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2007/05/30

薬指の標本(映画)

「薬指の標本」
2007年
監督: ディアーヌ・ベルトラン
原作:小川洋子
出演:オルガ・キュリレンコ 、マルク・バルベ、スタイプ・エルツェッグ
公式HP
★★★★★
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Lannulaire20歳の女性イリスは、ある日働いているサイダー工場で事故に遭い、薬指の先を失ってしまう。事故にショックを受けたイリスは、引っ越して新しい仕事を探す。たまたま求人広告を見つけた標本室で助手として働きはじめる。標本室では標本作製士の男性が一人で働いていた・・・といった話。

以下内容にふれていきます。

私は原作本を読んでいるのだけど(書評はこちら)、古びた浴室、標本がはいった試験管、標本室・・・原作を読んだ時に浮かんだイメージが忠実に映画になっている印象を受けた。
小川洋子さんの作品というのは、静かで美しい色を纏っている。そして淡々と時間が過ぎて行く。
その雰囲気が見事に再現されている。
小川洋子さんは「小説を書き上げた十二年前、くまなく歩いた自分だけの標本室に、久しぶりに戻ってきたかのような、あるいはその折り会った登場人物たちと、再開できたかのような気分だった。」とおっしゃっています。原作者にとってはこんなに嬉しい事ってないだろうなぁ。

ちょっと残念だったのは、イリスが指を失う場面。
原作では下記のように表現されている。

ふと気がつくと、吹き出した血がタンクの中に流れ込み、サイダーを桃色に染めていた。
その澄んだ色が、泡と一緒にぷつぷつと弾けていた。

わたしの残像の中でその肉片は、桜貝に似た色をしていて、よく熟した果肉のように柔らかい。そして冷たいサイダーの中をスローモーションで落ちてゆき、泡と一緒にいつまでも底で揺らめいている。

透明感のある桃色のサイダーがしゅわしゅわしている様子、主人公が回想する桜貝のような肉片が舞う様子。美しく非常に印象的な場面で、私は小説の中でここが一番好きだった。
でも、映画では前者は美しいとは言いがたいし、後者の主人公の回想に至っては出てこない。
映像にするとどうしてもグロテスクになってしまう場面なのかもしれないけれど、主人公が美化した回想でいいから桃色のサイダーと、その中で舞い踊る桜貝のような小さな物という場面を出して欲しかった。

標本作製士は、小説で「弟子丸氏」にあたる人物なのだが、もっと線が細くて若くて、でもどこか危うげな印象の人をイメージしていたので、映画の標本作製士を見た第一印象は「ちょっとごついなぁ・・・」だった。あともっとあたたかいイメージだったのだけど、イメージよりは冷淡な印象。
監督は、標本作製士にシャルル・ペロー執筆の童話「青髭」を重ねているらしい。言われてみれば、標本室にだけは決してはいってはいけないとか、たしかに似ている。果たしてそこで何が行われているのか、気になって仕方がなくなるところも。

原作と異なり、イリスは夜間船員コスタとルームシェアをする。顔も知らない相手とのルームシェア。
イリスが外出中の部屋では、コスタが生活をしている。この「イリスの不在」という何て事のない場面は、時間を感じることが出来ない標本室にイリスがいる間にも時は流れているということが感じられて面白い。日常と非日常の
対比といったところか。

イリスは標本作製士に靴をプレゼントされる。
イリスの足にあわせてつくったかのような赤い靴は、イリスの足を包んで離さない。
靴に囚われると同時に、イリスは標本作製士に恋をしていく。
いつだって履くようにと命令された靴は、やがてイリスの足を浸食しはじめる。
原作では「黒い靴」だったけれど、映画では「赤い靴」になっていた。
だからどうしても、アンデルセン作の童話「赤い靴」をイメージさせる。
靴に呪われた少女は靴を脱げなくなり、死ぬまで踊り続けなければならなくなった・・・という話である。
童話の少女は両足首を切断することでやっと靴から離れられるのだけど。
それをふまえて見ると、標本作製士に恋するように呪いをかけられた靴という解釈もできる。
なお足が浸食されていく様子を表現する為に、撮影時には、場面ごとに違うサイズの靴を用意したらしい。その拘りが素敵。

原作では、「和文タイプ」の活字盤を主人公が落としてしまい弟子丸氏に諭すような穏やかさで「さぁ、拾うんだ」と言われ、一人で一晩中拾い集める。映画では活字盤が標本室に中国人が持って来た麻雀牌になっていて、標本作製士の態度はちっとも穏やかではなく突き放すような冷淡さがあった。
英文タイプだと和文タイプに比べて個数が少なすぎるということもあるのだろうけど、麻雀牌というアイテムはこの作品の中で浮いているような・・・。部屋一面に散らばる麻雀牌と点棒・・・ここは雀荘ですか?な感じだ。フランス人からすれば、麻雀牌ってミステリアスなアイテムなのかな。でも、漢字が読めないイリスが萬子を正確に並べられる気がしない。もっといいアイテムはなかったのかしら。

イリスは、火傷を標本にしてくれという少女が、自分ははいれない標本室に標本作製士と一緒にはいっていく様子に激しく嫉妬する。さらに元電話交換手の老婆から「今まで来た助手の人たちは皆行方不明になっている」と聞き、標本室で何が行われているのか気になってしまう。
「青髭」と同じであれば、標本にしたい女性を標本室で殺し、標本として閉じ込めてしまうということになる。それを想像すると一寸寒気がする。

靴磨きのおじいさんは、イリスの足が靴に浸食されはじめていることを心配し、「その靴を標本にしてもらえ」と言う。でも結局イリスは、薬指を標本にしてもらうために自ら靴を脱ぎ、まばゆい光に包まれた標本室へとはいっていく。最終的にイリスは、自分の意志で標本作製士を選んだ・・・ということである。
標本室で実際に何が行われているのか、今まで行方不明になった女性たちはどこにいるのか、そういったことは明かされないまま映画は幕をとじる。でも、その謎に包まれた様子がいいのだ。

私はDVDで観たのだけれど、これは狭いところの小さな画面で観るのに最適な作品。
自分だけの標本室がそこに鎮座しているような気持ちになる。
静かで官能的な映画。
標本の一部を秘密で見せてもらったような、そんな後味。

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 この映画に関しては、フランスの監督が日本の作家・小川洋子の同名小説を映画化したものというくらいの認識しかなくて、さほど期待してなかったんですが、思いがけずよかったですね、映画『薬指の標本』。小川洋子って、『博士の愛した数式』しか私は読んでいなかったんですが、こういうおとぎ話めいたお話も書けるんですね~。... [続きを読む]

受信: 2007/05/30 21:44

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