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2007年5月

2007/05/30

薬指の標本(映画)

「薬指の標本」
2007年
監督: ディアーヌ・ベルトラン
原作:小川洋子
出演:オルガ・キュリレンコ 、マルク・バルベ、スタイプ・エルツェッグ
公式HP
★★★★★
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Lannulaire20歳の女性イリスは、ある日働いているサイダー工場で事故に遭い、薬指の先を失ってしまう。事故にショックを受けたイリスは、引っ越して新しい仕事を探す。たまたま求人広告を見つけた標本室で助手として働きはじめる。標本室では標本作製士の男性が一人で働いていた・・・といった話。

以下内容にふれていきます。

私は原作本を読んでいるのだけど(書評はこちら)、古びた浴室、標本がはいった試験管、標本室・・・原作を読んだ時に浮かんだイメージが忠実に映画になっている印象を受けた。
小川洋子さんの作品というのは、静かで美しい色を纏っている。そして淡々と時間が過ぎて行く。
その雰囲気が見事に再現されている。
小川洋子さんは「小説を書き上げた十二年前、くまなく歩いた自分だけの標本室に、久しぶりに戻ってきたかのような、あるいはその折り会った登場人物たちと、再開できたかのような気分だった。」とおっしゃっています。原作者にとってはこんなに嬉しい事ってないだろうなぁ。

ちょっと残念だったのは、イリスが指を失う場面。
原作では下記のように表現されている。

ふと気がつくと、吹き出した血がタンクの中に流れ込み、サイダーを桃色に染めていた。
その澄んだ色が、泡と一緒にぷつぷつと弾けていた。

わたしの残像の中でその肉片は、桜貝に似た色をしていて、よく熟した果肉のように柔らかい。そして冷たいサイダーの中をスローモーションで落ちてゆき、泡と一緒にいつまでも底で揺らめいている。

透明感のある桃色のサイダーがしゅわしゅわしている様子、主人公が回想する桜貝のような肉片が舞う様子。美しく非常に印象的な場面で、私は小説の中でここが一番好きだった。
でも、映画では前者は美しいとは言いがたいし、後者の主人公の回想に至っては出てこない。
映像にするとどうしてもグロテスクになってしまう場面なのかもしれないけれど、主人公が美化した回想でいいから桃色のサイダーと、その中で舞い踊る桜貝のような小さな物という場面を出して欲しかった。

標本作製士は、小説で「弟子丸氏」にあたる人物なのだが、もっと線が細くて若くて、でもどこか危うげな印象の人をイメージしていたので、映画の標本作製士を見た第一印象は「ちょっとごついなぁ・・・」だった。あともっとあたたかいイメージだったのだけど、イメージよりは冷淡な印象。
監督は、標本作製士にシャルル・ペロー執筆の童話「青髭」を重ねているらしい。言われてみれば、標本室にだけは決してはいってはいけないとか、たしかに似ている。果たしてそこで何が行われているのか、気になって仕方がなくなるところも。

原作と異なり、イリスは夜間船員コスタとルームシェアをする。顔も知らない相手とのルームシェア。
イリスが外出中の部屋では、コスタが生活をしている。この「イリスの不在」という何て事のない場面は、時間を感じることが出来ない標本室にイリスがいる間にも時は流れているということが感じられて面白い。日常と非日常の
対比といったところか。

イリスは標本作製士に靴をプレゼントされる。
イリスの足にあわせてつくったかのような赤い靴は、イリスの足を包んで離さない。
靴に囚われると同時に、イリスは標本作製士に恋をしていく。
いつだって履くようにと命令された靴は、やがてイリスの足を浸食しはじめる。
原作では「黒い靴」だったけれど、映画では「赤い靴」になっていた。
だからどうしても、アンデルセン作の童話「赤い靴」をイメージさせる。
靴に呪われた少女は靴を脱げなくなり、死ぬまで踊り続けなければならなくなった・・・という話である。
童話の少女は両足首を切断することでやっと靴から離れられるのだけど。
それをふまえて見ると、標本作製士に恋するように呪いをかけられた靴という解釈もできる。
なお足が浸食されていく様子を表現する為に、撮影時には、場面ごとに違うサイズの靴を用意したらしい。その拘りが素敵。

原作では、「和文タイプ」の活字盤を主人公が落としてしまい弟子丸氏に諭すような穏やかさで「さぁ、拾うんだ」と言われ、一人で一晩中拾い集める。映画では活字盤が標本室に中国人が持って来た麻雀牌になっていて、標本作製士の態度はちっとも穏やかではなく突き放すような冷淡さがあった。
英文タイプだと和文タイプに比べて個数が少なすぎるということもあるのだろうけど、麻雀牌というアイテムはこの作品の中で浮いているような・・・。部屋一面に散らばる麻雀牌と点棒・・・ここは雀荘ですか?な感じだ。フランス人からすれば、麻雀牌ってミステリアスなアイテムなのかな。でも、漢字が読めないイリスが萬子を正確に並べられる気がしない。もっといいアイテムはなかったのかしら。

イリスは、火傷を標本にしてくれという少女が、自分ははいれない標本室に標本作製士と一緒にはいっていく様子に激しく嫉妬する。さらに元電話交換手の老婆から「今まで来た助手の人たちは皆行方不明になっている」と聞き、標本室で何が行われているのか気になってしまう。
「青髭」と同じであれば、標本にしたい女性を標本室で殺し、標本として閉じ込めてしまうということになる。それを想像すると一寸寒気がする。

靴磨きのおじいさんは、イリスの足が靴に浸食されはじめていることを心配し、「その靴を標本にしてもらえ」と言う。でも結局イリスは、薬指を標本にしてもらうために自ら靴を脱ぎ、まばゆい光に包まれた標本室へとはいっていく。最終的にイリスは、自分の意志で標本作製士を選んだ・・・ということである。
標本室で実際に何が行われているのか、今まで行方不明になった女性たちはどこにいるのか、そういったことは明かされないまま映画は幕をとじる。でも、その謎に包まれた様子がいいのだ。

私はDVDで観たのだけれど、これは狭いところの小さな画面で観るのに最適な作品。
自分だけの標本室がそこに鎮座しているような気持ちになる。
静かで官能的な映画。
標本の一部を秘密で見せてもらったような、そんな後味。

