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2007年10月

2007/10/25

映画「 エディット・ピアフ 〜愛の讃歌〜 」

Piaf

エディット・ピアフ 〜愛の讃歌〜
★★★★★
監督:オリヴィエ・ダアン
出演:マリオン・コティヤール、 シルヴィー・テステュー、エマニュエル・セニエ、 ジャン=ポール・ルーヴ

映画の詳細情報はこちら
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観たい観たいと思っていた、エディット・ピアフの映画を観て来た。

パリの貧しい地区ベルヴィル(Belleville)に生まれたエディットは、母親にまともにかまってもらえず、やがて売春宿を営んでいた父方の祖母の元に預けられる。
娼婦のティティーヌに我が子のように愛されたエディット。エディットは一度失明してしまうのだが、ティティーヌや他の娼婦たちとともに聖テレーズに祈りを捧げたところ、奇跡的に視力が回復する。
だが、父親が迎えに来て、大好きなティティーヌたちと引き離されたエディット。
彼女はやがて路上でうたい始める・・・という話。

この映画の面白いところは、年代別に順序だってきちんと追っていないところである。
まるでコラージュのように、ぱっぱと切り替わり色々な年代が繋がっていく。
その結果、エディット・ピアフという人がきちんと浮き上がってくるのだ。

主演のマリオン・コティヤールが素晴らしい。
頭のてっぺんから足の先までピアフになりきっているとしか思えない。

彼女は若い頃の初々しいピアフから晩年の老人に見えるピアフまでを一人で演じているのだけれど、演じ分けが見事。若い頃路上でうたっていたピアフ、大物歌手となりマルセルと恋をするピアフ、よぼよぼのお婆さんになってしまったピアフ、そのどれもが違和感がなくそれぞれの年代の個性を十分に表現できている。
パンフレットでにこりと笑うマリオン・コティヤールは、映画の中で見たピアフとは全く別人に見える。
何を演じても同じようなキャラになってしまう俳優・女優っているけれど、本当の女優ってこうあるべきだ、彼女はプロだなぁとつくづく思った。

音楽は、殆どをエディット・ピアフの歌を吹き替えで使っているので、数々の名曲に浸る事もできる。
私はやっぱり「愛の讃歌」が一番好き。
愛するマルセルに捧げた歌、でもこの歌を披露する前にマルセルは亡くなってしまうのだ。
しかも、エディットに会う為に乗った飛行機の墜落で・・・。
この、マルセルが亡くなったことを知らされるシーンも非常に印象的だった。
マルセルの為にうきうきと朝食の準備をするエディットに告げられる死の知らせ・・・嘆き悲しむエディット、でも彼女は次のシーンではステージに立っている。
どんなに悲しいことがあっても彼女は歌わないといけないのだ。

彼女の人生は、まさに波瀾万丈。
歌手としての大成功の裏にある闇の深さに驚いた。
絶頂期に取り巻きに囲まれて、お酒を飲みながら楽しそうに騒ぐエディット。
プライドが高く、頑固で、癇癪を起こす事もある。
でも彼女は、愛情に恵まれず、本当はずっとずっと寂しかったんじゃないだろうか。

酒と麻薬に溺れ、晩年は40代にも関わらず老人のように老け込んでしまったエディット・ピアフ。それまでの生活のせいもあるだろうけれど、彼女は命を削ってうたってきたからこそ、そうなってしまったのかもしれない。

エディット・ピアフの持つ大きなエネルギーの渦の中に入る事ができるような、素晴らしい映画だった。
私は泣けました。

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2007/10/24

屋根の上の喧嘩

Yane

うちの窓の眼下に広がる屋根の上では、よく猫が日向ぼっこをしている。
すごく気持ち良さそうで、屋根の上って余程あたたかいのだろうなぁと思う。

そんな屋根の上で、猫の喧嘩。
「ここはあたしのにゃわばりよ!!」とか言ってたのかなぁ。

声がすごかったので、うちの子も一寸気にして外を覗いていた。
猫に育てられていなくても、猫語ってわかるのかな、やっぱり。

※最近パリ旅行のブログの方を更新しているので、こちらの更新が滞りがちです。ごめんなさい・・・。

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2007/10/19

ハニージンジャージャムと蜂蜜の話

Honey 寒い季節の定番といえば、生姜(自分の中で)。
紅茶に、ハーブティーに、どっさりいれるのが好き。

最近寒くなってきたので、私の中で定番のハニージンジャージャムを作った。

これは本当に便利。
紅茶にいれてジンジャーティー
お湯で溶いて生姜湯
炭酸で割ってジンジャーエール
パンにのせてハニージンジャーブレッド
などなど。
作り置きできるので、すりおろす手間もないし。

