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2007/07/01

斜陽 / 太宰 治

Img_0001「斜陽」
★★★★★
太宰 治
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
古本屋で購入し、読もうと思ってページを捲ったら、タイトルの裏のページに書き込みがあった。

美紗ちゃんにこの本を贈ります。
太宰から人生の深さを読み取ってね。
私が一番スキな「斜陽」です。

Lovexx 里子 1994
※プライバシーに配慮して、名前は偽名です。また、文章は少し変えてあります。

・・・里子ちゃん・・・せっかくの贈り物は古本屋にありましたが・・・。
どういう経緯で美紗ちゃんはこの本を手放したのかしらとか、色々考えてしまった。
全く好みじゃなかった?
実は里子ちゃんが嫌いだった?
亡くなってしまった後に家族が売ってしまった?
とかとか。

しかもこの本は、発行所なんかが載っているページには、美紗ちゃんでも里子ちゃんでもない人の住所入りのスタンプ(年賀状とか手紙に押すようなやつ)があった。
こんなに書き込みがある古本自体初めてだけど、何人の手を渡って来たのか、みんなどんな風に読んだのか、考える機会になって面白かった。

そんな「斜陽」ですが・・・昭和20年、没落貴族となったかず子とその母、弟の直治、作家の上原の話である。


 朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、
「あ」
 と幽かな叫び声をお挙げになった。
「髪の毛?」
 スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。
「いいえ」
 お母さまは、何事も無かったように、またひらりと一さじ、スウプをお口に流し込み、すましてお顔を横に向け、お勝手の窓の、満開の山桜に視線を送り、そうしてお顔を横に向けたまま、またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。ヒラリ、という形容は、お母さまの場合、決して誇張では無い。婦人雑誌などに出ているお食事のいただき方などとは、てんでまるで、違っていらっしゃる。

こんな美しく優雅な言葉で、始まる。
かず子の母親は冒頭のこの描写でわかるように生まれつき上品な人。周囲に最後の貴族と言われている。

父親を亡くしたかず子たちはやがて生活に困り、東京の家を売り払って伊豆へ引っ越して行く。
ここから、かず子たちは没落していく・・・という話。以下内容にふれていきます。

かず子は、伊豆でうっかり火の不始末からぼや騒ぎを起こしてしまう。
火事を起こすところだったという一大事に、また、自分のような人間がそんな失敗をしでかしてしまったという事の重さにかず子は大きなショックを受け、母親も悲しみ神経質になってしまう。貴族として世間知らずに育った2人の弱さや幼さを巧く表しているエピソードだと思う。優等生として育って来た人程失敗には脆く、自分のような人間が何故こんな失敗を・・・なんて打ちひしがれてしまうものなのだ。社会に出てみると、そういう出来事って自分であれ周囲の人であれ、どこかしらにあると思う。

かず子は昔一度だけ、弟直治の知り合いである作家の上原との間に「ひめごと」があった。
そのことをずっと心の中で特別なこととしていたかず子は、何年も時間が経ってから上原に思いを綴った手紙を送る。その手紙はかず子が勝手に上原も自分を特別な人と思っていると決めてかかっているような内容で、自分と結婚したがっている男の話をだして駆け引きしていたり、客観的に見てなかなか滑稽な手紙である。かず子は三通手紙を送るのだけれど、返事がこない理由を勝手に推測してそれをまた手紙に書いていたりもする。もし今の時代に、昔一度だけたまたまキスをした人からこんなに重たい手紙がきたら「ストーカー?」と呼ばれてもおかしくないような内容である。
でも、こういうことって今の時代でも違うかたちであるんじゃないだろうか。
例えば何でも無い事を勝手に特別な思い出にして相手もそうに違いないって思い込んでいる人とか、両思いって勘違いしている人とか、独りよがりのメールを送ったあげくに返事を強要するとか・・・。
時代も違うし太宰はかず子の手紙を滑稽なものとして書いたわけではないのだろうけれど、私は恋愛で思い込みの激しい人を見た気がしてなかなか面白かった。