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2007/05/29

猫的瞑想

P1010165ヨガ的な瞑想をしようとチャレンジすると
うちの猫が腹にのる。

相手しないと、
「ニャー」「あーん」「ママー」「何何、どうしちゃったのぅ?」とか一生懸命話しかける。
うう・・・ママは今瞑想中だよ。

あとね、何故トイレにはいった途端に探すのかな?
直前まで寝てたはずなのに・・・ねぇ?
遠くの別の部屋より、近くのトイレの方が不安??
猫心は複雑です。

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2007/05/28

ブラフマンの埋葬/小川 洋子

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「ブラフマンの埋葬」
★★★★★
小川 洋子
第32回泉鏡花賞受賞作

書籍の詳細情報はこちら
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夏のはじめのある日、ブラフマンが僕の元にやってきた。朝日はまだ弱々しく、オリーブ林の向こうの空には沈みきらない月が残っているような時刻で、僕以外に目を覚ました者は誰もいなかった。

ある出版社の社長の遺言でつくられた<創作者の家>は、あらゆる種類の芸術家の為の無償の仕事場。
主人公はそこの住み込みの管理人。
そんな主人公の元に傷ついた動物がやってきた。
僕はサンスクリット語で「謎」という意味の「ブラフマン」という名をつけ、その動物を飼う・・・という話。

以下、内容にふれていきます。

村の中心部から10分程のところ、すぐそばに木々が茂る森のそばに<創作者の家>はある。
僕は、<創作者の家>に来る芸術家たちには内緒でこっそりとブラフマンを飼い始める。
<創作者の家>に工房をもつ、碑文彫刻師が彫った墓石の中から選んだ名前「ブラフマン」
ブラフマンは、はじめ犬かと思ったのだけれど、水かきや鉤状の爪があり、ラグビーボールのような体格らしいというあたり違うようである。ヒマワリの種が好きらしいので、げっ歯類かとも思うのだけれど、描写によってイメージできるのは子犬の瞳。
サンスクリット語で「謎」を意味する通り、読者にとってブラフマンの正体は謎なまま物語は進む。

この小説には、ブラフマン以外には「名前」がでてこない。
僕、碑文彫刻師、雑貨屋の店主、娘、クラリネット奏者、ホルン奏者、レース編み作家・・・。
どこかの国のどこかの街で起こった、朧げな物語のように進んで行く。
日本であっても、ヨーロッパであってもおかしくない。

また、タイトルにある「埋葬」は物語世界全体を包んでいるキーワードでもある。
墓石に文字を刻む碑文彫刻師、ラベンダーの箱に死者をいれて川を流す昔の埋葬方法、古代墓地、ほこらと石棺、骨董市で買った遠い昔に亡くなってしまったであろう古い家族の写真・・・。
静かで神聖な、まるで朝霧のような「死」と「弔い」の雰囲気がたてこめている。

朝霧と言えば、こんな場面がある。

朝霧の冷たさとブラフマンの温かさが、僕の中で一つに溶け合っている。僕は伸びをする。ブラフマンも真似して、耳までも届かない前脚を精一杯のばす。

元気な時のブラフマン、その生命の温かさがここに描かれている。
何て事のない朝の場面、でもそれはかけがえのない一瞬。

タイトルにあるように、物語は最終的にはブラフマンが亡くなることでとじられる。
僕、碑文彫刻師、ホルン奏者、レース編み作家に見送られ、静かに行われる埋葬。
まるで絵画のような美しさで行われる。

いつか必ず訪れる愛しい者の死。
残された者はそれを慈しみ、やがては残された者も亡くなり、長い長い時間をかけて、そんなことは無かったかのように静かにひっそりとかき消えてしまう。私たちには到底逆らえない、大きな自然の摂理。
早朝の朝霧のようにひんやりとして静謐なイメージだけれど、朝露のようなきらめきが顔を見せ、その底に確かにある温かい愛も感じられ、何とも言えない安らかな読後感が残る不思議な物語。
心に静かに染み入って、また読み返したくなる話。

それにしても、「娘」はどうも好きになれなかった。
自己中心的で、自分に気がある僕を利用していて、物語の中の唯一の悪者に見える。
でも、ある意味人間らしかったのも彼女かもしれない。

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2007/05/24

キッズ・アー・オールライト/岡田 智彦

51fxej5wh1l_aa240_「キッズ・アー・オールライト」

岡田 智彦
第三十九回文藝賞受賞作

書籍の詳細情報はこちら
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リレキショと同時受賞の作品。

ビリィの右手はカニはさみのような形で、手当り次第に何でも破壊する。
やくざの隠し子で不良の「おれ」は、親父の逮捕をきっかけにやくざたちとの抗争を始める・・・といった話。

以下、内容にふれていきます。

「おれ」は躊躇することなく暴力をふるうことができ、喧嘩にも滅法強いタイプ。
おれは冒頭でいきなり喧嘩をはじめる。
だが、そんなおれをビリィは軽々と倒してしまう。
ビリィの正体がわからないまま、物語は進む。

主人公が都会から移り住んだとある地方都市。
高校では、血の気の多い不良たちが抗争を繰り広げていたりする。
でも、主人公は冷めた目でそれらを見ている。

小説内では生々しい暴力が繰り広げられ、大した緊迫感もないまま人が何人も死ぬ。
誰が敵で誰が味方かわからない状態にもなる。
意味不明な幽霊が登場したり、ところどころ物語が破綻しているのだけれど、予想しなかった展開が繰り広げられていき、ちょっとミステリーっぽい。だから、この先どうなってしまうのだろう?とついついページをめくってしまう。 
チャン・キとのエピソードがちょっと良い。

結末は、「何でこうしてしまったの?」という感じですごく不満が残る。
これではホラーじゃないか。

その他、( )で補足することが多かったり、ウケを狙いすぎて寒い表現なんかもあったりする。
いきなりお芝居の台本風な書き方にして、セリフだけで場面を進めてしまい、明らかに描写をさぼっている箇所もある。
情景を描けていなかったり、強引な展開があったりと甘い部分は多いけれど、読ませる力という点で同時受賞の「リレキショ」よりも「キッズ アー オールライト」のほうが面白い。

