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2008年6月

2008/06/29

すいすい真っ直ぐと

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※パリ、真っ直ぐ真っ直ぐ進む船

最近、残業と休日出勤の嵐で、まともに休めていない・・・。
もうすぐプロジェクトも終わってゆっくり出来るはずなので、暫しの辛抱。
といっても、チームの仲間がいい人たちばかりなので、身体は疲れても仕事は嫌じゃない。

終わったらふらふらっと何処かに出掛けたい。
ぼーっと考え事をしたい。
色々やりたいことがある。
何となく、来月からはまた、がらっとパターンの変わった日々がやってくる気がする。
でも、パターンは変わっても、きっと真っ直ぐ進むのだ。

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2008/06/25

定まった後

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※パリ、フランス国旗

幾通りもの道の中から、ここ!って決まる瞬間がある。
迷わず、あとはただ足を踏み出すだけ。
前に進むだけ。

つい駆け足になりたくなるけれど、道中の景色をゆっくり見るのもまたいいものだと思うので、敢えてのんびり慎重に進んでみる。
きっと、きらきらした景色が見られる。

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2008/06/19

目的地は

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※パリ、暮れかけのバスティーユ広場

自分の目指したいところがはっきりしていれば
そこに辿り着くまではどんな道を辿っても構わない。

そこに行くということを決意して、向かうだけ。

一寸決意をしてみようかな、と、思う。
ほんの一寸だけ。

シンボリックな何かを定めて、
ほんのそこまで。
とりあえずゆっくりと歩を進めてみる。

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2008/06/18

パッサージュの灯り

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※パリ、パッサージュの一角

ジョナサン・ケイナーの占いによると、
今週のうお座さんは、光が少ししか差し込んでいないと思ってもそれはトンネルの出口からはいってくる光を見ているに過ぎないのだそう。
つまり、トンネルを抜ければ、豊かな光が待っているということ。
下記、一部抜粋。

焦って走り出さないように。出口まで歩いていってください。なぜならあなたはまだ暗い場所にいるからです。見えない障害物につまずいて転んだら事ですから。でも、どうぞ歩き続けてください。希望と自信を抱き、光の元に向かって……。

いつになく、優しくてあたたかいことが書いてあるような・・・。
ジョナサンを信じて、前に進んでみるのもいいかも。
光のもとには絶対に素敵なものがあって、あたたかい気持ちになれると思うのだ。

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2008/06/15

すーっと飛行機雲

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※パリ、すーっとのびる飛行機雲

友達の身に起こった、幸せな話。
一緒に甘やかな気分にかぽかぽ浸かる。

過去記事「雪の上を駆け回ってみる?」でも似たようなことに少しふれたけれど
人って不思議で、人と人の距離感が変わった場合
以前の距離感がなかったかのように
その新しい距離感になじんでしまう。

新しい出会いがあって、理解者が増える度に、その出会いの奇跡に感謝したくなる。
以前遠かった人が、こんなに近いなんて。
いい出会いを引き寄せるのは自分自身だと言うし、その出会いを生かすも殺すも自分自身。
自分で自分の人生のご褒美を増やすのも悪くない。

終わりを意識して始めるんじゃなくて、
ただすーっと真っ直ぐに進むこと。
何かに呼ばれるように、すーっと。
その素直さが必要な時って絶対にあると思う。

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歩むこと

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※パリ、明るい空にもこもこの雲

今の会社にはいって、初めての休日出勤。
最近、今の会社のやり方にも慣れ、さくさくデザインが進むので仕事が楽しい。
手さえ抜かなければ、人はやったらやっただけ成長するのだなぁ、を実感。
私はもともと、働く事が好きなのだと思う。
もっともっとみんなの力になりたいと思う。

明るい空を見て、前に前に進む。
進んだ先には絶対に何かがある。
歩いた分だけ何かがある。

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2008/06/10

窓の外の光

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※パリ、アンティークショップのショーウィンドウに佇む人形

今日、会社のお手洗いでふと窓を見たら、雷で光っていた。
今私たちが作業をしている部屋には窓がないので、全然気付かなかった。
お手洗いの時と、休憩室に行く時だけ空が見える。

ちかちかとした遠くの瞬きを見ながら、 以前記事にした「無音の雷」を思い出した。
今日はちっとも幻想的じゃなくて普通の雷だったけれど、記事に書いた無音の雷は驚く程美しかったのだ。
自然の美しい光景を見られる度に、ご褒美かなって思う。
いつもその都度感謝する。

