キッドナップ・ツアー / 角田光代
1999年産経児童出版文化賞フジテレビ賞、
2000年路傍の石文学賞受賞作品
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5年生の夏休みに、主人公ハルは誘拐される。犯人は二ヶ月前から家にいなくなっていた実の父親。父親は母親にある要求を持ちかけているらしいが、ハルには教えてくれない。
ろくでなしの父親とのひと夏の誘拐旅行。
ハルたちが行き着くところは・・・?という話。
以下内容にふれていきます。
冒頭、誘拐される時にはなんとなくぎこちなかったハルと父親とのやりとり。
子供特有の、男親に対する気遣いと居心地の悪さとが目立つ。
そんな2人の関係が、誘拐旅行の日々を重ねる程に変化し、寄り添って行く様子がいいと思う。
子供の目線で見た大人、子供の無力感、夏休みの雰囲気といったものがリアルに描写されている。
だからそういった、自分の内にある懐かしいものたちがするすると呼び起こされる。
ある夏に吸った空気の味、風の匂い、太陽に灼けた何かの手触り・・・。
目を閉じると、自分の体験した夏休みが姿を現す。
私も、子供の頃、夏休みに行く家族旅行が毎年楽しみだった。
父親が夏休みの時に行くので、混雑したお盆に車でのろのろと海に向かうのだけれど、たった三日間の旅行がキラキラと輝いて見えて、永遠に終わらなければいいのにと思った。
でも、三日目には帰らないといけない。
何故ならそれは旅行だから。
ハルたちの誘拐旅行も、それが誘拐旅行である限り、終わらないわけがないのだ。
でも、このままずっと逃げてしまいたいとも思うハルの気持ちがわからなくもない。
非日常は子供にとって甘過ぎる蜜なのだ。
最後に、結局要求の内容は明かされないまま物語は幕を閉じる。
それに関しては賛否両論であると思う。
でも私は、明かされなくてよかったと思う。
私たちはあくまでハルと同じ目線でこの物語を楽しまないといけない。子供が知らなくていいことは世の中にたくさんある。それは大人の勝手な事情であったり。それを知らされず、想像してみることも、それはそれで楽しいのではないかと思うのだ。案外、知ってしまえば馬鹿馬鹿しく下らないことであったりもするし、だったら知らされないままのほうがよかったなぁなんて思ったりする。
子供の頃のキラキラは、大人になった今ではもう二度と味わえないものである。
でも、この作品を読むと、当時のキラキラを思い出して、感慨にふけることができるのである。
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