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2007/05/23

リレキショ/中村 航

514bsrej3ml_aa240_「リレキショ」

中村 航
第三十九回文藝賞受賞作

書籍の詳細情報はこちら
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「弟と暮らすのが夢だったの」という“姉さん”に拾われて“半沢良”として生活している自称19歳の僕。
僕は半沢良として無難な履歴書を書き、ガソリンスタンドで働き始める。
その一方で本当の半沢良を記した「リレキショ」を書く。
姉さん、姉さんを慕う男っぽい女性山崎さん、職場のおしゃべりな先輩加藤さん、深夜のガソリンスタンドで突然ラブレターをくれたウルシバラに囲まれた、“半沢良”として生活を始めた僕の物語・・・といった話。

以下内容にふれていきます。

ガソリンスタンドなど、極めて普通な場所が舞台になっているけれど、実際にはあり得ない登場人物たちとストーリー。
例えば、素性を知らない僕を「弟と暮らすのが夢だったの」と家にいれ、名前を付けた姉さん。
極めて普通の姉と弟というようにふるまっていて、2人の間に恋愛感情はない。

海で初めて出会った山崎さんに会話もしていないのに突然連絡先を渡す姉さんと、それに応えて連絡する山崎さん。

ガソリンスタンドでの給油後にいきなり僕に長文のラブレターを渡すウルシバラは、ヘルメットをかぶっていて顔を見せない。ラブレターの内容は延々と続く自分の日常の話と「あなたが働いているところを見ていました」な内容。・・・え、ストーカーですか?と思わず突っ込みたくなる。でも僕はそんなウルシバラが気になり、要望にも応えてしまう。

ストーリーだけ書くと「そんなことあるわけないでしょう」なんだけれど、人物描写が丁寧で日常の一寸したことにリアリティがある。僕の視点での人間観察がよくできているのですんなり読めてしまう。文章も上手い。
でも、あまり好みではなかった。

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2007/05/22

アルジャンセル花桂

Photo_24一寸前の話だけれど、西荻北口直進、アルジャンセル花桂で買ったお花。
オレンジやアイボリー、ベビーピンク、淡いミントグリーンなど優しい色合いのカーネーションを 自分で選んで花束にしてもらった。

いつも母の日のカーネーションはオーソドックスな赤と柔らかい色とで迷うのだけど、結局柔らかい色と見比べた時の赤が強いので、つい柔らかい色を買ってしまう。
でも、赤いカーネーション一輪なんてのも素敵だよなって思う。

アルジャンセル花桂は「堅実でありつつセンスも良い花屋さん」って感じ。
オーソドックスな花が欲しい時におすすめです。

私が西荻一好きな花屋「エルスール」は、母の日だからといってカーネーションは用意しないお店。
以前母の日のアレンジメントを頼んだ事があって、とても素敵だったんだけど、やっぱり母の日はカーネーションがいいなぁと思うのです。

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アルジャンセル花桂
TEL:03-3390-1603
住所:東京都杉並区西荻北3-42-15
営業時間:10:00〜19:00
定休:火曜
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2007/05/19

アカルイミライ

「アカルイミライ」
2007年
監督: 黒沢清
出演:オダギリジョー 浅野忠信 藤竜也
公式HP
★★★★★
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Ams_1眠ると未来の夢を見るという仁村雄二(オダギリジョー)は、自分をうまくコントロールできずにいつも何かに苛ついていた。そんな雄二は同僚の有田守(浅野忠信)を慕い、守は雄二の世話をやく。
うまくコントロールできない雄二の為に、守は「待て」と「行け」のサインを決める。
ある日守は飼っていたアカクラゲを雄二に渡して、突然姿を消す。
雄二は守の父、真一郎(藤竜也)と出会い、いつしか彼のもとで働き始める。
世代も考え方も違う二人だったが次第に心を通わせ合っていく・・・といった話。

以下内容にふれていきます。

工場の社長に「娘の机を運んでくれ」と私用を頼まれた雄二と守。
雄二は、不躾な頼みに苛つきながらも守と2人で机を部屋まで運ぶ。
その後、社長夫妻と一緒に食事をとることになり、夫人が気を使って話しかけるも何とも居心地の悪そうな雄二と守。夫人の話をうまくそらすあたり、ちょっと笑える。
そんな2人の気持ちとは裏腹に、社長は2人を社員として雇用したいと言い出す。
社長は2人と打ち解ける為に強引に雄二からCDを借りたり、手土産の寿司を持って守の家に訪れたりする。
この、社長と2人のやりとりが見事である。音楽には興味も無いのにCDを貸してもらったり、家を訪問したりすることで親密になれると勘違いしているのである。2人にはその気は全くないのに・・・。実際、こういう人っていると思うのだ。この映画はこんな風に、一寸した部分にリアリティがある。

老齢ながらも一生懸命2人に好かれようとして共通の話題を探す社長。社長の、プライベートに土足で踏み込んで来る行為に苛々を募らせる雄二。雄二をなだめる守。
社長の気持ちもわかるけど、初めて訪ねた守の家でスポーツ中継を勝手に見出して熱中するあたり、やっぱりこの人って図々しくて他人に嫌われるタイプなんだよなぁと思わせる。

猛毒を持つアカクラゲの水槽に社長が手をいれた時、注意をしようとした雄二を守は制してしまう。
普段温厚で協調性のある守が、実は雄二よりも怖い人間かもしれないと思わせる場面でぞっとする。

Brightfuture1守はやがて工場をクビになり、アカクラゲを雄二に託した後、行方不明になってしまう。
苛々が最高潮に達した雄二は、社長を殺しに行く。
だが、社長夫妻は既に殺されていた。
後に、それが守の仕業だとわかる。

雄二が刑務所に面会に行くと、守はクラゲの話ばかりした。
水温は、餌は、水質は・・・・・。
雄二はアカクラゲに対する苛立がつのり、水槽を倒したはずみでアカクラゲは床下に逃げてしまう。

やがて守は雄二に「行け」というメッセージを残したまま、自殺してしまう。
迷い無く常に冷静な守は死に際さえも潔かったのだ。
守は亡くなった後も存在感が強く、彼方から雄二を引っ張る感じさえした。

