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2007/06/12

ブルース/花村萬月

51xpmy706bl_aa240_「ブルース」
★★★★★
花村萬月

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横浜の寿町で、日雇労働者が宿泊するための「ドヤ」という簡易宿泊所で生活する村上は、ヤクザの徳山の元で巨大タンカーのスラッジ清掃の仕事をしている。
刺激臭がひどく、身体に付着すると一週間は落ちないスラッジの清掃。有毒ガスが発生する、十五階建てのビルと同じくらいの深さのタンクの底。命がけの作業であるスラッジ清掃は、まさに社会の底辺とも言える仕事である。

この村上とヤクザの徳山、それにブルースを歌うハーフの歌姫綾の物語である。

物語の冒頭で、スラッジ清掃をしていた崔が亡くなる。
その亡くなり方が、非常にグロテスクである。
崔はタンクの底に落下したうえに、バッタ打ちの熱湯で茹で揚げられてしまうのだ。
私はここの描写で、一気に食欲が失せた。

また、アンコたちを仕切るヤクザの徳山は、津田越前守助広(つだえちぜんのかみすけひろ)という日本刀でアンコたちを脅すという恐怖政治のようなことを行っている。気に食わない者がいたら、指や腕をすぱっと落としてしまうのだ。

海上にある、孤島とも言える巨大タンカーの中で行われる暴力。
逃げ場所はない。
読んでいる自分も同調し、読み始めは気分が塞ぎ息苦しかった。

だが、これはただの暴力小説ではない。
読み進めるうちに、登場人物たちが抱える闇の深さに、嫉妬や愛情の大きさに、人物造形の濃さに、飲み込まれてしまうのだ。550ページの長編なのだけれど、どのページを切り取っても濃いってすごい。

同性愛者の徳山の愛情表現は「暴力」
村上を愛するあまり、村上と仲良くする崔を殺してしまうくらいの愛情の強さ。
感情の持って行き方が下手で不器用な徳山の哀しみはどれだけ大きいのだろうと考えると、胸に詰まる。
一番切ない登場人物だ。

綾は、美しすぎるが故の孤独を抱え、ハーフであることの劣等感を根底に漂わせている。
そんな綾だからこそ、人の心に響くブルースが歌える。

村上は、もともとはブルースミュージシャンを目指していた才能ある青年だった。
夢を諦め、音楽を手放し、寿町で日雇い労働者に身をやつすようになったのだ。
シカゴのゲットーと、横浜の寿町の共通点。
綿畑できつい刺で手を血まみれにしながら綿つみをした黒人たち。
村上は、自分の檻をコトブキに求めることで、心の底ではブルースを探し続けていたのかもしれない。

誰もがそれぞれのかたちの檻を持ち、苦しむのが人生。
でも、その苦しみを解放して生きていく糧になるのが「ブルース」である。
3人分の人生と3人分の愛の形が凝縮されたような、傑作小説だと思う。
小説ではとかく陳腐になりがちな音楽の場面を、非常に美しく深く描写できているところも素晴らしい。
読後には、実際には聴いていないブルースの余韻が残り続ける。

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» 花村萬月「ブルース」(カドカワノベルズ) [本の虫]
 花村萬月「ブルース」(カドカワノベルズ)を読了。ロックとブルースという違いはあれ、同じく音楽を題材とした小説だが、「ゴッド・ブレイス物語」より格段にいい。  書き出しの港湾労働に俗語が多く入りづらいことと、主人公・村上の友達で主要な役割を担う崔に魅力が乏しいことをのぞけば、物語に破綻もなく素直に感情移入できる作品だ。これまで読んできた花村作品の中でも、「皆月」、「ゲルマニウムの夜」と並ぶ傑作である。... [続きを読む]

受信: 2007/06/15 13:41

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