地球の為にもっと何が出来るか。
いよいよ危機感をもってやっていかないとまずい段階まできているみたいだし。
私利私欲を捨てて、地球環境の為に皆が手を取り合う日はやってこないのだろうか。
近頃の天災は、私たちが地球を大切にしていないことへの報いなんじゃないだろうかという話もきかれる。
ただ困った事に、天災は環境を破壊した人だけに起こるように器用にはできていないのだ。
罪のない人が沢山亡くなってしまう。

環境の為に直接的に何をしたらいいのかわからない場合、
私たちが心穏やかに過ごし地球に感謝するだけでもいいらしい。
この理屈はなんかわかる。
例えば会社で、苛々とした雰囲気を出している人がたくさんいるのと、穏やかな人がたくさんいるのとでは、その部屋の雰囲気、空気はがらっと変わる。周囲にも影響を与える。
眼に見えないレベルの事が持つ影響力、これはなかなかあなどれません。

私も日頃リサイクルくらいしか出来ていない気がするので、
せめて感謝する。
せめて心穏やかに過ごす。

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2008/06/07

再婚生活 / 山本文緒

Saikon 「再婚生活
★★★
山本文緒

書籍の詳細情報はこちら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
タイトルだけ見ると、再婚された文緒さんの幸せな日々が綴られた本かなと思うけれどそうではない。

中身は、文緒さんの鬱闘病記。

直木賞を受賞し、再婚もし、端から見たら順風満帆な人生を送っているかに思える文緒さん。
でも、本人はいつまでも満たされない思いを抱えているようで、やがて鬱病を患ってしまう。

そんな彼女の考え方を、「甘えている」と見る人もいるかもしれない。
例えば、直木賞作家で東京だけじゃなく札幌にもマンションを持っている高収入の文緒さんが仕事に対して不安を持っているなんて言ったら、仕事がなくて困っている人の中には自分の不幸自慢をしたくなる人もいるかもしれない。
例えば、再婚をして優しい旦那さんがいるにも関わらず、一人になりたいことがあると考える文緒さんに対して、結婚したくても出来ない人の中には説教をしたくなる人もいるかもしれない。

でも、以前私が書いた記事「寒空の桜」にあるように、悩みのツボは人それぞれ違うけれど、誰もが苦しい悩みの檻を持っているわけで、本人が辛いならそれは辛い事なのだ。

鬱に苦しみ、時には悪化して入院し・・・。そんな文緒さんを支える王子(文緒さんは旦那さんをこう呼ぶ)との生活が主軸にあるので、40代の再婚生活といえばそうなんだけれど、いわゆる甘い生活とは違う。
病に苦しむ妻の為に、激務の中朝ご飯もお弁当もつくってくれる王子。
でも病のせいで、そんな王子のことも邪魔に感じてしまう文緒さん。
素直に喜べない、感謝できないことって、それはそれで非常に辛いだろうなと感じてしまう。

闘病中の日記はただ重たいだけじゃなく、文緒さんらしいユーモアが織り交ぜてあるので、ただ読んでいるのが辛い闘病記という感じではない。

鬱真っただ中で薬を飲まずにはいられなかった文緒さんが、やがて回復し普通の生活が送れるようになっていく様は、とても喜ばしい。
闘病中、弱音も吐かず頑張って尽くしていた王子が、よくなった文緒さんに辛かったことを告白するところにもじーんときてしまう。

そして、身体に悪いものを食べ、身体に悪い生活をすることがどれだけ悪い影響を与えたか、ということへの気付きにも納得してしまう。
健康な心は、健康な生活から。
当たり前なことだけど、仕事におわれる現代人には、それが実践したくてもできない人が多いよね。

私もついつい友達とお酒を沢山飲んでしまうタイプだし、最近仕事で帰宅が遅くて全く自炊が出来ていないので、考えさせられるところがあった。

世の中の苦しむ人たちの心が、少しでも健やかにあるように。
私に出来ることはやっていこう、そう思った本だった。

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2008/06/06

窓から出るための翼

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※パリ、アパートの踊り場から見た風景

たまに、ふとパリに飛びたくなる。
一年くらい、ぷらっと行きたいなぁ、なんて。
でもそんな私のストッパーになっているのは、猫たち。
私の根っこを、二匹の猫がくわえている。
本当に愛おしい存在。

