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2007年4月

2007/04/22

Blue Water Flowers

P1010125_2西荻のBlue Water Flowersで買ったお花。

お花屋さんで、予算を伝えて花束をつくってもらっている間の待ち時間が好き。
店内をぼーっと眺めながら、出来上がっていく花束を横目で見る。
とても贅沢な時間。
西荻には素敵な花屋さんが多いと思う。
花好きとしては、近所にそういう花屋さんが多いのってすごく嬉しい。
とはいえ、うちはにゃんがいるので自分用に切り花を買う機会は飼う前よりも減ってしまっていて、プレゼント用で利用することが多いのだけれども。
・・・教え込まないと食べちゃうから・・・。

お花好きですか?

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2007/04/19

沖縄の果物たち

P1010137_1新宿にある京王百貨店でやっていた「沖縄展」へ。
琉球硝子や沖縄Tシャツ、食材、お菓子などなど結構色々並んでいた。
イートインコーナーでは沖縄そばなどが食べられる。
はじめに果物を購入。
おそらく通販で買うよりは安く買えたはず。

スナックパイン
手でちぎって食べられるパイナップル。
一般的なパイナップルよりも甘いらしい。
表面が黄色みを帯びて、柔らかくなってきたら食べ頃。

パッションフルーツ
香りが強く甘酸っぱい。
表面がしわしわになり柔らかくなってきたら食べ頃。

アテモヤ
アイスクリームに似たクリーミーな味わい。
英名はカスタードアップル。
果実全体が柔らかくなった頃が食べ頃。

カニステル
南瓜やふかしたさつま芋のような不思議な味。
果皮が割れ、果実の先端にしわが入る程度が食べ頃。

パイナップル以外はもう少し熟成させないと駄目みたい。
そういえば沖縄の市場って、こういう珍しい果物がごろごろ並んでいて楽しいのよね。
近所に買える場所がないわ〜って方は、こちらのサイト「沖縄フルーツ市場」で、沖縄で旬の時期を迎えた果物を4〜5種詰め合わせたセットだとか、好きな果物を個別にとかで買えるみたいです。今はスターフルーツやフルーツパパイヤ、ドラゴンフルーツ、マーコット、島バナナなんかも旬のようです。

その他、島豆腐とゆし豆腐、ジーマミ豆腐、黒糖蒸しパン、沖縄もずく、鮪の刺身を購入。
ジュースや調味料などもっと欲しいものがあったけれど、果物が重かったのでこれくらいで断念。
鮪におまけであらを付けてくれたので、身を細かく刻んでうちのにゃんにあげたら、大興奮で飛びついていた。
うふふ。
本土では水に漬けた大豆をすりつぶし、加熱して煮た後に絞って、おからと豆乳に分けてつくるお豆腐。
でも沖縄では、水に漬けた大豆をすりつぶして絞り、豆乳だけ加熱する生絞り法で作っているので味が濃い。
しっかりと固い島豆腐に対して、まだフワフワの固まりきっていない豆腐がゆし豆腐。
島豆腐など沖縄のお豆腐は、こちらのサイト「沖縄三昧ちゃんぷるしょっぷ」でも購入できますよー。

沖縄の食材好きな方は是非クリック!

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2007/04/16

東京タワーの前で

3_1
先日、友達の結婚式へ。
会場は眺めの良いタワーの中。
展望台のチケットをもらったので披露宴後に展望台へ。

ちょうど夕暮れ。
東京タワーが目の前で、絶景だった。
東京に住んでいても、東京タワーを観に行く機会はあまりない。

披露宴に来ていた、以前バイトで一緒だった友人と、
出会った頃は友人が20歳、私が22歳の時だったね〜お互い歳とったねぇなんて話になって。
当時は私はデザインやDTPのお勉強を始めたばっかりで、友人は大学生で
新郎新婦ともども吉祥寺の井の頭公園前のいせやとかで飲んだくれていたり。
当時の私は、今の年齢の私をどう想像していたんだっけ。