今回は新生姜でつくったので、辛みが少なめ。辛いのが好きなので、もっと量を増やせばよかった・・・。
普通の生姜よりも繊維が柔らかいところはいい。


ハニージンジャージャム

■材料
蜂蜜
……200ml
生姜……100gくらい
レモン汁……
大さじ2

■作り方
1 生姜を皮ごとすりおろす。
2 鍋に生姜と蜂蜜をいれ、とろ火でゆっくり煮詰める。
3 だいぶ水分がなくなってきたら、レモン汁を加える。
4 とろとろになるまで煮詰めて完成。

※蜂蜜の量は好みで加減して下さい。砂糖で代用してもOKです。

上記のレシピで、ジャムの瓶一つ分くらいのジャムができます。

風邪の予防にもいい。
生姜の辛みや香りの成分「ジンゲロン」や「ショウガオール」には発汗・保温の作用があるので、身体をぽかぽか暖めてくれる。

そういえば、ジャムに使う蜂蜜だから、専門店のじゃなくてスーパーのでいいやと思ってスーパーに買いに行ったのだけど、いわゆる安い蜂蜜ってみんな中国産。
中国産蜂蜜はニュース等を聞く限り問題が多い。
食品への混入が認められていない抗生物質「クロラムフェニコール」が検出されたものがあるとか、中国産蜂蜜の7割は偽物で、水飴やデンプンにハチミツ香料と色素が混ぜてあるとか。
どうやら、中国でとれている蜂蜜の量に対して、市場に出回っている量が多すぎる=偽物 なのだとか。

もっとも、日本でも加糖されているのに「純粋蜂蜜」として売られていたものがあったとかニュースでやっていたので、国産=OKではないと思うけど。
ただ、中国産の怖いところは、中には硫酸や尿素を混入しているものもあるらしいというところ。硫酸って・・・。

スーパーでは、中国産の蜂蜜は国産のものの1/3くらいの値段。
蜂蜜って、ちゃんとしたものを買うと一寸高いなって思うけれど、一匹の蜂からとれる蜂蜜の量を考えたら、正しくつくっているものはそれくらいの価格になるよね・・・とも思う。
安すぎる蜂蜜には注意。

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2007/10/18

映画「乱歩地獄 」

Rampo3_2 乱歩地獄
★★★☆☆
監督:竹内スグル、実相寺昭雄、佐藤寿保、カネコアツシ
出演: 浅野忠信、 松田龍平、 成宮寛貴
原作:江戸川乱歩

映画の詳細情報はこちら
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以前、映画館で観たもの。

「火星の運河」 「鏡地獄」 「芋虫」 「蟲」
の4つの短編からなる映画。

「世にも美しいスウィートな地獄」というキャッチコピー通り、映像美を楽しむ映画というかんじ。江戸川乱歩の原作を読んでみたくなった。
ただし、美しいだけではなく、気持ち悪いところや痛々しいところも結構あるので好みが別れるかもしれない。

Rampo2_3「鏡地獄」以外はストーリーらしいストーリーがない印象。
クラシックなミステリーというかんじなので、こういう雰囲気が好きな人にはおすすめ。
でてくる小物とか建物とか結構私のツボ。特に「蟲」にでてくるインテリアがよかった。

ただ、チラシで期待したほどの「美」がないのが残念だった。
チラシに使用されているピエール・ジョセフ・ルドゥーテの薔薇の絵と鮮やかな色 、豹柄の組み合わせが毒々しくて好きだったんだけど、そういう雰囲気を思わせる場面はなかった。

まぁ、トータル的には結構好きなタイプの映画だったので、とりあえず観てよかった。

多分、もう一回くらい観ないと深いところまでわからない気もする。

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2007/10/16

パリ旅行記専用ブログ、スタート

飴色パリ旅行記

パリ旅行記専用ブログ、スタートしました。
とりあえず、以前の旅行記をアップしていきます。

あとは、来月の旅行までの出発準備なども書けたら書いていきます。
よかったらご覧下さい。ブログはこちらです。

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2007/10/15

展覧会評一覧追加

展覧会評一覧追加しました。

右欄、「初めての方へ」や「プロフィール」の並び、「各種記事一覧」にいれました。

各種記事一覧
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    * 展覧会評一覧 
←ここです
    * 旅行記一覧