アカクラゲは、この映画のキーである。
守が「お前と気が合うと思うよ」と言って雄二に託したアカクラゲ。
ふわふわと水の中を漂い、手を出して来るものには猛毒で応戦するアカクラゲ。
目的無く漂い、不安を抱えながら生き、時にはキレてしまう雄二(=現代の若者)そのものである。
社長が好奇心から無遠慮に水槽に手を突っ込む様も、それを見事に表している。
だからこそ、結局社長はクラゲに刺される代わりに守に殺されてしまうのだけど。
クラゲが自己防衛の為に敵を攻撃するように、雄二たち若者がキレて攻撃的になるのも、弱い自分の為の防衛なのである。

雄二はアカクラゲに執着する。
守の忘れ形見であったせいもあるだろうし、真水の中でも生きていたその強さに自分の理想を重ねてしまったせいもあるかもしれない。
大切な何かを亡くした時、漠然とした不安に襲われている時、人が「依存」「執着」によって回避しようとするところを見事に表現できている。
この時の雄二の姿はどこまでも痛々しく、また、共感できる。

一方、守の父真一郎もちょっと切ない親父である。
守の弟を久々に呼び出し(どうやら離婚した元妻に引き取られているらしい)、守のことなどを話そうとしたら全く相手にしてもらえない。そればかりか、金の無心をされる始末。
でもきっと、こんな息子に育ってしまった背景には、愛情不足があるのだろうなぁ。
自殺してしまった息子と、金の無心しかしない息子。
この罪滅ぼしもあってか、真一郎は行くあてのない雄二を暖かく迎え、やがては実の息子のような愛情を持っていく。
真一郎は後に養子縁組の書類を役所に取りに行くのだけど、結局雄二にはこの話を言い出せないところに込められた思いにぐっとくる。

ラストシーンで、アカクラゲは大量繁殖し、川を流れて行く。
幻想的で美しい場面。
海を目指して泳いで行く生命の塊、クラゲたち。
ただ水槽の中を漂っていた何を考えているかわからないクラゲが、真水の中を懸命に泳ぎ、海という目的を目指す。
この場面では憂鬱な気持ちもすっかり浄化されてしまう。
「行け」のサインで雄二が目指すべきだった場所。
それはきっとアカルイミライ。
青臭く痛々しい若者たちへのメッセージ。

観終わった後も、その余韻が残り続ける素晴らしい映画。

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パビリオン山椒魚

「パビリオン山椒魚」
2007年
監督:冨永昌敬
出演:オダギリジョー 香椎由宇 高田純次
公式HP
★★☆☆☆
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5a67005806828a1b9703b32821b67e80_1自称・天才レントゲン技師の飛島芳一は、第二農響会の香川という男から「オオサンショウウオ、キンジローのレントゲンを撮って欲しい」と依頼を受ける。パリ万博出品時に骨折したキンジロー、本物であればレントゲンでわかるというのだ。
「サラマンドル・キンジロー財団」によって管理される、動物国宝のオオサンショウウオ「キンジロー」生誕150周年パーティの夜、忍びこんだ芳一は二宮家四女あづきと出会う。あづきは父親にそそのかされてキンジローを誘拐しに来ていたのだ。2人はやがて恋に落ちる・・・といった話。

以下、内容にふれていきます。

レントゲン撮影用の車の中で出会う芳一とあづき。
レントゲン車と山椒魚というモチーフはなかなか素敵な組み合わせ。
個人的に魚系が水槽の中にはいっているというモチーフが好きで、それに病院系の車というのが何か良い。
2人が車の中で愛し合う場面では、山椒魚の吐いた泡がシャボン玉になり周囲を彩る。

あづきは四姉妹の中で一人だけ腹違いである。
母親がどこにいるのか探していたのだが、実はあづきの姉、長女アキノが母親だった。
アキノはそれをあづきに伝える前に何者かに殺されてしまう。
ここまでは、それなりに話の筋が通った形で進んで行く。
が・・・その先はストーリーは崩れ、支離滅裂な展開になって行く。

役者の演技と存在感はとても良い。
でも、前半に話の筋があっただけに、後半の壊れ方に一寸ついて行けない。
例えば、冴えないレントゲン技師の芳一が、後半ではノリノリの義賊のような格好の男になってレントゲン技師も辞めてしまう。何故・・・。
また、芳一が襲撃した敵の屋敷には、何故か山椒魚の人形と結婚して子供が出来たという妹がおり、今まで敵だったはずの人たちにも祝福される。

結局、山椒魚のキンジローが本物だったかどうかなどどうでも良い展開になり、意味不明なままラストを迎える。
シュールといえばシュール。
そしてゆるくコミカル。
好みが別れるタイプでしょうね。
ちなみに、私はそんなに好きじゃない。
でも妙に余韻は残った。「で、結局何だったわけ?」と考えてしまった。
ストーリーを追わずに、雰囲気とノリを楽しむ映画のようで。
ジェットコースタームービーと説明されていたので、前半は堅実に昇って行き、後半で一気に落下(=壊れる)ってことなのだろうけど、うーん・・・。そのバランスが少々悪いように思う。オダギリジョー頼みで何とかもっているかんじがしちゃう。

あと、DVDの音が全体的に聴き取りにくい。
うちのMacのせい?と思いきや、同じ事を言っている人が他のブログなどでも何人もいたのでそうではないらしい。
会話が聴き取りにくいと、それだけでプチストレス。

でも好きな人は好きな映画らしいので、興味があったら一度観てみることをおすすめ。

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2007/05/18

舞い落ちる村

「舞い落ちる村」

谷崎 由依
第104回文學界新人賞受賞作
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遥か遠く、駅名すらない駅のもっと先にある、暦が曖昧で奇妙な村で育った主人公。
この村では、子を持つと姉になる。
次々と妹たちが姉に変わって行く。
子を持たない主人公は村を離れ、街の大学に通い始める。
そこで気の合う友人「朔」に出会う・・・といった話。

選考委員の川上氏が「私の文章に似ている」と言うように、たしかに言い回しや登場人物などが川上弘美風の小説であるが、丁寧に描写しているところには好感が持てる。

村の描写が美しい。
水の緩む季節に咲く青い彼岸花。
秋ぐちから冬にかけて村を鮮やかに染める極彩色の布たち。
村の人たちにとって口に出す言葉は戯れで、染め上げて織る布こそが言葉である。