最近また、インプットとアウトプットの時期が戻って来た。
戻って来たのはいいのだけれど、残業が多くて物理的に色々出来なかったりもする。
今のプロジェクトが終わるまではこんな感じなんだろうけれど、でも充実感と気持ちの余裕があるので、日々満たされている気がする。
さざ波がたつことはあるけれど、その波の意味がだいたいわかるので、大きな波になってしまうことはない。

最近、何人かに「*yuka*のようになりたい」と言われた。
何にも流されず、自分をしっかり持っているところが羨ましい、と。
強くなりたいと。
羨ましく思ってもらえることって、素直に嬉しい。

若い頃は、驚くくらい今より世の中が見えていなかった。
そんな磨り硝子越しの世の中は、いつの間にかクリアになっていた。

今週末は久々に絵を描く時間がとれるかもしれなくて、一寸わくわく。
仕事でパソコンで絵は描いているけれど、やっぱりアナログで鉛筆でがりがりしたい。
手を真っ黒にして描きたい。

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2008/06/03

「シュルレアリスムと写真 痙攣する美」(東京都写真美術館)

S1 少し前に、恵比寿ガーデンプレイス内の東京都写真美術館でやっていた「シュルレアリスムと写真 痙攣する美」を観て来た。このサブタイトルも美しいよなぁって思う。痙攣する美って。シュルレアリスム好きのツボをついている。

行こうと思っていた日にたまたま体調が悪く、でもこの日を逃したら行けないぞと思ってふらふらしながら恵比寿へ・・・。

アンドレ・ブルトンのシュルレアリスム宣言に始まる展示。本展は、写真に的を絞ったシュルレアリスムの展示としては国内初大規模なもの。
私はシュルレアリスムを正確に理解できているか怪しいものだけれど、それでも「シュルレアリスム」という言葉には反応してしまう。

シュルレアリストでは、レメディオス・バロ、ハンス・ベルメール、マン・レイなどが好き。

展示は4部構成。

まずは「都市に向かう視線」として、ウジェーヌ・アジェの「日食の間」から始まり、パリの街並の写真たちが並ぶ。
「日食の間」は、人々がみな日食を見ようとしているのか、同じ方向を見上げている不思議な写真。
パリは昔も今も空気の変わらない都市なので、観ていてなんだか懐かしい気持ちになる。

2番目は「都市のなかのオブジェ」として、彫刻、コラージュ、モチーフが個性的な写真や加工した写真たちが並ぶ。
インドリッヒ・シュテイルスキーの「このごろの針の先で」シリーズが好き。ショーウィンドウの中のウィッグとか、なかなか味がある。

S13番目は「ボディーあるいは、切断された身体」として、肉体をモチーフとした作品が並ぶ。
左の写真はそのひとつで、ウンボの「スリッパ」という。
他に面白かったのは、マン・レイ「不滅のオブジェ」
メトロノームに女性の目の写真がクリップで留められている。でもこれは写真で見た方が完成度が高く、実物で見るとやや安っぽい感じが拭えない。

「目」というのは矢印同様注目させる効果のあるモチーフで、「目」であるだけで気になってしまうのだけれど。

やはりモチーフの中で最も強力なのは、人間だと思う。
ある一部分が切り取られていたり、本来の形とは違っていたり、そうして奇妙な形になった身体は見てはいけないような一寸した罪悪感がスパイスとなったアートになる。
ベルメールの作品もここに飾られていた。

最後は「細部に注がれた視線」として、植物などにシュルレアリスムを発見している写真たち。

なかなか面白い展示だったのだけれど、もっと不穏な空気の漂う作品が多くても良かった気も。日本人の平井輝七さんの作品が、色が美しくモチーフもよく、好きだなって思ったのだけれど、ミュージアムショップで買った特集本には載っていなかった・・・。ショック。図録をつくっていないのだから、特集本にもっと載せてくれればいいのに。

チケットは3つの展覧会をまとめて買うとお得なので、「知られざる鬼才 マリオ・ジャコメッリ展」と「紫禁城写真展」も観たのだけれど、体調の悪さがピークだったのと、それほど好みではなかったことで、さーっと流す。白黒の写真と言えば、以前観たアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真展が非常に良かったので、ついそれとジャコメッリを比較してしまい、何だか見劣りしてしまったのよね・・・。

とりあえず、「シュルレアリスムと写真 痙攣する美」は、体調の悪さをおして行った甲斐のある刺激的な展示だった。

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