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2008/02/24

乳と卵 / 川上未映子

Chichitoran 「乳と卵
★★
川上未映子

第138回芥川賞受賞

書籍の詳細情報はこちら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

読みたいと思っていたこの作品、やっと読了。

東京に住む「わたし」のもとに、姉の巻子と姪の緑子がやってくる。
巻子は豊胸手術を受ける為に東京に来たのだ。
巻子の娘緑子は、喋る事を一切拒否して筆談でコミュニケーションをとる。
そんな3人の3日間の話。
以下内容にふれていきます。

作中は、緑子の日記と、わたしの語りとが交互に繰り返される。
緑子は大人になることを厭がり、生理への嫌悪を示し、豊胸手術をしようとする母親を理解出来ない。

この作品は樋口一葉の「たけくらべ」へのオマージュである。
たけくらべの主人公美登利は、成熟したら遊女になる運命であり、大人になることへの戸惑いという共通項がある。名前も共通しているし。
そして、鍵括弧を基本的には使わないという書き方もそうである。
作中五千円札がでてくるのだけれど、それも・・・樋口一葉ですね(笑

この作品のテーマは「女性」
女性だからこそ、なアイテムが散りばめられている。
巻子の職業はホステスで、つまり「女性」を売りにしてお金を稼いでいる。子供を生んでからしぼんでしまった胸をコンプレックスに思い、豊胸手術のことを病的なまでに調べ、銭湯では女性の胸ばかり観察する。
主人公の知り合いの、胸を大きくしたい子と化粧をする女とは、お互いに男性的精神を経由した産物だ云々と罵り合う。
緑子の友人の国ちゃんは、生理用ナプキンを裂いて無精卵を探す。
主人公は生理の血をシーツにつけてしまい、それをじゃぶじゃぶと洗う。

これらの「女性」なエピソードとの対極に、緑子の持つ「女性らしさへの嫌悪」がある。
私自身は思春期に、大人になること、女性らしくなることについてネガティブな思いは抱えたことがなく、逆に憧れがあったので、緑子の持つ嫌悪感が実はあまりわからない。
でも、自分の気持ちとは裏腹に容れ物であるはずの身体が勝手に変わっていくことへの戸惑いは一寸わかる。また、生理のことも、学校で習ったり小学館の本に載っているのを読んだりしたけれど、当時いまいち仕組みがよくわからなかったりしたので、緑子の疑問もよくわかる。

ただ何となく話がすすんでいき、ただなんとなく終わるというタイプの小説ではなく、きちんと考えられて書かれたと思える点は非常に評価できる。

てっきり豊胸手術の為だけに東京に出て来たのだと思っていた巻子が、実は別れた緑子の父親に会っていたことも判明するが、それが何の為にだったのかは明かされない。
タイトルの「乳と卵」は「父とらん」ということでしょうか。

少し物足りないのは、語り手である「私」の女性としてのエピソードが薄かった点。
生理の血を洗うとか、生理用ナプキンに関するエピソードくらいしかなく、「わたし」にも女性としてのもっと何かしらのエピソードを持たせることで、より深くなったのではないかなと思う。もしくは「わたし」は語り手に徹底させ、「わたし」からは女性としてのエピソードを完全に排除するとかね。なんだか中途半端に感じた。
あと、やたら生理や胸のエピソードは出て来たけれど、卵子と精子が出会った先、妊娠出産に関するエピソードもあってもよかったんじゃないのだろうか。メインの3人ではなく、例えば「わたし」の友人とかに。

あとは、描写の仕方ではっとさせられる部分があったので一部抜粋。

今日まだ一言も口をきかない緑子の唇のなかには、真っ赤な血がぎゅっとつまっていてうねっていて集められ、薄い粘膜一枚でそこにたっぷりと留められてある、針の本当の先端でさしたぐらいの微小な穴から、スープの中に血が一滴、二滴と落ちて、しかし緑子はそれには気づかず、白いスープのゆるいそこに丸い血は溶けることなくそのまま滑り沈んでいくのに、やっぱりそれに気づかずにその陶器の中身の全部を自分ですべて飲み干してしまう。濡れた、その薄い唇が合わさるすきまに赤い丸の輪郭がちゅるっと消えて、消えて、消えて、