言葉を巧みに操って議論もお手の物の朔に対し、言葉をうまく発せられない主人公。
主人公は朔に会えない夏休みの間に内に籠り、摂食障害になってしまう。
村の描写が幻想的なだけに、主人公の行き着いた病が摂食障害というのがひどく短絡的な選択に感じられてしまう。

あと気になるのは、主人公が慕う「朔」という女性の魅力が乏しいこと。
私はいまいち「朔」に関するイメージが膨らまなかった。

主人公が村に帰る場面になると、また美しい描写が始まる。
繊細なレース編みのような耳鳴り。
レースの耳鳴りはほどけて言葉になり、耳から零れ、白ウサギになって出て行く。

全体的に、村が心ひかれる不思議で美しい場所なのに対し、街の描写にはこれといった特徴も存在感もなく退屈である。狙ってそうしたのかもしれないけれど、せめて朔には魅力が欲しかった。
朔に魅力がないので、主人公と朔の別れが心を動かさない。

主人公は街で病むと故郷に帰り、また街へ戻るという生活を繰り返す。
街が言語を操る左脳であるなら、故郷は感覚を司る右脳といったところか。
行き来を繰り返し疲弊した末に、故郷に落ち着くといった結末は普通だけれど、描写の丁寧さと美しい世界観がよかった。

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オブ・ザ・ベースボール

「オブ・ザ・ベースボール」

円城塔
第104回文學界新人賞受賞作
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一年に一度、空から人が降って来る不思議な街「ファウルズ」
周囲を麦畑に囲まれていて、何もない退屈な街。
落下者を救助する為のレスキュー・チームの一員である主人公は支給されたユニフォームと野球のバットを身につけて街を守っている・・・といった話。

一年に一度、空から人が降って来る街という設定は面白い。
文章も、小説に必要な絶対音感があり、書き慣れた感じがして非常に落ち着いている。

主人公が街やレスキュー隊の仕事の内容の説明を始め、空から人が降ってくる事の原因の推測や巷の噂、学者たちの説などを話していく。
これがまた、場面に動きが感じられずひたすら足踏みな感じ。
プロローグが永遠に続いて行くような目眩がする。
小説全体がまるで時が止まったようで、生き生きとしたキャラクターが一人もいない。
「ファウルズ」は退屈な街らしいけれど、小説全体にも重苦しい熱帯夜の空気のようなものが充満していて、その周りをビニールで覆われていて逃げ道がないような感じ。

すぅすぅはぁ・・・久々に、退屈すぎて酸欠になってしまいそうでした・・・。
一度読むのを中断しようかとさえ思ったくらい。

好みが別れる小説だと思う。
実際、選考委員の浅田氏は「問題外だと思っていたので◯が二つついたことに驚いた」と言っており、川上氏は「きれいにまとまっている」と評価している。

私は、人と人の関わりがあって、動きがあってこそ小説だと思うので、どうしてもこの手の小説は好きになれない。

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2007/05/16

The銀ブラ

Img_1248_1銀ブラしました。

最近の若者でも「銀ブラ」っていう言葉知っているのかしら。

「銀ブラ」は大正末期から昭和初期までの15年間ぐらい、銀座にモガモボが蝟集し、いわゆる大正デモクラシーを謳歌していた頃に生まれた言葉。
モガモボはちなみに、モダンガール(現代娘)モダンボーイを略した言葉。

「大正ロマン」「大正モダニズム」西洋文化と日本文化が混じり合って、インテリアもファッションも美しいあの時代。
私が大好きな世界観。

銀座には、その時代の思い出が詰まっている感じがしますね。

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フレンチ「Aux Amis des Vins本店(オザミ・デ・ヴァン)」(銀座)

Img_1252お店の前を通りかかって、よさそうだったのではいってみた。

ちょうど、空席はひとつだけ。
いいタイミング。

ワインの種類が豊富なビストロ風フランス料理店。
前菜2種とメイン、デザートを選択できてパンがつく¥4,800のコースを注文。
他にアラカルトもあり。
前菜にあわせて白ワインのグラスを、メインにあわせて赤ワインのグラスも注文。
例えばメロンのような芳香のワインとか、シトラス系の香りのさっぱりとしたワインなど種類が豊富で説明を読むだけでも楽しい。
赤ワインが特に美味しかった。

Img_1249

にしんのマリネ 新玉葱と胡瓜の二色のクーリ
さっぱりとしていて、二色のソースが美味しい。

Img_1250

フランス産ホワイトアスパラガス ベアルネーズソース
季節限定のホワイトアスパラ。
ジューシーで、歯ごたえもあって美味しい。

Img_1251

オーストラリア産仔羊のロースト レモングラスの香り
思っていたより、肉が分厚い。
オーソドックスな味だけど、美味しい。

これにあとはデザートでクレームブリュレ。

私は結構あっさりとした前菜を頼んだけれど、がっつりお腹にたまりそうな「フォワグラと とうもろこしのホットケーキトリュフのソース」や「豚耳のソーセージ仕立て レンズ豆のサラダ添え」といったものもある。
あっさり前菜でも、かなりお腹いっぱいになった。
大満足。

ワインが美味しいので、アラカルトにしてワイン中心で楽しむのも良いかも。
ふらっとはいったお店だけど、当たりでした。

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Aux Amis des Vins本店(オザミ・デ・ヴァン)
TEL:03-3567-4120
住所:東京都中央区銀座2-5-6 P.Vビル
営業時間:平日17:30 - 26:00  土曜17:30 - 24:00
定休: 日曜祝日 第三月曜日(2F)
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カフェ「GALERIE CAFE LE GRAND ガルリ・カフェ・ル・グラン」(銀座)

Img_1246知り合いの個展を観に銀座へ。
観た後にどこかでお茶をしようということになり、プラプラ歩いていると「銀座で一番おいしいモンブラン」という看板が。
そっと覗くと、入り口のところで待っているお客さんもいる。
本当に美味しいのかも、と思いはいってみた。

店内は、絵画など美術品、アンティークっぽいものが飾られた落ち着いた雰囲気。
ただし、狭いです。細長いです。

ガルリブレンドと和栗のモンブランを注文。
珈琲がポットサービスなのって嬉しい。
小さめのカップで3杯くらい飲めた。

肝心のモンブランは、ミルキーな甘くない生クリーム、濃いマロンクリーム、さくさくと甘いメレンゲのハーモニー。
たしかに美味しい。
アンジェリーナのモンブランに似ていて、私が好きな味。