もしくは、こちらです。

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2007/10/14

映画「さくらん」

Sakuran「さくらん」
★★☆☆☆
監督:蜷川実花
出演:土屋アンナ 、椎名桔平 、成宮寛貴 、木村佳乃 、菅野美穂 、永瀬正敏
原作:安野モヨコ
音楽:椎名林檎

映画の詳細情報はこちら
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吉原遊郭「玉菊屋」に8歳の時に売られて来た、きよ葉。花魁・粧ひの手練手管の挑発にまんまと乗せられ吉原一の花魁になる決意を固めたきよ葉は、きよ葉を妬む花魁・高尾の嫌がらせにも負けずに、人気遊女への道を駆け上がっていく。
やがて花魁となったきよ葉は・・・という話。

写真家 蜷川実花初監督作品。
原作 安野モヨコ、音楽 椎名林檎、主演 土屋アンナ・・・と公開前から話題になっていた。

気になりつつも、評価があまりよくないことも知っていたので、期待せずに借りてきた。

まず、色彩が非常に美しい。
蜷川実花らしい色、色、色の洪水。
びいどろの中、透明感のあるブルーに鮮やかな金魚の赤。
極彩色の柄が描かれた襖と遊女の艶やかな着物。
あれだけ色を使っているのに常に画面が美しいのは、彼女の抜群の色彩感覚の成せる業だと思う。
彼女の写真集がそのまま映画になったような世界感は素晴らしい。

071014_233016そして、菅野美穂の存在感が抜群。
美しく強い女性、花魁・粧ひ。
その役を見事に演じる事ができている。
粧ひが三枚歯下駄を履いた足で内八文字にて優雅に練り歩く場面には目を奪われる。
これはいわゆる、花魁道中。

「花魁」は遊女の中では一番ランクが高い太夫の呼び名で、江戸に吉原ができたときに、見習いの少女が太夫のことを「おいらんちの姉さん」と言ったのが起源なのだとか。

花魁には美しさだけではなく、高い水準の教養も求められる。
吉原で花魁と遊ぶと、今の金額で数百万が無くなったらしい。
花魁と会う為には客が守らないといけないしきたりもあったらしいし、花魁クラスの遊女は客よりも上位で気に入らない客はとらないという話もある。
それもふまえて見ると粧ひの存在感がさらにぐっと増す気がする。

でも、菅野美穂以外の役者がかなり酷い。
酷いといっても、いわゆる大根とかそういうことではなくて、これはひとえに監督のせいだと思う。
役者の魅力を全く引き出せていない。
特に、木村佳乃は・・・なんだかギャグのような存在になってしまっている(汗
子役の子なんて、セリフ棒読みだし。
子役は特に、生かすも殺すも監督次第だよなぁ。
岩井監督はそういうのがうまいのだよね。

071014_232915

カメラワークも平凡だったり下手だったり・・・なんだか昔の劇とか見ているような感じがする。

そして、ストーリーがとにかく酷い。
笑っちゃうくらいベタベタな先が読め過ぎる展開なので、途中で飽きてしまい、ついうちの猫と戯れてしまった。あんまりにも退屈で。
セリフもねぇ、なんかどこかで聞いたような表現が多いし。

また、人物の心情を深く描けていないので、観ている側はちっとも感情移入ができない。
惚れたのなんだのあっても
「え、本当にあなたこの人のこと好きなの?」
と言いたくなる。
こちらがその世界にはいっていく為に必要な小道具も間もないのだ。

そんな感じでぱっぱとストーリーだけ進んでいかれても、こっちは置いてけぼり。
高尾が亡くなる場面だって、「え?あ、死んだの?」というくらい呆気無い。
本来ならあそこは一つの山場ではないのだろうか・・・。

最後に桜が咲いた場面も、あの桜が咲く事の重要度が薄いせいで「咲いたけど、だから?」と言いたくなる。何故薄いのかというとあの桜の木ときよ葉との関係性の深さを描けていないから。
あんな終わり方って・・・。とにかくストーリーがありきたりなうえに薄すぎるよ・・・。表現力なさ過ぎだよ・・・。