私は、何歳までに何をするとか、絶対にこれをやるとか 自分で自分にきちんとルールを課した事がない。
なるようになるだろう、という考えで、ひらめきで何となくで生きて来ている。
そんなでもそれなりに困難にはぶち当たるので、当たったら全力を尽くす。

でもそろそろ、具体的に何歳までに何をしている自分というのを明確にしておいたほうがいいのかもしれない。
そうでないと、茫としている間にめっきり歳をとってしまって、なんとなーくのまま幕を閉じてしまうことになる。
久々に再会して、懐かしい友人と話せた機会に感謝。
この、時間のある今、決めなければならない。
チャレンジしなければならない。
あ、でも、肩肘はらずにね。

さぁ、あなたも、未来の自分を思い描きながらクリック!

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2007/04/13

アナログな絵、デジタルの便利。

P1010126ちょっとした空き時間に、久々に鉛筆でさらさらっと簡単な絵を描いてみた。
モデルは特になし。
目元はちょっと参考にした写真がある。
私は女性をモチーフにした絵を描くのが結構好き。

鉛筆画で濃淡を重ねていくと、一本の線の描き足しで全然違う顔になってしまうことがあって。
デジタルの世界だと、Macならコマンド(林檎)+Z WinならCtrl+Zでひとつ前に元通り。
「あ、今のやっぱりなしっ!」って時に一瞬でなかったことにできる。
でもアナログだとそうはいかないものだから、今のなしとか思っても、地道に修復するしかない・・・。
この絵も、濃淡を描きこんでいったらイメージと違ってしまって、結局元に戻した。
そこが不便でもありアナログの良いところでもあり。

デジタル慣れしてしまうと、もどかしいこともあるけどね。
デジタルだと、パターンを多くつくって見比べたいなんていう時に簡単。
別名保存して手を加えてみればいいんだもの。

着色だけパソコンでやっている人もよくいますよね。
片付けが面倒でなかなか絵の具に手を出さない私にぴったりなのかも?

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メルヘン牛

Photo_20先日有楽町に出掛けた時に見つけた牛。
足許に広がる、ピンクのチューリップ畑がキュート。
牛なのにメルヘン。
ミルクじゃなくて花弁がでそう。

行き慣れない街をてってろてってろ歩くのって、わくわく楽しい。
でも、方向音痴なもので、途中道に迷う。
お店にはいったりしていたせいで、どっちの方向から来たかわからなくなる。

駅は〜どっちだ〜と思い、スーツを着たいかにもキャリアウーマンですっていう感じの女性に道を尋ねてみた。
こういう人なら、絶対有楽町は庭なはずだ、と。
案の定すらすらと、そしてとても丁寧に教えてくれた。
笑顔と親切は気持ちを潤す。

そういえば最近、「あ、嬉しいな」という丁寧な接客をしてくれる人にあたることも多いなぁ。
いいことだ。

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2007/04/10

花のあるキッチン

Photo_19
キッチンの片隅に頂き物のお花。
料理をしながらちらちらと視界の隅にはいる度に嬉しい。
植物があると気持ちが華やぐのは、花の精が元気をくれているからだという。

私がうちのキッチンの一等好きなところは、二面の窓があること。
朝と昼と夕方と夜とできちんと表情を変えるキッチン。

以前の家は日当りが悪く、でも作り付けのシャンデリアが灯る穴蔵っぽい雰囲気が好きな家だった。
キッチンには勿論窓はなく、いつも同じ橙色の灯りの下で料理をしていた。

でも今の家は、夕方には夕日の色が窓からぼんやり滲んで見える。
あ、夕日だ。
そう思って窓を開けると、美しいグラデーションが目に入る。
もっとも、うちにはにゃんがいるので窓を大々的に開け放つことはしないのだけれど。
仕事をしていた時には休日限定の風景だったものが、仕事を辞めてからはいつでも見られる風景になった。
毎日自炊して、旬の食材を使った手料理を食べる。
夕日を見る。
そういう人として当たり前っぽいことが、いかに出来ていなかったか。
2
気付くとたまっていたウィルキンソンのジンジャエールの瓶には、たまに花やハーブを挿す。
瓶のぽってりとした感触と美しいグリーンが好きで、瓶がなかなか捨てられない。
ペットボトルは軽くて便利だけれど、やっぱり瓶の魅力にはかなわない。
小さかった頃、瓶入りのジュースの自動販売機が置いてある場所があって、そこでジュースを買ってもらうのが好きだった。自動販売機に栓抜きがついているのよね。そこにジュースの王冠をあててシュポンと開ける。
いまではもう見なくなってしまったなぁ。
まだきっとどこかにはあるのだろうけれど。
3
これはキッチンではなく洗面台。
鏡に実はうちのにゃんが映っています。