隣の席の人も、同じモンブランを頼んでいた。
でもその人は、ひとくち食べるなり「何これ、甘い!こんなの食べられない」と文句を連発。
「生クリームも何もかも甘い」と言うので、お姉さん、生クリームは甘くないですよ。マロンクリームとメレンゲは甘いですけれども生クリーム単体で食べてご覧なさい・・・とつい言いたくなる。
アンジェリーナ系のモンブランは、メレンゲがしっかり甘い代わりに生クリームには砂糖がはいっていないものです。はい。だからこそミルキーさが際立っているんです。
たしかに、甘いものが好きじゃないと美味しく食べられないタイプの濃厚ケーキ。
でもね、私はお店の中で大声で料理の文句を言う人はいかがなものかと思う。
だって、同じものを食べている他のお客さんの気分を害するかもしれないし、お店の雰囲気だって悪くするかもしれない。
だから私は頼んだ料理の味に満足しなくても、お店の中では言わないように心がけている。

甘いもの好きな人にはおすすめのモンブラン。
かなりお腹いっぱいになりますけどね。

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GALERIE CAFE LE GRAND(ガルリ・カフェ・ル・グラン)
TEL:03-3289-1550
住所:東京都中央区銀座5-10-1 プリンスビル1F
営業時間:平日9:00〜23:30(L.O.23:00)
     土日祝12:00〜22:00(L.O.21:30)
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モンブラン好きですか?

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2007/05/11

平日の井の頭公園

Img_1056先日、平日の昼間にてくてく井の頭公園へ。
休日にはたくさんの人でごった返す井の頭公園。
でも平日だと静かなものです。
これぞ公園という佇まい。

マラソンする人、散歩する人、絵を描く人・・・一人率高し。

天気はあまり良くなかったのだけれど、花は凛と咲いていた。
黄色、黄色。
黄色は元気の色。

Photo_23販売機でアイスコーヒーを買う。
ごとりと音がして、拾い上げる。
普段は缶ジュースって滅多に飲まない。
缶で珈琲を飲む場合は、ルーツのアロマブラックのボトル缶。
あれが一番美味しいと思う。

アイスコーヒーを飲みながらぷらぷら散歩。
ベンチに座ってぼーっとする。
緑が多くて人が少ない環境っていいって思った。
景色だけみると、ここどこってかんじかも。
平日の昼間のお散歩。
またぼーっとしに公園に行こう。

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カレーと5月の空

Img_1237Img_1238

今日は友達と代官山でご飯。
友達一押しのお店で、茄子と挽き肉のカレーを食べた。
欧風でもなければインドでもなく、タイでもない。
スパイスとハーブのきいた甘くまろやかなカレー、美味しい。

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5月の空は青い。
たとえ雨の日で雲がかかっても、そのむこうはやっぱり青い空。
だから、いつも青い空を思い描いて過ごそう。
そんな話をしていた。

最近、体調が悪かったせいもあってか気分が一寸沈みがちで
自分になんて何も出来ないっていうような
正体不明な不安に足許を掬われそうだったのだけれど
またポジティブな方向を向けた気がする。
人生、思い込んだ者勝ち。

下向いたり、上向いたり。
人の気持ちって自由だ。

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2007/05/08

着物好き

最近、「和」なものにとてもひかれていて、「普段でも着物を着られたらなぁ」と思っていました。
ちょっとした縁で近所の良い着付け教室を紹介してもらえたので、先日から通いはじめました。
まだ一回しか行っていないので、とりあえず一通り教わったくらい。
でも、それでも昨年京都に行った時には着物には何が必要なのかさえもわからなかった私ですから、だいぶ進歩です。
京都では安いリサイクルの着物屋さんなんかものぞいたのですが、よくわからなかったので、結局柄が綺麗な羽織だけ買ったのです。すごく安かったので、着なかったら生地として使ってしまおう・・・と。


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着付けを習うきっかけは、友人の結婚式で着る着物を着付けてもらったことから。
以前着付けてもらった、母譲りの色無地。
半衿は豆千代さんのところで買った鍵モチーフ。
衿元にはレースを合わせています。

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帯留めは以前京都で買った薔薇。

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全体はこんなかんじ。
着物を着ると背筋がしゃんとのびて気持ちがいいです。
薔薇柄の帯はお太鼓結び。
結婚式用のきれいな着付けを自分でできるようになるのは遥か先でしょうが、
普段着用くらいなら近いうちにできるようになるかな。

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2007/05/07

リオの伝説のスピーチ

Photo_22いただきものの薔薇を撮影。
花の香り、特に薔薇の香りって癒されるし、ピンク色は人の気持ちを穏やかにする色。

ブログで是非紹介したいと思ったスピーチを取り上げます。
ご存知の方も多いかもしれません。

9歳のときにECO(Environmental Children Organization)という環境学習グループを立ち上げたセヴァン・スズキは、1992年6月、12歳の時にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで「地球環境サミット」が開かれることを聞き、自分たちで費用を貯め赴く。
そこに集まった世界の指導者たちに向かってセヴァン・スズキが語った伝説のスピーチ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

こんにちは、セヴァン・スズキです。エコを代表してお話しします。エコというのは、子供環境運動(エンヴァイロンメンタル・チルドレンズ・オーガニゼェーション)の略です。カナダの12歳から13歳の子どもたちの集まりで、今の世界を変えるためにがんばっています。あなたがた大人たちにも、ぜひ生き方をかえていただくようお願いするために、自分たちで費用をためて、カナダからブラジルまで1万キロの旅をして来ました。

 今日の私の話には、ウラもオモテもありません。なぜって、私が環境運動をしているのは、私自身の未来のため。自分の未来を失うことは、選挙で負けたり、株で損したりするのとはわけがちがうんですから。

 私がここに立って話をしているのは、未来に生きる子どもたちのためです。世界中の飢えに苦しむ子どもたちのためです。そして、もう行くところもなく、死に絶えようとしている無数の動物たちのためです。

 太陽のもとにでるのが、私はこわい。オゾン層に穴があいたから。呼吸をすることさえこわい。空気にどんな毒が入っているかもしれないから。父とよくバンクーバーで釣りをしたものです。数年前に、体中ガンでおかされた魚に出会うまで。そして今、動物や植物たちが毎日のように絶滅していくのを、私たちは耳にします。それらは、もう永遠にもどってはこないんです。

