言えば言うほど罪深くなっていく世界があることを。ゆるす役目を持った人が存在しない場所があることを。

恋人は両親ではないし、いつでも正直であればいいというものではなくて。子供はいつか大人にならないといけない。

■雨と爪

迷信を心底信じるハルっぴと付き合う彼の話。
迷信というのは何らかの教訓を含んでいるものだったりするけれど、妄信的に信じ込んで翻弄されるのは何かが違うと思う。

■100%

巨人が人生で一番大切といっても過言ではないような、野球好きな木幡敦士と付き合う彼女の話。色々な価値感が違うカップルの話なのだけれど、彼女の母親が言う一言に考えさせられる。

しょせん他人なんだもの、100パーセントぴったりの人なんているはずがないのよ。

■共有過去

万引き癖のあるカナエと付き合う彼の話。
10年の付き合いの間で、彼女を変えられなかった原因は自分にあるのか、という部分で考えさせられる。
たしかに、付き合う相手で人ってその大小はあるかもしれないけれど、変わるものだから。

■糧

お菓子をご飯代わりに食べる事が好きな仁絵と付き合う彼の話。
私も、彼と同じように食事に重点を置くタイプなので、食事をお菓子で済ませるということに嫌悪感を抱く気持ちはわかる。でもこの話で唸らされたのは、彼の視点と彼女の視点での受け取り方の違いの部分。付き合って行くか否かのカードを自分が持っていると思っていた彼、でも彼女の方だって日々そのカードを切るかどうか考えていたのだ。付き合っている相手に不満があって付き合いを考えている人は、読んでみるといいと思う。選ぶ権利は自分にばかりあるのではないと気付かされるのでは。

■二者択一

泥酔女が嫌いな上野くんと付き合って別れた、酒好きな彼女の話。
一つ前の「糧」の逆のバージョンという感じ。
私も酒好きなので、彼女にやや親近感を抱く。
男よりも酒なんじゃなくて、好きなお酒を飲むことを許さなかった上野くんとやっていけなくなったということなのに、周囲には「男より酒なんだ」って言われてしまう。これってきっと「男より仕事」バージョンとかも世の中にたくさんあるだろうな。

■旅路

旅先で旅行への価値感の違いからもめる吉男と依子の話。
何でも現地の人と同じにしていればいい旅になると妄信する吉男と、お金をかけてリッチで安心な旅がしたい依子。
お互いの旅への拘りの違いによるもめ方とか、これもまたすごくリアル。
結局は2人とも旅慣れていなくて、2人とも思いやりが足りないのだよね。
私ももし一緒に行く相手が「パック旅行で添乗員がついていなければ嫌だ」とか「いっぺんに沢山の国をまわりたい」なんて言って、ヨーロッパ三カ国周遊七泊八日の旅とか持ってこられたら喧嘩になってしまいそうだけれど・・・。
自由に自分の足で自分のペースでその国をじっくり見るのが好き、私は。

■未来

友人たちに駄目な男と言われるミネオと付き合う彼女の話。

私たち2人ともに欠如したたくさんのものごとのなかに、結婚観と人生観の欠如というのは歴然とあって、それはたとえば、大きな病のようなものだと私たちは思っている。

大好きで大嫌いな相手と暮らすこと。
同じ立ち位置で物事を見る楽観主義の2人、見えてこない未来。
でも私は何となく、適齢期に結婚をして子供を生んで、絵に描いたような生活のレールにのって日々過ごしている人たちよりも、この2人の方が親近感がわく。
私も似たようなものが欠如しているんだろうな。

■あとがきから

この作品は、誰かへの愛するという気持ちが、些細な濁ったものでいとも簡単に見えなくなってしまうことや、逆にまたその気持ちに再度気付かされる瞬間というものを、非常にうまく描いている。
下記のあとがきにあるコメントに全てが凝縮されている。

本当につまらないことで私たちは愛する人と諍いを起こし、馬鹿馬鹿しい性癖や習慣が、決定的な亀裂を生むこともある。だれかを強く愛することと、冷蔵庫を空っぽにするそのだれかに苛立つことは、決して矛盾しない。遥か上空で太陽が光り輝いていても、ときとして濁った色の悪い雲に遮られ私たちに届かないのと同じように。

他人と付き合っていくというのはそういうことだ。
100%合うようにつくられた人なんていないから、100%に向かって歩んでいけるかどうかはお互いの努力と思いやり次第なのだ。

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2008/11/03

かもめ食堂 / 群ようこ

Kamomeかもめ食堂

★★★
群ようこ

書籍の詳細情報はこちら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
映画の原作用にと群ようこさんが書き下ろした作品。

実は私は映画はまだ観ていないのだけれど、ずっと気になっていたのでとりあえず原作本の方を手に取ってみた。

日本人女性の サチエがフィンランドのヘルシンキで「かもめ食堂 ruokala lokki」をオープンする。
看板メニューは日本食のおにぎり。
しかし、お店には日本おたくのトンミくんしか寄り付かない。
ある日、ちょっとした縁で日本人女性のミドリとマサコがやってくる。
やがて2人は店を手伝う事になり・・・という話。

群さんらしい語り口調で、淡々と物語が進む。
群さんの作品って、べたべたと余計な肉付けがされず、出来事だけでぽんぽんと進んで行くので、映画の原作向きだなぁとつくづく思う。

38歳のサチエが、海外でお店をやろうと計画をたて、本当に実現させてしまう様は、やる気になればなんでもできるんだなと何だか励まされる。

40代のミドリは、勤めていた会社が解散し、兄弟一家に色々言われるのが嫌で勢いでフィンランドに来てしまい、50歳のマサコは、ずっと介護していた両親を亡くし、弟とのいさかいから気晴らしに旅行にきていた。 

中年の独身女性3人、それぞれの悩みがあっても深刻にならず、何とかなるさという明るい気持ちになる話。
特に、どんなお客さんのこともあたたかく迎え、うまくいかないことがあっても鬱々と悩んだりしないサチエの態度はみていて清々しい。

一寸したことで悩んでくさくさしている時でも、この話を読むと明るく前向きな気持ちになれると思う。
そして、愛情のこもった美味しいおにぎりがきっと食べたくなる。

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