春はいい季節なんですけど、最近目が痒くて鼻がむずむず。
顔に湿疹。
・・・いよいよ花粉症なのかもしれません・・・。

花粉症って辛いのですね

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2007/04/09

お知らせ

書評を作者別で一覧にしました。
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花の棺

04254908「花の棺」
★★★★☆
山村美紗
光文社文庫

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
山村美紗作品の中でも代表的な、アメリカ副大統領令嬢のキャサリン・ターナーを主人公としたシリーズの第一作。
山村紅葉さんがこの作品が一番好きと何かでおっしゃっていて、また、山村美紗作品の中では評価が高いときいていたので読んでみたかった。

アメリカの副大統領令嬢のキャサリンが来日し、華道を学ぶために滞在する。
そんなキャサリンを巡って、華道界三流派の獲得争いが始まってしまう。
その一方で、ある華道家が殺されてしまう。
茶室で起こった密室殺人のトリックは?キャサリンは通訳兼エスコート役の浜口一郎と一緒に事件の解決に向けて推理を始める・・・という話。

私が今までに読んだミステリーの数は少なく、子供時代に読んだ児童向けのものを除くと森博嗣のS&Mシリーズと京極夏彦が数冊といった程度である。
なので、比べる相手が限られてしまうのだけれど、本作のトリックは森博嗣ほど鮮やかではない。
でも「茶室」という紙と木で出来た建物を使った日本女性ならではの美しいトリックといえるかもしれない。

本作の魅力は冬の京都と華道の世界の魅力もじっくり味わえる点である。
私はどちらかというと、ミステリーそのものよりもこちらのほうが楽しめた。
ちなみに、山村美紗さんは華道(池坊準華監)や茶道の師範免状(花柳流名取)を持っていたそう。
そういうオーラを纏って書かれた作品だからか、読後には美しい京都の街並と生け花の印象が強く残る。
華道にどっぷりと浸かった別世界を見る事ができて満足。
日本に生まれても、そういう世界とは無縁のまま過ごしてしまう人って多いですものね。

ミステリーとしての驚きは少ないかもしれませんが、京都や華道に興味がある方におすすめしたい作品。

京都に行きたくなりました

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2007/04/05

滲んだ桃色の夕焼け

Img_0986_3

先日撮影した夕焼け。
桃色の夕焼けって、見ると嬉しくなる。
絶対。

上は厚ぼったい雲、下は澄んだオレンジの大気ってかんじで不思議な光景だった。

桃色の夕焼けって、どういう条件だと見られるんですかね。

そういえば「桃色」って、ピンクに該当する和名ということになっているけれど、 正式にはピンク(pink)が撫子の花の色を表すのに対して、桃色は桃の花の色のことだそう。

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2007/04/04

イノセントワールド

19934004「イノセントワールド 」

桜井 亜美

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愛のない乾いた家庭で育った主人公アミは、友人に斡旋される「テレファックス」という売春をし、その一方で親から見放された「無垢」な知的障害の兄と近親相姦関係を結ぶ。
離れたところに暮らす兄と会う為に売春で金を稼ぐ彼女は、やがて兄の子を妊娠してしまう・・・という話。

桜井 亜美さんの作品は一度読んでみようと思いつつそのままだったのだけど、初めて手にしたのはとりあえずデビュー作であるこれ。
あらすじだけ読むと、非常にどろどろした濃い小説に思えるけれど、実際はそんなことはない。