ストーリーがひどいのもさることながら、伝えたい事をセリフで何でもかんでも言わせ過ぎ。
そのまんまじゃんっていう。
遊女と金魚の関係というのも、もっと暗示的に使ったら素敵だったのに。
説明が多すぎる。

そして、音楽の扱い方が下手過ぎて、違和感を持ちっぱなしだった。本来映画の後ろでそっと寄り添うべき音楽が、全面に出過ぎていたり。PVですか?と言いたくなる。
あの一寸唐突な音楽のいれ方は、椎名林檎の「百色眼鏡」っぽい。
もしかして参考にしたんだろか。
でも、椎名林檎のはあくまで「音楽」が主役だし短編だからあれでありなわけで・・・。

蜷川実花は映画監督ではなく美術担当かなにかをやって、まともな監督を起用したら、もっともっと素晴らしい作品に化けたであろうものすごく勿体ない作品。
椎名林檎の音楽で、蜷川実花による極彩色の花魁の世界を繰り広げること自体は素敵だと思うから。

蜷川実花はやはり美しい静止画をつくることに長けた人であって、映画の人ではない。
そう強く感じた映画。
ストーリーや演出★1つ、色彩と菅野美穂★4つ、だから★2つとしておきます・・・。

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2007/10/13

パリへの道

Angel 来月から、いよいよパリに行く。
18日間パリ滞在。
前半は2人、後半は1人。

今月はまた、パリ熱に浮かされ中。
とりあえず、パリに関して調べる。
パリの本を読む。
フランス語を勉強する。
「助けて」とか、気付いたら覚えてたけど・・・使いたくないな・・・。

出発前に、パリ旅行記用ブログを立ち上げる予定。
で、とりあえず前回の旅行について書いておく。
そうじゃないと、前回と今回でごっちゃになってしまう部分がありそうだし。

パリ再訪。

あの空気の中で、私が感じるものは何だろう。
味わう物は何だろう。
食べ過ぎて太らないように気をつけよう・・・。

ちなみに写真は、ある街角にいた天使を自分で写したもの。
この子がどこにいるか、知っている人多い気がする。
(注:パリじゃなくて東京にて)

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2007/10/12

it's cafe イッツ・カフェ(下高井戸)

Itscafe

先日、知り合いの写真の展示を見る為に、電車でコトコト下高井戸へ。
初上陸、下高井戸。

さっそく道に迷い、コージーコーナーのおばちゃんに聞く。

駅から歩いて1分くらいの近距離にカフェはあった。
ランチタイムだったので、ランチを選ぶ。
店員さんにお勧めをきくと、店員さんが個人的に好きなのはバターチキンカレーかハンバーグだという。
バターチキンカレーを注文。
カレーというより、濃厚なチーズトマトスープっていう感じ。ご飯よりパンに合いそう。
美味しかった。
食後のアイスコーヒーはいまいちだった・・・。インスタントコーヒーをアイスコーヒーにした時のような、微妙な酸味と雑味のような味があった。でも、量は多いのでお得。

肝心の写真は、アメリカ人のおばちゃんの笑顔が素敵だったり、お店の雰囲気に合っていていい感じ。
写真展の様子は、こちらのカフェのブログで。(※この展示は既に終了しています)

ここのカフェは、1週間5000円で作品展示可能なようなので、ちょっと展示してみたいなぁという方におすすめ。
ギャラリー借りると数万いっちゃいますしね・・・。

そうそう、下高井戸といえば駅前市場が有名らしいのだけど、市場というよりアーケード商店街の小さい物という感じだった。
八百屋、魚屋、肉屋、豆腐屋などが並んでいる。
お肉屋さんでコロッケ購入。
じゃんじゃん揚げていて、すごく美味しそうだったんだもの。
コロッケもおすすめ。

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it's cafe イッツ・カフェ
TEL:03-3327-6208
住所: 杉並区下高井戸1-2-14  1F
営業時間:月〜日(水曜日定休) ・12:00〜22:30 ・21:30(LO)
     ランチ ・12:00〜15:00
定休日:水曜日

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2007/10/11

パーク・ライフ / 吉田 修一

Parklife パーク・ライフ
★★★★★
吉田 修一

第127回芥川賞受賞作

書籍の詳細情報はこちら
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私が初めて読んだ吉田修一作品。

当時、芥川賞受賞作だということで本屋に平積みされていた。何気なく手にとって、まず一読。
主人公の日常生活を淡々と描写しただけ?とぴんとこなかった。当時は今よりも深く読み込もうとする姿勢がなかったっていうのもあるのかもしれないけれど。
でも何だか気になるので数日経って再読。
すると非常に丁寧につくられた話であることに気付き、旨味の詰まった小説であることがわかった。その時、吉田修一ってすごいと思ったのだ。