 私の世代には、夢があります。いつか野生の動物たちの群れや、たくさんの鳥や蝶が舞うジャングルを見ることです。でも、私の子どもたちの世代は、もうそんな夢をもつこともできなくなるのではないか?あなたがたは、私ぐらいのとしの時に、そんなことを心配したことがありますか。

 こんな大変なことが、ものすごいいきおいで起こっているのに、私たち人間ときたら、まるでまだまだ余裕があるようなのんきな顔をしています。まだ子どもの私には、この危機を救うのに何をしたらいいのかはっきりわかりません。でも、あなたがた大人にも知ってほしいんです。あなたがたもよい解決法なんてもっていないっていうことを。オゾン層にあいた穴をどうやってふさぐのか、あなたは知らないでしょう

 死んだ川にどうやってサケを呼びもどすのか、あなたは知らないでしょう。絶滅した動物をどうやって生きかえらせるのか、あなたは知らないでしょう。そして、今や砂漠となってしまった場所にどうやって森をよみがえらせるのかあなたは知らないでしょう。

 どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください。

 ここでは、あなたがたは政府とか企業とか団体とかの代表でしょう。あるいは、報道関係者か政治家かもしれない。でもほんとうは、あなたがたもだれかの母親であり、父親であり、姉妹であり、兄弟であり、おばであり、おじなんです。そしてあなたがたのだれもが、だれかの子どもなんです。

 私はまだ子どもですが、ここにいる私たちみんなが同じ大きな家族の一員であることを知っています。そうです50億以上の人間からなる大家族。いいえ、実は3千万種類の生物からなる大家族です。国境や各国の政府がどんなに私たちを分けへだてようとしても、このことは変えようがありません。私は子どもですが、みんながこの大家族の一員であり、ひとつの目標に向けて心をひとつにして行動しなければならないことを知っています。私は怒っています。でも、自分を見失ってはいません。私は恐い。でも、自分の気持ちを世界中に伝えることを、私は恐れません。

 私の国でのむだ使いはたいへんなものです。買っては捨て、また買っては捨てています。それでも物を浪費しつづける北の国々は、南の国々と富を分かちあおうとはしません。物がありあまっているのに、私たちは自分の富を、そのほんの少しでも手ばなすのがこわいんです。

 カナダの私たちは十分な食物と水と住まいを持つめぐまれた生活をしています。時計、自転車、コンピューター、テレビ、私たちの持っているものを数えあげたら何日もかかることでしょう。

 2日前ここブラジルで、家のないストリートチルドレンと出会い、私たちはショックを受けました。ひとりの子どもが私たちにこう言いました。

 「ぼくが金持ちだったらなぁ。もしそうなら、家のない子すべてに、食べ物と、着る物と、薬と、住む場所と、やさしさと愛情をあげるのに。」

 家もなにもないひとりの子どもが、分かちあうことを考えているというのに、すべてを持っている私たちがこんなに欲が深いのは、いったいどうしてなんでしょう。

 これらのめぐまれない子どもたちが、私と同じぐらいの年だということが、私の頭をはなれません。どこに生れついたかによって、こんなにも人生がちがってしまう。私がリオの貧民窟に住む子どものひとりだったかもしれないんです。ソマリアの飢えた子どもだったかも、中東の戦争で犠牲になるか、インドでこじきをしてたかもしれないんです。

 もし戦争のために使われているお金をぜんぶ、貧しさと環境問題を解決するために使えばこの地球はすばらしい星になるでしょう。私はまだ子どもだけどこのことを知っています。

 学校で、いや、幼稚園でさえ、あなたがた大人は私たちに、世のなかでどうふるまうかを教えてくれます。たとえば、

* 争いをしないこと
* 話しあいで解決すること
* 他人を尊重すること
* ちらかしたら自分でかたずけること
* ほかの生き物をむやみに傷つけないこと
* 分かちあうこと
* そして欲ばらないこと

 ならばなぜ、あなたがたは、私たちにするなということをしているんですか。

 なぜあなたがたがこうした会議に出席しているのか、どうか忘れないでください。そしていったい誰のためにやっているのか。それはあなたがたの子ども、つまり私たちのためです。あなたがたはこうした会議で、私たちがどんな世界に育ち生きていくのかを決めているんです。

 親たちはよく「だいじょうぶ。すべてうまくいくよ」といって子供たちをなぐさめるものです。あるいは、「できるだけのことはしてるから」とか、「この世の終わりじゃあるまいし」とか。しかし大人たちはもうこんななぐさめの言葉さえ使うことができなくなっているようです。おききしますが、私たち子どもの未来を真剣に考えたことがありますか。

 父はいつも私に不言実行、つまり、なにをいうかではなく、なにをするかでその人の値うちが決まる、といいます。しかしあなたがた大人がやっていることのせいで、私たちは泣いています。あなたがたはいつも私たちを愛しているといいます。しかし、私はいわせてもらいたい。もしそのことばが本当なら、どうか、本当だということを行動でしめしてください。

 最後まで私の話をきいてくださってありがとうございました。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


中学生の頃、国語の授業で過去の戦争をテーマにした詩を書く課題があった。
私はそこで「生まれた時代が違うだけで、亡くなってしまった子供たちは何も悪くないのに」といった内容の詩を書いたことを思い出した。
でも、その時の私には、戦争も、貧しさも、どこか他人事のようで。
例えばそれは、家族の身に起こっていることのようなリアリティは伴わなかった。

「なにをいうかではなく、なにをするかでその人の値うちが決まる」

スピーチをした当時のセヴァンとそう歳が変わらなかった当時の私は、まさに言うだけ。
じゃぁ今も世界のどこかで起こっているであろう戦争をとめる為に何かをしようという行動にはならなかった。

最近、地球の環境破壊が本当にギリギリのところまできているのだということを、様々なところで耳にする。
このスピーチが行われたのが1992年、今は2007年。15年も経っているのに・・・。
昔、「オゾン層の破壊」といった言葉を聞き始めた頃よりも、私自身も危機感を覚えている。
でも、日々果たして環境の為に自分に何ができているというのだろう。
ちょっとした省エネ。
資源のリサイクル。
使い捨てはせずに、長く使える良いものを揃えようという意識。
せいぜいそんなところだろうか。

