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2007/10/04

真昼の花 / 角田 光代 (地上八階の海)

41hx6nre5yl_aa240_「真昼の花」
★★★★☆
角田 光代

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[真昼の花]

日本に帰ってこない兄を追うようにして、東南アジアであてもない旅をする主人公。
そこへ行けば幸運が待っているという気がしていたのだ。
だが、出発前に思っていたような特別なことなど何もなく、あげく闇両替所でまんまとだまされて所持金がなくなってしまう。
それでも帰ろうとしない主人公は、日本企業の前で物乞いまでする・・・という話。

この話には、まるで自分も暑い異国の地にいるかのように思わせる臨場感がある。
自分も安宿に泊まり、あてもなく暑い中歩き目眩を覚えるような、そんな旅をしている気がしてくる。
路地に独特なスパイスの香りが充満しているというと、タイあたりだろうか。
私もタイに行ったことがあるけれど、タイは街自体がタイ料理のあの酸っぱ辛いような匂いで包まれているのだ。日本に来た外国人が「日本はどこも醤油臭い」と言うのと同じかしら。

主人公は、何か困った事があると日本にいる「オオバくん」に電話をする。
日本にある普通の会社で働くオオバくんと主人公は対照的な存在で、彼がちょくちょく登場することで主人公が今置かれている状況の輪郭がよりくっきりとしてくる。
「あんた何やってんの?」と主人公に言うオオバくん。
一週間のお休みもままならないオオバくんにしてみれば、異国の地でお金がなくなったという主人公の悩みなど、贅沢な悩みにうつっているのではないだろうか。だったら帰ってくればいいじゃないかと。

主人公は、バックパッカーのように旅を続ける事で自分が一体どうなりたかったのかと自問する。
街に完全に馴染みたかったのか?でもそれも違う気がする・・・と。
そんな主人公の心を見透かすように、知り合った単身赴任中の日本人男性はこう言う。

「居着いてそれで、何か得られるの?(略)何か見た、何か得た、だから帰れないというよりも、モラトリアムを伸ばしすぎて現実へ帰れないだけなんじゃないかな。魅力的というのはつまりそういうことでしょう。どんなに長くいたって旅は旅だ、生活じゃない。生活じゃない部分で生活の真似事ができるから魅力的なわけでしょう。」

「全部揃っているのに飽きてわざわざ不便なところへ来るんだもの。でもね、現実に下りてこなきゃだめだよ。ここの人たちが貧しいから自分もその中に溶けこもうとしても、何もわからないんだよ。楽して何かわかったり見たりした気になっちゃだめだよ」

彼は、日本企業に勤め現地で裕福に暮らす男である。
バックパッカーの実状なんて本当に知っているわけではない。
でも、日常を生きている人からみたら、主人公たちがやっていることはそう見えるのだということを知らされる。
そこで主人公は気付く。

「私は本当に困ってみたかっただけなのだ」

と。
それは結局、日本の銀行にお金がきちんと貯蓄されている余裕がさせている、ごっこでしかないのだ。

最後には、主人公が漠然と目的に設定していたことが不要なことであると気付いたようにみえて、少しほっとした。
必死に求めてしがみつこうとしているものを、手放した瞬間に救われることってあるよなと思った。

[地上八階の海]

主人公の兄夫婦が暮らすマンションの一階に、主人公の母親が引っ越した。
駅前には真新しい駅ビルと異国風のショッピングモールがあるものの、テナントが半分もはいっていなくて薄暗い。
モールの先、閑散とした古びた商店街を抜けるとある「ヒルサイドテラス」というマンションは、そこだけが別世界のように芝生が広がり母親と子供たちがはしゃいでいる。

こういうところって、いわゆる新興住宅地というものだろうか。
私はそういう、つくられたわざとらしい真新しさと明るさというものが苦手だ。
何もかもぴかぴかと新しくて、新婚家庭が、子供が、わんさかいる地域。
伝統やその地域の文化というものとは、完全に切り離された場所。
作中でもこんな風に描写される。

一方は畑や空き地、もう一方は時代に取り残されたような商店街に挟まれて、突然そびえ建つこのマンションには、本当に見えない囲いがはりめぐらされているようだと、老婆の背中を見ながら思った。どこもかしこも新しいマンションの明るい壁の色からにじみでる、人々の未来や希望の重量がぶあついバリアを作っているみたいだ。

山本文緒さんも新興住宅地にそういう違和感を感じていて、それで書いたのが「眠れるラプンツェル」じゃなかったっけ。
そんな冒頭からして、居心地の悪さを感じる。
しかも、この文中で「老婆」と言われているのは実は主人公の母親である。
若い人しか見かけないヒルサイドテラス内に老婆がいるなんて・・・と思ってよく見たら、実は自分の母親だったという場面である。
どう見ても合わない世界に放り込まれ、それでもその生活に順応しようと生きる母親の姿は悲しいのか、それとも逞しいのか・・・と考えさせられた。

あとは、主人公が元カレと別れた理由が興味深かった。
主人公の家で当たり前のように「オレンジジュースをくれ」という彼への激しい嫌悪。
それは、図々しさに対してではなく、主人公の家とは違って常にオレンジジュースがある知らない家庭が透けて見えたことへの拒絶なのだ。

この主人公は、周囲の人が当たり前のように結婚し家庭をつくり赤ちゃんをかわいいと思うことに疑問を持ち、そう素直に思えない自分はやっぱり普通のふりをしたいかれた人なんじゃないかと悩む。でも果たしてその「普通」が幸せなのか?
「家庭」「家族」「家」のあるべき姿について考えたくなる作品。

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