最近また再読。
すると、ほんとにほんとに素晴らしい小説であることを実感した。

この作品の書評を見ると、否定的なものは「都会の生活をただ淡々と綴っただけ」「何も起こらない退屈な話」といった感じのものが多く、肯定的なものは「何も起こらないけれど、細部の描写がよい」といったものが多い。
たしかにこの話は、日比谷公園を中心に主人公の日常が淡々と流れて行き、恋愛も始まるんだか始まらないんだかというところで足踏みしているくらいで何か大きな出来事が起こるわけではない。

でも、ストーリーと描写だけを見たのでは、このパーク・ライフの本当の旨味に気付けているとは言えない。

本当の旨味、それはこのパーク・ライフにでてくるエピソードが全て人間の身体に関係することである点。外側と内側を意識することの繰り返しなのだ。
そこに着目して話を読み進めていくと、非常に面白い。
以下、羅列していきます。読了後の人じゃないと何のことやらって感じだと思いますが・・・。

まず臓器移植の話。人間の身体は外側(身体)は自分のものでも中身(臓器)は人類共有のもので、他の身体に移動してしまうこともあるということ。

宇田川夫妻宅には、夫妻がいない代わりに主人公がいて、主人公の家には代わりに母親がいる。つまり、これも外側(住居)はそこにあっても、中身(住人)は入れ替わった状態。

両親や祖父母の体型までチェックする、つまり外側重視のロイヤルバレエ団の話。

主人公の会社で扱うのは、肌(外側)を美しくする為の入浴剤。

あることを思い出している時(内側)に、周り(外側)からはどう見えるのかという話。

モナリザ(外側)を描いたダ・ヴィンチの、間違いだらけの人体解剖図(内側)。

スタバにいる、外側だけを飾りたてて中身が実は空っぽなことを隠したがる女たち。

フィットネスクラブにおける、目では見えない筋肉の話。

お腹にいる時の赤ちゃんはただの異物だけど、自分の身体から離された途端に自分の一部だと実感した話。

ペアで販売されている人体模型。お腹が閉じられている方には内臓はあるのか?

部屋の中とマンションの外における洗濯物が干しっぱなしの関係。

気球を飛ばして、公園全体を俯瞰したい男。

猫背やイカリ肩の体型に合わせた服を、標準体型の人が着るとエレガントに見えるという話。

などなど。

そして・・・ラストの方で言われる「日比谷公園自体が人体解剖図のようである」という話がでてきた時に、あっ!と思わせられる。
私たちがうろうろしている園内はそれぞれ内臓で、行き交う私たち自身は食物か微生物のようなもの・・・。
ここで、読んでいる方は、今まで外側だと思っていたものがぐわっと内側になり、今までいた場所から視点がぴゅーっと上に上がって行く奇妙な感覚を味わえる。何かの外側にはまた何かがあって・・・というアニメーションでも見ているような。開けても開けても箱がある、の、逆バージョンみたいなやつ。
そして、今まで意識していた「外側」「内側」のエピソードたちが、わーっと押し寄せコラージュをつくっていく。

これはまさに、主人公が冒頭でやっていた、近景、中景、遠景をいっぺんに見る事による遠近の反転、軽いトランス状態というやつじゃないだろうか。
この感覚を味わわせる事が狙いでもあったとしたら・・・唸らざるをえない。
ただし、その感覚を味わえるかどうかは、主人公の真似をした近藤さんがいつも味わえないように、個人差があることなのだと思う。

ラストはラストで、色々な解釈ができて面白い。
もしかしたら彼女は妊娠していて、自分が生まれた産婦人科を目で確かめることで、出産を決意したのかもしれないし、ただ単に実家に帰るのかもしれない。もしくは自分のルーツを確認することで新しいことを始める勇気が持てたのかもしれない。
その事の真相は、主人公を含め外から見ている誰にもわからないのだ。
わからないのだけれど、彼女が何かを決めたこと、そのポジティブな思いだけは伝わってくる、爽やかな終わり方だと思う。