母親が亡くなった後、かず子は恋にすがって生きることにする。
「戦闘、開始」と繰り返しつぶやくかず子がなんだかかわいい。
上原を追いかけて、東京の荻窪の自宅へ来たかず子。
上原は不在で、その妻と娘に会うのだけれど、これまた勝手に「いつかは私を敵と思って憎むのだろう」と大真面目に考えてしまうところが面白い。まだあなたと上原の関係自体スタートしていませんよ〜と突っ込みたくなる。
その後かず子は上原を探して、荻窪から阿佐ヶ谷へ行き、西荻の飲み屋でやっと再会する。
上原は、かず子の記憶の中のその人とはかけ離れ、見窄らしい男になっていた。

この上原と仲間が酒を飲む場面が妙にリアルである。「ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ」というかけ声にのりながら酒を飲み、インテリだとでもいうように時には議論もかわしたりするのだけれど、皆心のどこかで意味のないことをわかっているようでもある。でもそれでも、生きる支えとして繰り返し繰り返し飲み続けて誤摩化しながら過ごして行く。しかも、上原の家では電球も替えられないのに上原は飲み歩いているのである。
こういう人っているよな〜と思う。弱くて一人じゃ生きられなくて、だからといって一対一の真剣な友達付き合いもできず、ただ集団で群れて内輪で盛り上がって安心している人。家庭のことも満足に出来ないのに、外に居場所を求めて遊び歩く人。

かず子は複雑な思いを抱えながらも、上原とその夜結ばれてしまう。
でも、かず子は同情の末に本当の愛情を見たのかもしれない。

弟の直治はその朝自殺をしていた。
その直治からかず子への手紙が、本当に弱くて悲しくなってしまうような内容。
麻薬にはまり、酒で荒れ、強気な発言をしていた弟の内側の脆さ。
女遊びをしていても、本当に好きな人には思いを告げられない人。

かず子は、弟の死後に上原に手紙を送る。
この手紙が秀逸である。下記は一番好きな部分。

マリヤが、たとい夫の子でない子を生んでも、マリヤに輝く誇りがあったら、それは聖母子になるのでございます。

あのかず子が、家の没落と肉親の死、上原との恋の成就を通して成長した様がよくわかるのである。

本の紹介では「四人四様の滅びの姿」と書かれている。たしかに、かず子の母はお金が無くなってから気も弱り、病で亡くなってしまうし、弟は貴族から民衆への転身を夢見つつもうまくいかずに自殺してしまう。上原も酒に溺れる駄目な男である。かず子は不倫をして子を宿してしまう。
でも、この小説では、それぞれの檻の中でそれぞれが精一杯抗って考えて生きている様が見られるのが素晴らしいし、特に弱くて精神的に幼かった(年齢は29)かず子が徐々に強く逞しくなっていき、最後にはシングルマザーとしてやっていく決意を固めるところがいいのだと思う。
彼女らの一生を通して、「自分も頑張らなければ」「人生ってなんて面白い」と思える。
美紗ちゃん、里子ちゃん、スタンプの彼女の手を本が渡って来たように、人の数だけ苦しみと希望があって、出会いもあるのだ。

影が濃いからこそ、光が強く浮かび上がるはっきりとした世界「斜陽」
まさにタイトル通りの小説なのである。

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コメント

わたし、これ読んだことないと思うのだけれども、なぜか、冒頭のところ知っているの。
なんだろう?
すごくリズムがあるというか、印象的なんだよな。冒頭のところ。
暗唱できそうな感じというか。
しかし、古本って、読んだ人の歴史が垣間見れるのね。何だか、私も2人の女の子、勝手にイメージしちゃった。
文学少女な里子ちゃんほど、美紗ちゃんは、この本が好きじゃなかったのではないかしら?
空気が読めていそうで、読めていない2人の女の子の友情。という私の解釈。

投稿: snow | 2007/07/02 02:10

何でだろうね、何かで冒頭だけ載っていたのかな?
太宰はネットで無料で読めたりもするので、もし興味があればぜひ。

メッセージの原文はもっと熱くて・・・、たしかに2人に温度差があったのかも。里子ちゃんがかず子のようなタイプだったのかもね(笑

メッセージ入りの本って、すごく大切な人から自分も好きな本に・・・だったら嬉しくて宝物になっちゃうけど、そうでもない人とか、全然好きな本じゃなかった時微妙だね〜。。。

投稿: *yuka* | 2007/07/02 09:50

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