私のようなごく普通の人間が、突然マザー・テレサのようになるのは無理だ。
あまりにもハードルが高すぎる。
私はまだまだ物欲等の煩悩がいっぱいある小さな人間だ。
でも、この地球を愛して日々大事にしようという意識を持っているだけでも大きく変わると思うのだ。

「どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください。」

利己心と狭い視野を一寸だけでも捨ててみること。
そうすればきっと、
当たり前でいて、大人たちが気付かない事が
捨てた分だけ見えてくるのだと思う。

こういう地球の環境破壊の話になると、イギリスの科学者ジェームズ・ラブロックのガイア仮説を必ず思い出す。
地球にとって人間が「不要なもの」になってしまった場合の結末は・・・。
ガイア仮説の話はまた今度にでも。

51c36fb9z7l_aa240_このスピーチは「あなたが世界を変える日」という本にイラストと共に収録されている。
自分で読み返す為だけではなく、まだスピーチを知らない周囲の人への贈りものにもいいかも。
書籍の詳細情報はこちら

地球の環境破壊を少しでも止めたいと思う方は
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2007/05/06

洋食屋「木村館」(西荻窪)

Img_0957キッチンキャロットの向かいにある洋食屋「木村館」。
いつも行列のキャロットに対して、こちらは並ばずにはいれる。
キャロットほど盛りが豪快なわけではないけれど、コスパの良いお店だと思う。
写真のA定食はハンバーグ、海老フライ、クリームコロッケ、小鉢、香の物、ご飯と味噌汁、珈琲で1000円くらいだったと思う。
1000円くらいの定食はお皿に盛られてでてくるけれど、もっと高いものだと鉄板でじゅうじゅういいながら出て来る。いつもお皿の方を頼んだ後に、「ああ、やっぱり鉄板もいいなぁ」なんて思ってしまう。和牛の本格的なステーキなんかもある。

相席が当たり前のキャロットは、お客さん同士の距離が近くて寛げないけれど、木村館はゆったり座れるので落ち着く。

ハンバーグと海老フライっていうゴールデンコンビは、子供の頃を思い出させる。
お子様ランチといえば、ハンバーグと海老フライに付け合わせのナポリタンや旗のたった型抜きケチャップライス。
あの爪楊枝と紙でできた旗って今でもたっているのかな。
子供がいないので、昨今のお子様ランチ事情がわからない。
新幹線型の器とかね、なんか懐かしいな。
昔親に連れて行ってもらったプール(阿佐ヶ谷あたりかしら)の帰り道にあるレストランのお子様ランチがすごく美味しくて、オマケでくれる和傘のミニチュア(渋い)もお気に入りで、行くのが楽しみだった。
あのお店はまだあるのかな。
最近はお子様ランチっていうとファミレスが多いのかもしれないけれど、やっぱり街のレストランやデパートの食堂のお子様ランチが懐かしい。
それにクリームソーダとかレモンスカッシュをプラスすれば完璧。

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木村館
TEL:03-3395-7880
住所:東京都杉並区西荻北3-6-8
   西友の裏口を出て直進左手 キャロットの向かい 
営業時間:12:00~14:30、17:30~23:00
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お子様ランチってたまにむしょうに食べたくなりませんか

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2007/05/05

讃岐うどんの専門店「葱坊主」(吉祥寺)

Img_1054吉祥寺の駅からすぐのダイヤ街にある讃岐うどんの専門店「葱坊主」。
写真は「生醤油うどん」(600円)。
すだちの酸味がいいアクセントになり、さっぱり食べられる。
肝心のうどんもこしがあってつるつるっとしていて美味しい。
その他、ランチタイムは100円で天麩羅やじゃこ天なんかもプラスできる。
写真はげそ天。
揚げたてではないので、まぁこんなものかなってかんじの味。

以前、「おくら釜玉うどん」(700円)を食べたのだけれど、これはいわゆる「和風カルボナーラ」。
卵のとろみにおくらのネバネバが絡んで、面白い食感。
でも、うどんを堪能するなら「生醤油うどん」の方がいいな〜。

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それにしても、葱坊主ってかわいいですよね。

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葱坊主
TEL:0422-29-0525
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-1-9 とらや金子ビル2F
営業時間:11:00〜15:30 17:30〜22:00(L.O.21:30)
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讃岐うどん好きですか?

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2007/05/04

カフェ「喫茶darcha ダーチャ」(吉祥寺)

10014040189_1五日市街道沿い、トヨペットの傍のマンションの一室にあるカフェ「喫茶darcha ダーチャ」。
手作りのかわいらしい雰囲気。

ハニーラテを注文。
蜂蜜の優しい甘さが広がるラテ。
後味はマヌカ蜂蜜っぽい風味だった。
飲み物の味も、雰囲気も悪くないお店。

でも、若い女性の店員さんは客席に知り合いがいたらしく、ちょこちょこその人の向かいの席に座って談笑したり、その人のテーブルにあるお菓子を手でつまんで食べたり(!)していて・・・かなりびっくり。
お客さんがいる前でそういうことしちゃ、はっきりいって店員失格でしょう・・・。

そういう態度が疑問で、飲み終わったらすぐに席を立ってしまった。
会計はこの店員さんにしてもらったのだけど、なんとメニューの料金を覚えていない。
店長さんに料金を確認している。
・・・客席で遊んでいる暇があったらメニューの料金を覚えなさい・・・。

口コミなんかでは、ご飯が美味しい雰囲気が良いと評判が良いカフェなので、この店員さんが問題ありなだけなのかも。実際、店員が感じ悪かったと書いている人がいた。

どんなに味や雰囲気の良いお店でも、スタッフの態度次第では最初で最後の来店になってしまう可能性があるのだということを、この店員さんもとい店長さんには自覚して欲しい。
プロ意識は大事だし、プロ意識がない趣味の延長のようなお店には私は行きたくないもの。
店長さん、店員教育はしっかりね・・・。

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喫茶darcha
TEL:0422-23-3423
住所:武蔵野市吉祥寺本町1-34-10
        ヤマキ第6ユニアスマンション205
HP
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蜂蜜の甘さっていいですよね

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