あるテーマにそったエピソードを細かく置いて行くことで、その全体像を描き出そうという素晴らしい作品だと思う。
「身体」その、内と外。
外だけを見て、何がわかっているのか。
外から見ている時に、その内では一体何が起こっているのか・・・。
当たり前だけどいざ再認識するとぎょっとしたりはっとしたりするようなものってあると思うのだけれど、まさにそれに気付かされ、深く考えさせられる話だった。
もっとも、吉田修一さんが実際にそう考えて書いたかはわからないのだけど、こういう楽しみ方もあるということで。

一つだけ疑問なのは・・・作中でスタバ女が「いつのまにかスタバの味がわかる女になっていたんだよね」と言う場面。スタバってそんなに特別かなぁ・・・美味しい珈琲が飲めるところはたくさんあるよねなんて思ってみたり。
でも、あえてそういう女を描きたかったんだろうか。

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2007/10/09

流れ行く秋晴れの空

2007091

空がすーっと高くて
雲がぐんぐん流れて行った秋晴れの空。

遠くに細切れの雲。
手前に塊の雲。

ビルの隙間から覗く空は、
ビルの輪郭で削り取られている分だけ、ひーんと高く澄んでいる。
ぼわーっと見ていたくなる、空。

体調がやっと良くなって思う事。
やっぱり、体調不良は不安を誘発する。
来月のパリ行きが急に不安になったり。
自分の今後の事が漠然と心配だったり。
ベッドでぐったりごろごろしながら、眠れない夜に猫の重さをうんうん感じながら、頭痛の芯で考え事。

気持ちが回復すると、あの時自分が押しつぶされそうになっていた不安の正体って何だったのだろうと思う。
自分が弱っている時にだけやってくる、妖怪みたいなもんかね。
そんなこというと妖怪さんに怒られるか。
「そんなにネガティブなことばっかり考えていると、妖怪◯◯がくるよ」とかありそうじゃない?
「勿体ないお化け」みたいな・・・。

そうそう、あと、横になって考え事をすると前向きに考えられないらしい。
横になった「地に近い状態」というのは、死を連想させるからマイナス思考になりやすいのだとか。
つまり体調不良で横になっている時の考えごとって最悪。
気をつけようっと。

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2007/10/08

ビスロカフェ epices エピス (吉祥寺)

Epices3_2

地下へと続く階段が一寸素敵、吉祥寺にある「ビスロカフェ epices 」
今年オープンしたばかりで、パリの路地裏にあるお店をイメージしているそう。

Epices1 

週末のみやっているランチは、サラダ/スープ/メイン/パンのセットで1000円と、とてもリーズナブル。
この日のスープはお野菜コロコロのミネストローネ、サラダはカツオのサラダ、メインは豚バラ肉とキャベツと豆の煮込み。 ジューシーでかなり満腹に。

Epices2

サプライズのバースデーデザート★
デザートは他にもホールケーキも頼めるそう。
相談にも親身になってのってくれる、素敵なスタッフさんでした。

夜は、素材ごとにお客さんのリクエストに合わせた調理をしてくれるそうなので、夜も行ってみたい。

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ビスロカフェ epices エピス
TEL:0422-47-7255
住所: 東京都武蔵野市吉祥寺南町2-6-1早坂ビルB1F
営業時間:月〜金 17:00〜翌1:00
     土日  11:30〜翌1:00
定休日:水曜日

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2007/10/06

Decadence du Chocolat (デカダンス ドュ ショコラ)の甘い夢

D_choco

ピエール・エルメ氏の弟子だったというステファン・ヴュー氏のお店Decadence du Chocolat (デカダンス ドュ ショコラ)のチョコレート。
「日本とフランスの融合を、小さくてデリケートなチョコレートの中に鮮やかに表現」しているそう。

代官山と渋谷マークシティ内にあって、私が訪れたのはマークシティ内のお店。

先日、明大前から井の頭線で吉祥寺に向かうはずが、何を間違えたのか渋谷に行ってしまった私。
昔から、読書に熱中していたりぼーっとしていたりして逆方面の電車に乗る事が何度かあって・・・。
あとは、降車駅は各駅じゃないと停まらないのに特急に乗っちゃうとか。
そんなわけでせっかく渋谷まで出たから、甘いものでも買ってかえろうと思って立ち寄った。

店構えが上品で素敵。アクセサリーとか売っていそうだもの。
「一粒からご注文いただけますからね」と、お姉さんも親切。

4粒買って、1日1粒味わって食べる。
美味しい1粒が冷蔵庫にはいっているって思うと、なんだか嬉しくなる。
口の中で美味しいチョコレートが融ける瞬間って、「幸せ」の一言につきる。
大抵の女の子はみんなチョコレート好き。
実際、悲しい気分がチョコレートで回復するっていう実験結果もでているそう。

日本チョコレート・ココア協会のサイトで、チョコレートの歴史なんかがわかって結構面白い。
偉いよチョコレート。
いてくれてありがとう。

今週また体調不良っ子だった私。
停滞しているように見えて、日々は流れ週末にさしかかっている。
そんな週もあり?

