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2007/08/09

アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌

Hcb

その一瞬を待つあいだ、私は神経の束になる。
この感覚はどんどん大きくなり、そして爆発する。
それは空間と時間があらためて結ばれた肉体的な喜びであり、ダンスだ。
そう! そう! そう! そう!

-Interview from Vanity Fair-

先日、東京国立近代美術館の
「アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌
"De qui s'agit-il?" Retrospective de Henri Cartier-Bresson」
を見て来た。

「決定的瞬間」をとらえた写真家として知られるフランスの写真家アンリ・カルティエ=ブレッソン。
プロの写真家だから当たり前なのかもしれないけれど、彼の写真はどれも構図が完璧でどこにも隙がない。
一瞬を切り取る時に、何故ここまで完璧な構図で捉えることができるのか。
また、一枚の中にその場の出来事、背景、息づかい、そういったものをぎゅっと閉じ込めているのでとても濃い。
見るものはその瞬間に至るまでの物語を、これから起こる事を、つい想像してしまう。
美術館で一枚一枚の写真を見る度に、ため息がでそうだった。
世界の様々な場所で写真が撮られているのだけれど、やっぱり私はパリが好きだなと思った。
「《サン=ラザール駅裏、パリ、フランス》 1932年」が一番好み。
ひっそりとした駅裏の光景に対して踊るように軽やかな人影とパリの空気感。すごく気持ちのいい写真。


写真は私にとって、持続的な注視から湧き上がってくる
衝動と言えるものであり、それは瞬間とその永遠性とを
掴みとろうとするものだ。
デッサンは、意識が瞬間に掴みとったものを、筆跡に
よって精緻に描き出すものだ。
写真とは瞬時の動きであり、デッサンは思索なのだ。

-Henri Cartier-Bresson,L'imaginaire d'apres nature-

私にとって写真は記録に近いもので、多少構図を気にはするけれど、練りに練って一瞬に命をかけて撮った事などない。
写真家ではない私にとって、この言葉はとても大きな衝撃を持っていた。
写真という表現方法。
デッサンという表現方法。
その性質。

会場では、カルティエ=ブレッソンの絵画も展示されていた。
下手ではないのだけれど、絵はぴんとくるものがなかった。
やはり彼は写真家が天職だったのでしょうね。

この展示のチケットを買うと、「アンリ・ミショー展 ひとのかたち」やその他常設展示も見ることができるのだけれど、カルティエ=ブレッソンが濃くて凄すぎて、アンリ・ミショーの展示が何だか「手抜き」な感じがしちゃって。早足でぐるっとまわっちゃいました。常設展示のポップな現代アートなんかはもう霞んじゃって霞んじゃって。。。

それにしても、美術館の中寒すぎ。
でんこちゃんに怒られないような温度にすればいいのに。ねぇ。

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コメント

わあ、これ、見に行きたいわ~。
興味持った。インタビューの言葉とか。

投稿: snow | 2007/08/11 11:34

ほんと、素敵な写真展だったよ。
写真も、彼の考え方も。
おすすめ〜。

投稿: *yuka* | 2007/08/11 16:14

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