これは「わたし」の妄想なのだけれど、何とも美しい描写。
言葉の選び方、そしてその視点がいいと思う。
でも、この箇所以外ははっとさせられる程の描写はなかった。

最後に母娘は卵を自分たちにぶつけ、ぐしゃぐしゃになりながら本音を語ろうとする。
タイトルが「乳と卵」であるし、緑子は卵子やら無精卵について話しているので、そこからきた「卵」なのだろうけれど(パックの卵は無精卵だしね)、この卵を自分にぶつけるという行為にあまり深い意味が見いだせない。こじつけに近いものを感じる。

私があと気になったのは・・・主人公は卵の賞味期限が切れるから捨てなきゃと思うのだけれど、卵の賞味期限は、あくまで「生食」できる期間のことであって、それは通常産卵から一週間。
火を通せば産卵から一ヶ月後くらいまでは食べられる。(個体差はあるだろうから、割って問題がないか確かめるのも必要だけれど)捨てちゃ勿体ない・・・。

文藝春秋には著者インタビューも載っていたのだけれど、なんだかそれを読んで安心した。
きちんと努力し、きちんと苦労し、きちんと考えてきた人だったから。
大した努力も苦労もしたことがないのに大きな賞をとってしまった場合、息が続かなくなってしまったりすることもあるだろうけれど、川上さんはこれからも安定していい作品を書いてくれる人な気がする。なるべくして作家になった人と感じる。
美人だし、そのまま文学の世界への間口を広げて今まで文学に触れていなかった層を取り込んでくれるといいな。

選評も読んだのだけれど、石原氏だけが酷評を書き支持していなかった。
・・・生理だの豊胸だの、理解できない話かもしれないですね・・・。

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コメント

はじめまして。
トラックバックありがとうございました。

「乳と卵」の感想を読ませていただきました。
僕も感想で粗削りな部分があると書いたのですが、中心になる、主人公というのか、それが巻子なのか緑子なのかとわかりづらいところがありますね。でも、やはり緑子が主人公だと思いました。
「乳と卵」は、「父と卵」ということではないと感じます。「父」は、「男」の部分しか見えないから。。。。

これからもよろしくお願いいたします。

投稿: 夕螺 | 2008/02/24 10:51

はじめまして。
コメントありがとうございます!

「わたし=川上さん」が樋口一葉であり、「緑子」が美登利=主人公なんでしょうね。
でも巻子のインパクトが強くて、たしかにわかりづらいところがありますね。

タイトルに隠された意味は何なんでしょうね〜。
川上さんが「乳と卵」は「トリアノン」のように読んでくれって言っていたので、それに従って読むと「父とらん」=(緑子の父を選択しない)に聞こえて(笑
辛くても昔の男に頼らず巻子が自分の力だけで生きて行くことを決めた という意味が隠されているのかなと思ったのです。
関係ないですけど、プチ・トリアノン好きです。

私もまた拝見させていただきますね!

投稿: *yuka* | 2008/02/24 14:53

こんにちは。
卵をなぜ「らん」と読ませるか不思議だったのですが、なるほど。。。「父とらん(取らん?)」ですかぁ。
トリアノンっていう言葉がわからなかったのですが、ベルサイユ宮殿やフランス革命という面から見れば、「乳と卵」は、「遅々と乱」かな?と。。。。
この作品の隠れたところにあるフェミニズム的要素から見ても「卵」は「乱」かなと。
もちろん革命的な読み方だけではなくて、乱れる女心も含めてですが。

投稿: 夕螺 | 2008/02/26 10:18

プチ・トリアノンとグラン・トリアノンはパリに行った時に訪れました。
絢爛豪華なヴェルサイユ宮殿とは違って、プチ・トリアノンはすごくかわいらしい建物なんですよ。こぢんまりとしていて、マリー・アントワネットが革命が迫るヴェルサイユ宮殿っていう現実から目をそらしてここに引きこもってしまった気持ちがわかります。
マリー・アントワネットは田舎暮らしの真似事をしたくて敷地内に村までつくらせたそうです。

多分、トリアノンは音程が合っているから出したというだけで、意味は含まれていないのではないかな〜?と私は思うのですが、「乱」という発想も面白いですね♪
仕掛けのある小説は、色々な解釈ができて読んだあとも楽しめますね。

投稿: *yuka* | 2008/02/26 22:33

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