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2007/10/05

空中庭園 / 角田 光代

51bd2y8wghl_aa240_「空中庭園」
★★★★☆
角田 光代

書籍の詳細情報はこちら
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「何ごともつつみかくさず」をモットーにしている家庭、京橋家を舞台にした話。
「ダンチ」と呼ばれる巨大マンションに生活する、パパ、ママ、長女マナ、長男コウの4人家族。
近所には典型的郊外型巨大ショッピングモール「ディスカバリー・センター」があり、ここに生活する人々は家とディスカバリー・センターの往復で一日を終える。そんな街。
そんな4人家族と、少し離れたところに住む母方のおばあちゃん、パパの浮気相手でありコウの家庭教師であるミーナの6人それぞれの視点で一章ごとに語られる話。

「秘密をつくらないこと」をモットーにしているだけあって、長女のマナが自分はどこでつくられたのかと聞いたら母親は恥ずかしがりもせず「ホテル野猿」だと言う。
なんだその名前はって思うかもしれませんが、これ実在するホテルです。
大学生の頃、友人と車でどこかへ向かっている時に「ホテル野猿」っていう看板を見て激しく笑った記憶が・・・。
いくらなんでも野猿はないでしょうって。
その野猿を冒頭に持ってくるセンス、素晴らしい。

タイトルにもなっている「空中庭園」とは、ママが家庭がうまくいく為には必要不可欠だと信じて植えているベランダの植物たちのことだ。いわゆるベランダガーデニングが空中庭園とは言い得て妙な気がする。バビロンの空中庭園がそもそも庭園の各テラスに様々な植物が植えられていたものだからだ。

あと印象に残ったのは、祖母がいう「人が死ぬ時はもっとも古い、埃をかぶっていたような記憶が無声映画のように静かに流れるんじゃないか」という話。

それぞれの視点で語られる度に、秘密はないと言っていながら各々がしっかり秘密を持っていることが暴かれていく。でも秘密だけじゃなく、ある出来事や思い出に誤解があったことなどもわかっていく。
秘密がないと言いながら実は秘密だらけでバラバラなようにみえた家族、でも最後に絶対的な結びつきを感じることができて救われる。

それにしても、私こういう郊外型巨大ショッピングモールっていうやつも苦手なんですよね。
休みと言えばみんなこぞってショッピングモールに行く、というかそれ以外には行くところがないような地域。
前回書いた「地上八階の海」では新興住宅地だったし、角田さんはそれらを典型的な家族を書くのに必要な地域として出しているのか、それとも私と同じようにそういう地域が苦手てあえて出しているのか・・・。

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2007/10/04

真昼の花 / 角田 光代 (地上八階の海)

41hx6nre5yl_aa240_「真昼の花」
★★★★☆
角田 光代

書籍の詳細情報はこちら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[真昼の花]

日本に帰ってこない兄を追うようにして、東南アジアであてもない旅をする主人公。
そこへ行けば幸運が待っているという気がしていたのだ。
だが、出発前に思っていたような特別なことなど何もなく、あげく闇両替所でまんまとだまされて所持金がなくなってしまう。
それでも帰ろうとしない主人公は、日本企業の前で物乞いまでする・・・という話。

この話には、まるで自分も暑い異国の地にいるかのように思わせる臨場感がある。
自分も安宿に泊まり、あてもなく暑い中歩き目眩を覚えるような、そんな旅をしている気がしてくる。
路地に独特なスパイスの香りが充満しているというと、タイあたりだろうか。
私もタイに行ったことがあるけれど、タイは街自体がタイ料理のあの酸っぱ辛いような匂いで包まれているのだ。日本に来た外国人が「日本はどこも醤油臭い」と言うのと同じかしら。