アミは売春している時には、気持ちだけ空間に放出して客観的に自分を眺めている。
アミがレイプされる場面には、痛みや嫌悪感が漂ってこない。
どこか遠くの世界で主人公とは関係なしに行われていることのように感じてしまう。
世界ときちんと向き合っていないアミにとってはどれも本当の色を持っていないからだ。
また、親にきちんと愛された事がないアミが唯一心を許せて愛しく思う兄と関係を結ぶ時は、その気持ちをどう伝えればいいのかわからない幼さからこの行為に及んでいると思えるし、知的障害の兄も行為の意味はきちんとわかっていない。
結果、生々しい性描写のどれもがいやらしく感じない。

ただ、この小説を読む時に気になるのは過剰比喩。
ちょっとした事を無理矢理文学的表現にしようとして比喩的言葉を詰め込んで滑っている感が否めない。
例えばつまらない奴らと遊ぶことで片思いの辛さから逃げている友人のことをこう言う。

時々、彼女が、死を前にして神父に罪深き人生を告白するモスクワの娼婦みたいな目をする時、あたしは少しだけせつなくなる。

「モスクワの娼婦」と言われて、すぐにイメージできる人がどれだけいるんだか・・・。
それに、片思いから逃げている後ろめたさを「死を前にして神父に罪深き人生を告白する娼婦」とするのは大袈裟である。
女子高生がちょっとかっこつけて過剰に表現しているという風にしたいのであれば、たとえば「この間観た映画にでてきた〜〜」とか何かリアルに思わせる繋ぎがないと。

また、渋谷という街のことを彼女はこうたとえる。

この街は、人々の秘められた慰撫への期待が作った氷の宮殿だ。
月を切り裂く無数の傷痕から流れ落ちた、濃密な銀の血溜まりに、痛々しいほど蒼白く浮かび上がる。光を受ければどんな美しい虹色にでも輝くが、それ自身はがらんどうの冷たい抜け殻にすぎない。

すごく美しく冷たいっぽい描写だけど、なんか渋谷のイメージとどう頑張っても結びつきません・・・。

私はこの小説で映像的に想像が膨らんで印象が残った場面がひとつもない。

あとは・・・普段本をあまり読まない層に読ませたかったからか字が大きい。

本作はさも実体験を書いたかのようなあとがきで締めくくられている。
桜井亜美は覆面作家であり、経歴等は一切公表していない。
でも、デビュー直後の朝日新聞のインタビューで桜井亜美がフリージャーナリスト速水由紀子のペンネームで、宮台真司氏とのユニット的名義でもあることを述べているらしい。
たしかにこの小説は、現役女子高生が実体験を書いたにしては小説としての体裁を整えようとしすぎているものね。実体験と言いたいのなら、内田春菊のファザーファッカーくらいきちんとリアルであって欲しいものです。

とりあえず次は「虹の女神」でも読んでみようかな。

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2007/04/03

夜のピクニック

410123417501_aa240_sclzzzzzzz_「夜のピクニック」
★★★★★
恩田陸
第2回本屋大賞
第26回吉川英治文学新人賞

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北高に代々伝わる、一年に一度の行事「歩行祭」。
修学旅行の代わりともいえるこの行事は、全校生徒が朝の八時から翌朝の八時まで歩く。
前半はクラス歩行で、仮眠時間を挟み、後半は自由歩行。
自由歩行は仲の良い者同士で語らいながら思い出作りをする時間でもある。

ある密かな「賭け」をして3年最期の「歩行祭」に臨んだ貴子は友人と歩きながらも賭けのことが気になってしまう。
訳あって貴子を避ける融は、親友の忍に貴子を好きなのだと誤解されている。
彼女らが参加する「歩行祭」で起こる出来事たち・・・といった話。

みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。

杏奈が呟いたその言葉の通りの小説。
ただただ、みんな歩く。
はじめは遠足気分で浮かれていた生徒たちも、歩いているうちに「歩行祭」の辛さを思い出し、不平不満を思いながらも歩き続ける。なかなか近づかない休憩所にいつかは辿り着くとわかっていても、向かっている途中ではくじけそうにもなる。
歩いているうちに、朝のこと昼のこと夕方のことと、「歩行祭」中に体験したことはどんどん遠い過去になっていく感覚を味わう。辛くて早く終わって欲しいという気持ちと、この行事がもう少しで終わってしまう何もしていないのにという焦燥感とが入り交じる。

たった一晩の話なのに、小説内での時間の流れ方は丁寧で緩やかな為、非常に長い時間が経ったような気持ちになる。「歩行祭」中の時間の感じ方は実際こんなものなのかもしれない。

景色に見とれて歩き、友人と談笑して、身体が悲鳴をあげ、疲労から黙り、一人で黙々と考えて、ちょっとしたハプニングがあって、また友人と談笑して・・・その繰り返し。

私はこの「歩行祭」を経験したことがないのだけれど、登場人物と一緒に景色を見、歩き、疲労している気分になった。おそらく、自然と自分の過去の経験に重ねているのだ。
日常にある無数のこと、乗り越えて来た大小様々な山々たちを。

「歩行祭」の終わりには、登場人物と一緒に達成感を得られて非常に清々しい読後感。
でも、同時に終わってしまったことへの一抹の寂しさも漂う。

大人が書いた青春小説だからこそ、もう青春時代を過ぎてしまった世代にリアルに迫って来るのだと思う。
現役の高校生、もしくはそれに近い世代では、これだけ広く響くものは書けないと思う。

「夜のピクニック」ってとても素敵なタイトルだと思う。
普段昼間やっているようなことを夜にやるのってわくわくしますもんね。

昼間やるようなことを夜にやってわくわくした経験ありますか?

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2007/04/02

海の仙人

410130451301_aa240_sclzzzzzzz_
「海の仙人」
★★★★☆
絲山秋子
芸術選奨文部科学大臣新人賞

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宝くじに当たった河野は、会社を辞めて海が美しい福井のまち、敦賀に引っ越す。
古い造りの平屋の一室に海岸の砂を敷き詰め、ひっそりと暮らす河野。
そんな河野の前に、ある日役立たずの神様「ファンタジ−」が現れる。
そして、河野は運命の女性かりんと出会い、その一方で河野に想いを寄せる元同僚の片桐が訪ねて来る・・・といった話。

「ファンタジ−」は孤独な者と語り合うことしかできない、出来損ないの神。
不思議な事に誰もが「ファンタジ−」のことを知っているという存在。
初めて会った時に、「もしかしてファンタジー?」と、ファンタジーであることがわかってしまうのだ。
ただ、作中に登場する人物の中で片桐だけは知らなかった。
作中で、何故片桐だけ知らなかったのかは明かされない。

「孤独は心の輪郭」
「背負っていかなくちゃいけない最低限の荷物」

と片桐は言う。
孤独という感情に形を与え、一生付き合っていくことを覚悟している片桐。
これは私の憶測であるけれど、片桐はファンタジー同様孤独の正体を熟知していて、外部に救いを求めていないからファンタジーのことを知る必要がなく、だから知らなかったのではないだろうか。

全体的に、淡々とした小説。
各登場人物が背負っている問題、例えばトラウマや病なども描かれているけれど、どれも深く切り込んでいないのでさらさらっと流れていってしまう。
でも、この小説はそんな薄い透明感のある雰囲気で良いのだと思う。
誰だって色々な事を抱えている、孤独である。
時には予想外のトラブルがあって打ちひしがれることもある。
でも、いつか必ず希望の光を見つける。
それの繰り返し。

小説の冒頭で、敦賀の海の描写がある。

波打ち際の明るい碧の海は、一枚の布のように端の方から順々に立ち上がり、ゆるいカーブの壁を作って足にぶつかると、諦めたように白く砕けて引き返した。

この小説の印象は、海である。
寄せては返す澄んだ海水、日に照らされさらさらと流れ落ちる白い砂。
優しく吹く潮風。
そんな感じ。
いつの間にか海に抱かれてぼんやりと佇みたくなる。

海って気持ちいいですよね

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