主人公は、何か困った事があると日本にいる「オオバくん」に電話をする。
日本にある普通の会社で働くオオバくんと主人公は対照的な存在で、彼がちょくちょく登場することで主人公が今置かれている状況の輪郭がよりくっきりとしてくる。
「あんた何やってんの?」と主人公に言うオオバくん。
一週間のお休みもままならないオオバくんにしてみれば、異国の地でお金がなくなったという主人公の悩みなど、贅沢な悩みにうつっているのではないだろうか。だったら帰ってくればいいじゃないかと。

主人公は、バックパッカーのように旅を続ける事で自分が一体どうなりたかったのかと自問する。
街に完全に馴染みたかったのか?でもそれも違う気がする・・・と。
そんな主人公の心を見透かすように、知り合った単身赴任中の日本人男性はこう言う。

「居着いてそれで、何か得られるの?(略)何か見た、何か得た、だから帰れないというよりも、モラトリアムを伸ばしすぎて現実へ帰れないだけなんじゃないかな。魅力的というのはつまりそういうことでしょう。どんなに長くいたって旅は旅だ、生活じゃない。生活じゃない部分で生活の真似事ができるから魅力的なわけでしょう。」

「全部揃っているのに飽きてわざわざ不便なところへ来るんだもの。でもね、現実に下りてこなきゃだめだよ。ここの人たちが貧しいから自分もその中に溶けこもうとしても、何もわからないんだよ。楽して何かわかったり見たりした気になっちゃだめだよ」

彼は、日本企業に勤め現地で裕福に暮らす男である。
バックパッカーの実状なんて本当に知っているわけではない。
でも、日常を生きている人からみたら、主人公たちがやっていることはそう見えるのだということを知らされる。
そこで主人公は気付く。

「私は本当に困ってみたかっただけなのだ」

と。
それは結局、日本の銀行にお金がきちんと貯蓄されている余裕がさせている、ごっこでしかないのだ。

最後には、主人公が漠然と目的に設定していたことが不要なことであると気付いたようにみえて、少しほっとした。
必死に求めてしがみつこうとしているものを、手放した瞬間に救われることってあるよなと思った。

[地上八階の海]

主人公の兄夫婦が暮らすマンションの一階に、主人公の母親が引っ越した。
駅前には真新しい駅ビルと異国風のショッピングモールがあるものの、テナントが半分もはいっていなくて薄暗い。
モールの先、閑散とした古びた商店街を抜けるとある「ヒルサイドテラス」というマンションは、そこだけが別世界のように芝生が広がり母親と子供たちがはしゃいでいる。

こういうところって、いわゆる新興住宅地というものだろうか。
私はそういう、つくられたわざとらしい真新しさと明るさというものが苦手だ。
何もかもぴかぴかと新しくて、新婚家庭が、子供が、わんさかいる地域。
伝統やその地域の文化というものとは、完全に切り離された場所。
作中でもこんな風に描写される。

一方は畑や空き地、もう一方は時代に取り残されたような商店街に挟まれて、突然そびえ建つこのマンションには、本当に見えない囲いがはりめぐらされているようだと、老婆の背中を見ながら思った。どこもかしこも新しいマンションの明るい壁の色からにじみでる、人々の未来や希望の重量がぶあついバリアを作っているみたいだ。

山本文緒さんも新興住宅地にそういう違和感を感じていて、それで書いたのが「眠れるラプンツェル」じゃなかったっけ。
そんな冒頭からして、居心地の悪さを感じる。
しかも、この文中で「老婆」と言われているのは実は主人公の母親である。
若い人しか見かけないヒルサイドテラス内に老婆がいるなんて・・・と思ってよく見たら、実は自分の母親だったという場面である。
どう見ても合わない世界に放り込まれ、それでもその生活に順応しようと生きる母親の姿は悲しいのか、それとも逞しいのか・・・と考えさせられた。

あとは、主人公が元カレと別れた理由が興味深かった。
主人公の家で当たり前のように「オレンジジュースをくれ」という彼への激しい嫌悪。
それは、図々しさに対してではなく、主人公の家とは違って常にオレンジジュースがある知らない家庭が透けて見えたことへの拒絶なのだ。

この主人公は、周囲の人が当たり前のように結婚し家庭をつくり赤ちゃんをかわいいと思うことに疑問を持ち、そう素直に思えない自分はやっぱり普通のふりをしたいかれた人なんじゃないかと悩む。でも果たしてその「普通」が幸せなのか?
「家庭」「家族」「家」のあるべき姿について考えたくなる作品。

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